第30話 脱兎

 源内のクリニックの近くにある大型デパートメント。

 店内は夕飯の買い物をする主婦や放課後の憩いの時間を過ごす学生でごった返していた。

 そんな人混みに隠れるように、頭を抱えてベンチに項垂れるふらんの姿があった。

 姿があると言っても、周りの人々にふらんの姿は見えていない。

 ふらんの特殊兵装の一つ『光学迷彩』が可視光線を屈曲させ、その姿を見えなくしていた。

 ふらんは恥ずかしさが限界に達すると、この『光学迷彩』をつい発動させ、姿を消してしまう癖がある。

 元々、人見知り(特に異性に対して)が激しい彼女は、顔見知り以外から話しかけられると、恥ずかしくなってしまい、よく人前から姿を消してしまっていた。

 これが、ふらんが七生学園の有名人なのに、その姿を見た者が少ない理由だ。


「あううぅぅ……ううぅ……」


 項垂れるふらんは、ずっとさっきのことを思い出して、一人うめき声を上げていた。

 姿は見えないのに、うめき声が聞こえるせいで、ふらんの近くを通りがかる人々は一瞬周りを見て、すぐに首を傾げながら去って行っていた。

 そんなことは露知らず、ふらんは先ほど源内に指摘されたことを未だに引きずり、悶え続けていた。

 ふらんの『一人の女性として見られるような体型が欲しい』という願望も、他者から見ればそんなに恥ずかしがることではないように感じられる。

 だが、ふらんにとっては『性的な目で見られたい』ととられたと感じ、自分が何ともはしたないことを考えていると思われたと勘違いしているのだった。

 勿論、源内はそんなことを思ったわけではなく、ただただ恥ずかしがるふらんが可愛らしく、見ていたいという悪戯心からしたことなのだが……。

 恥ずかしさから立ち直れずにいたふらんだったが、あることが頭をよぎり、はたと顔を上げる。


(そうだ……暁ちゃんがまだクリニックに残ってる!!)


 ふらんの脳裏に浮かんだことを端的に説明すると、暁と源内を残して、ふらんが突然姿を消す→事情が分からず戸惑う暁に、源内が事情を説明する→暁にもバレる。

 という流れを思い浮かべたふらんはベンチから慌てて立ち上がった。


(このままじゃ暁ちゃんにもバレちゃう! 今すぐ戻って止めないと……あぁ! でももう手遅れだったら…………あああああぁぁぁぁ!!)


 暁にバレた時のことを想像して、ふらんは更に頭を抱えた。

 ふらんにとって、このことは暁には一番知られたくない悩みだった。

 クリニックに戻るべきかどうかで、ふらんが一人四苦八苦していると、周りがやけに騒がしくなっていることに気がついた。

 ふらんが騒ぎのする方に、ふと視線を向けると、大勢の人が我こそ先にとこちらに向かってくるではないか。

 人の濁流は、驚くふらんをあっという間に飲み込むと、ふらんごと押し流してしまった。

 思わず光学迷彩を解いたふらんは、人々の表情を見て、皆が『何か』から必死に逃げていることに気がついた。

 その『何か』とは、人々の向かってくる先にいた。


「!!」


 ふらんの目に映ったのは、人の太腿ほどの太さの『蛇』だった。

 しかも、一匹や二匹ではない。

 逃げ惑う大勢の人々をも飲み込まんとするほど無数の『蛇』だった。

 到るところから悲鳴が上がる。

 『蛇』は逃げる人々の腕や脚、首へと絡みつき、引きずり回し、締め上げ、体の自由を奪っていた。

 その光景を目の当たりにしたふらんは、脚に満身の力を込め、床を強く蹴った。


「うわぁっ!」


 ふらんの口から思わず、驚きの声が出る。

 思っていたよりも高く自分が宙に上がったためだ。

 新型の機工義肢オート・リブは、ふらんの身体能力を飛躍的に高めていた。

 驚いたのは一瞬で、すぐに気を取り直したふらんは、人混みを優々と飛び越え、『蛇』に捕らえられた人々の元に着地した。

 そして、間近でその『蛇』の姿を見たことで、その本当の正体に気づく。

 あまりに生物的な動きをしていたため見間違えたのだろう。

 人々の体に絡みつき、その自由を奪っていたのは『蛇』ではなく、『つた』だった。

 桑色の蔦が幾重にも絡み合い、『幹』と言っても遜色のないまでになっていた。


「何でこんなところにこれだけの蔦が……!?」


 戸惑うふらんを尻目に、蔦は更に伸びていき、捕らえた人々を包み込み、飲み込んでいく。


「……だめっ!!」


 ふらんは捕らえられた一人の女性を覆おうとする蔦を手で掴むと、力任せに引き千切った。

 強靭な繊維が一本一本絡み合い束ねられた蔦は、常人の力では到底引き千切ることなどできないだろう。

 ふらんの人造人間として超人的な力があってこそ可能な芸当だ。

 しかし、ふらんがいくら蔦を引き千切っても、女性の体はどんどん蔦に覆われていく。

 蔦の成長が速すぎるため、いくら引き千切っても、その引き千切ったところからすぐに新しい蔦が生えてきてキリがないのだ。

 それでも、ふらんは女性を助けようと必死に蔦を引き千切り続ける。

 しかし、蔦は女性を覆うばかりか、ふらんの腕にも絡みついてきた。


「つっ……! 放して!!」


 ふらんは自分の腕に絡みつく蔦を引き千切るが、やはり蔦の成長の速さの方が勝り、蔦は徐々に体中に伸びていく。

 ふらんの超人的な力も、蔦が絡み合い自由を奪われては発揮出来ない。

 ふらんの体を無数の蔦が這い、ゆっくりと宙に持ち上げていく。


「やだっ! 放して……! いやぁっ!!」


 体中を這う蔦が、ふらんの顔にまで伸びようとした次の瞬間、ふらんの横を一筋の閃光が通過する。


「!?」


 突然の光にふらんは驚き、その光の方に視線を向けようとするが、すぐに視界が反転する。

 体を支えていた蔦が力を失い、ふらんは重力に引かれるまま落下してしまったのだが、ふらんの体が床に叩きつけられることはなかった。

 落下の瞬間、次にくる衝撃に目を閉じ、身構えていたふらんは、恐る恐る目を開ける。

 そこでようやく、自分が膝の裏と背中を支えられながら横抱きーーーーーーいわゆるお姫様抱っこをされていることに気づいた。


「しゅ……暁ちゃん……?」


「我ながらナイスなタイミング。やっぱり女の子を助ける時はピンチの時に限る……でしょ?」


 ふらんを優しく抱きながら、暁はわざと気障っぽい笑みを浮かべ、そう言った。

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