第32話 今の私

「ふらん、そこ『蔦』がある。ちょっと離れて」


「うん」


 二人の行く先を遮るかのように繁茂する蔦に向けて、暁は右拳を向ける。

 すると、暁の中指にはめられた指輪の碧色の石が眩い光を放ち、一筋の閃光を射出する。

 放たれた閃光が蔦に当たると、短く『ジュゥッ』という音とともに、蔦を焼き切った。


「便利だね、それ」


「うん? 平賀先生にお願いして、護身用に作ってもらってたんだ。流石にみんなの『魔剣』にばかり頼れないからね」


 暁は自慢気に指輪を見せる。

 先ほど、ふらんを助けたのもこの指輪の力だ。


「名付けて『アルマ・リング』。魔石の魔力をレーザーのように射出して攻撃できる、僕の新兵器だ。まぁ、魔石と言っても人工魔石だから、天然物を使ってるふらんの『D・Cドラゴニック・コア』に出力じゃ遥かに劣るけどね」


「へぇ~」


「僕が平賀先生にお願いしてたってのは本当はこっちで、あの『資料』はついで。ご理解頂けたかな?」


「『資料』……? つっっ……!!」


 『資料』という言葉に、暁と源内がやり取りしていた茶封筒の中身がフラッシュバックする。

 なまめかしい裸の女性が印刷された表紙を思い出して、ふらんは顔を耳まで赤くした。

 恥ずかしさに呻くふらんを、暁は面白そうに笑顔を浮かべて見ていた。

 しかし、すぐにその表情から笑みが消え、ふらんの方を黙って見ていた。

 笑っていたかと思うと、急に黙り込んでしまった暁に対し、ふらんは首を傾げる。


「どうしたの暁ちゃん?」


「……ふらんはさ。今の体になったこと……後悔してる?」


「えっ……?」


 突然の問いかけに、ふらんは言葉を失う。

 暁は前に歩を進めながら、言葉を続けた。


「ふらんが人造人間その体になった原因は僕にある。に君を守れなかったのも、君をそんな体にしてまで生き永らえて欲しいと願ったのも……全部僕だ」


「暁ちゃん……」


「平賀先生からさ、ふらんが体のことで悩んでるって聞いて……君をそんな体にした僕の責任だから……。どうやっても償いきれないと思うけど……」


「違う!」


 ふらんは突然、大きな声を出し、立ち止まる。

 暁も、ふらんの声に驚き、立ち止まった。


「私は……この体になったことを後悔したことなんてない……」


「ふらん……」


「私は……人造人間この体になって……暁ちゃんの臣下ヴァーサルになって……本当に良かった。暁ちゃんが私に生きて欲しいって願ってくれたように、私もみんなと生きたかったから……傍にいたかったから……」


「…………」


「だから……ありがとう、暁ちゃん」


 ふらんは素直な感謝の気持ちを述べる。

 ふらんも幼い頃は、普通の家庭に産まれた、普通の女の子だった。

 ただ、人見知りの激しい彼女はなかなか同年代の子どもたちの輪に入ることが出来ず、いつもひとりぼっちだった。

 ひとりぼっちだったふらんは、家族以外に心を開ける者もおらず、いつも不安感に苛まれていた。

 そんな中、ひとりぼっちだったふらんに声をかけたのが、暁だった。


『大丈夫。もう大丈夫だから』


 出先で家族とはぐれ、一人泣いていた自分に、暁はそう声をかけてくれた。

 そこから姫乃や神無とも出会い、ふらんは一人ではなくなった。

 娘が見知らぬ子どもたちと手を繋いで現れた時の両親の驚いた顔は今でも覚えている。

 四人の交流はそこから始まった。

 それから四人は深め、楽しい日々を過ごしていた。

 しかし、がふらんの人生を大きく変えた。

 『王都第七区七生通り一家殺人事件』。

 後にそう呼ばれる事件は、罪のない三人家族が全員惨たらしく殺害されるという近年稀に見る凶悪犯罪として知られている。

 だが、その実際は反デモニアを掲げる過激派集団による魔王に対する宣戦布告のための犯行だった。

 そう、その被害者となったのがふらんとその両親だったのだ。

 何故、ふらんたちがターゲットとされたのか。

 理由は単純で、魔王の子息である暁と交流があったからだ。

 暁が言う「原因」とはこのことだった。

 その過激派集団は当時の魔王、暁の父親によって壊滅させられたが、被害者の命は戻らなかった。

 ただ一人、ふらんを除いて。

 何とか一命をとりとめたふらんだったが、その体は最早人間として生命活動を維持できる状態ではなかった。

 大人しく死を待つしかなかったふらんを、どうにかして助けようと暁が源内に頼み込み、当時源内が研究中だった天然の魔石を魔核の代用として動かす義体に無事だった心臓と脳を移植したのだ。

 こうして、現在の『平賀ふらん』が誕生したのである。


「そんな……僕は恨まれこそすれ、感謝されることはしてないよ」


「それは暁ちゃんの思い違いだよ。そのこと以外でも、暁ちゃんは私を何度も助けてくれた。だから、やっぱり『ありがとう』だよ」


「ふむ……」


 真っ直ぐと自分に感謝の気持ちを伝えるふらんに、暁は押し黙った。

 暁自身、感謝されることに納得はしていないが、感謝されることに悪い気はしない。

 ふらんが今の境遇を悲観していないということだけはわかったため、とりあえずは納得しておくことにした。


「じゃあ……『体のことで悩んでる』って何を悩んでるの?」


「えっ……! それは……そのぉ……」


 暁に改めて問いかけられ、ふらんは答えに窮する。

 まさか、こんな真面目な話をした後に『自分のスタイルについて悩んでる』とは言えなかった。

 顔を赤くして、視線を泳がすふらんを訝しげに見ていると、暁は自分の視界を細かいチリが上から下へ流れていくのを捉えた。

 ハッとして暁は天井、そして壁を見る。

 急に険しい表情で天井や周囲の壁を見回し始めた暁に、ふらんは不思議そうな顔をした。


「どうしたの暁ちゃん?」


「……いや、何でもない。少しのんびりし過ぎたね。早く本体を見つけよう」


 そう言うと、暁は少しスピードを上げて歩き出した。

 ふらんも慌ててその後を追う。


(まさか……嫌な感じがする。早く本体を見つけないと大変なことになるかもしれない)


 悪い予感が頭に去来する中、暁は本体探しを急いだ。

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