第29話 ラボ

「うん、D・Cドラゴニック・コアの出力も安定してるね。新しい機工義肢オート・リブの調子はどう?」


「問題ないです先生」


 コードにつながれた指先を、確認するようにふらんは動かす。

 その様子を見て、ふらんの傍に立つ厚手の眼鏡をかけた女性が「うん」と頷いた。


「さ、これで検査と調整も終わりね。もう服を着てもいいわよ」


 腕に繋がれたコードを抜くと、促されるまま、ふらんは綺麗に畳まれた制服を着始める。

 女性はパソコンに映し出された各種データに視線を向けたまま、ふらんに話しかけた。


「新しい機工義肢はまだ調整段階だから、何か不調があればすぐに連絡してね」


「わかりました。いつもありがとうございます、平賀先生」


「なぁに、私はあなたの主治医でもあり、親でもあるからね。患者でもあり子でもあるなら、面倒を見るのは当たり前さね」


 椅子に大きく背もたれ、『平賀』と呼ばれた女性は屈託のない笑みを見せる。

 この妙齢の女性はふらんの主治医であり、ふらんの生みの親でもある。

 名を『平賀源内』。

 本名ではなく、襲名した名だ。

 そう、彼女はあの歴史の教科書にも出てくる偉才の人物、『平賀源内』の後継者なのだ。

 彼女はその三代目に当たる。

 そして、彼女もまた造られた存在『人造人間』だった。

 学校が終わった夕方、ふらんは人工魔核や義体の定期検査のために彼女の研究室ラボを訪れていた。


「それじゃあ、今度の定期検査は一か月後だから。忘れないようにね」


「はい。それと……先生……あのぅ……」


「ん?」


 部屋の去り際、急に顔を赤らめもじもじとし出したふらんに、源内は首を傾げる。

 どうしたのかとしばらく考えたが、何かを思い出したのか「ああ!」と声を出し、手を打った。


「あのことね。それは大丈夫だけど……本当にいいの? 今のままでも十分だと思うんだけど……」


「ううぅ……私はいやなんですぅ……」


 至極残念そうな様子の源内に、ふらんはスカートのすそを掴んで訴えかける。

 ふらんの頑なな様子(+いじらしい様子)に源内の方が折れ、渋々といった様子で了承するのだった。



 ※



「お、終わったかい?」


 古びた狭い待合室で待っていた暁がタブレットに映し出された電子書籍から顔を上げる。

 姫乃と神無はそれぞれ生徒会、部活の助っ人と用事があり、今日付き添いで来れたのは暁だけだった。

 年季の入ったベンチに腰かけた暁の傍にふらんは歩み寄る。


「ごめんね暁ちゃん。随分待たせちゃったね」


「別に構わないさ。僕も平賀先生には用事があったからね」


「用事?」


「ああ。これのことさ」


 ふらんに続いて、診察室から出て来た源内の手には厚みのある茶封筒があった。

 その茶封筒を見ると、暁は「おおっ!」と嬉しそうに目を輝かせた。


「何なのそれ?」


「ん? ああ、何大事な資料だよ。これをずっと待ってたんだぐふっ……ぐふふふふ」


「…………」


 源内から茶封筒を受け取ると、中身を筒口から確認し、いやらしい笑みを浮かべる。


「先生、相変わらずナイスチョイス。流石半世紀生きた人の審美眼は違うね」


「私の好みとはだいぶかけ離れているから苦労したがね」


「そりゃあ先生はロリ……いやいや兎に角ありがとう先生」


 暁は改めて源内に礼を言うと、茶封筒を大事そうに胸に抱えた。

 暁の表情と二人のやりとりを見て訝しく思ったふらんは、暁の胸に抱えられた茶封筒に目を凝らした。

 ふらんの目には透視機能が備わっており、視力を調整することで大半の物を分析することができる。

 ふらんが茶封筒の中身を透視すると、入っているのはどうやら書物のようだった。

 ふらんは、その書物の表紙に書かれたタイトルを見る。

『巨乳美少女、放課後のイケナイ補修授業』、『初出し一番ダイナマイトボディ』……。

 その他数冊の書物、もとい有害図書の表紙を見て、ふらんは顔を赤くして固まった。

 ふらんに中身を覗き見られていることなど露知らず、暁は受け取った書物を嬉しそうにカバンにしまう。

 ホクホク顔で後方を見ると、ようやく紅潮してフリーズしたふらんに気が付いた。


「どうしたふらん? そんなにぼけーっとして」


「えっ!? あば……ああああのあのあの別にそんな何でも……ないでしゅ!!」


「?」


 ふらんの不思議な様子に首を傾げる暁。

 硬直から復活したふらんは冷静になるために何度も深呼吸をした。

 そして、興奮が落ち着き、冷静になったふらんは暁の持っていた本の表紙に写っていたセクシーモデルの姿を思い出していた。


(あのエッチな本の表紙に写った女の人……みんなスタイルが良かったな……やっぱり私みたいなのよりそういうのが好みなのかな……)


 そう考えながら、ふらんは苦々しい表情を浮かべて、また自分の胸に手を当てる。

 ふらんの様子を見て、事情を察した源内は人の悪い笑みを浮かべ、ふらんに耳打ちした。


「なるほど……君が『もっとスタイルのいい義体がいい』って言ったのはこういうことが原因か」


「つっっ!!」


 核心を突かれ、冷静になっていたふらんの頭は、一気に熱暴走を起こし、さっき以上に顔面を紅潮させる。

 湯気が出そうなほど顔を赤らめたふらんは言葉にならない言葉を発しようと口をパクパクさせた。


「私としてはツルペタが好みだが、他ならぬ我が子のいじらしい思いに答えるために、最高の義体を……」


「ふみゃああああああああああぁぁぁぁ!!」


「え!? なになに急に!? どしたの……ってあれ? ふらん!? ふらん!? どこいった!?」


 羞恥心が限界突破したふらんは叫び声を上げると、まるでかすみのようにその場から姿を消した。

 突然消えてしまったふらんを、暁は訳が分からないまま周りを見渡し探す。

 そして、その原因を作った張本人の源内は頭を掻きながら、舌をぺろりと出して呟いた。


「やり過ぎちった」

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