第23話 蒼き騎狼

 神無は目の前にいる首なしライダーをキッと睨み付けた。


(こいつが暁ちゃんが言ってた……)


 膝を伸ばし、下半身を上げ、肘を曲げた前傾姿勢から歯を立てて唸り声を上げる。

 丁度、四足歩行の猛獣が威嚇しているかのような恰好だ。

 幼少の頃より慣れ親しんできた憧れのヒーローの姿を真似た暴走犯に対して、神無は明確な敵意を向けていた。

 そして、馬寺もまた神無の発する敵意を肌で感じていた。


(な……なんだこのケモミミの女の子……可愛いじゃなくて……人間?)


「!?」


 馬寺は横倒しになったままのバイクのハンドルを切り、アクセルを入れる。

 タイヤを空転させ、道路を弧の字に抉りながら半回転し、その長大な車体を引き起した。

 引き起こされた車体のギリギリを神無の刃物より鋭利な爪が空を切る。

 爪は馬寺のバイクに傷をつけることが出来なかったが、代わりにアスファルトの地面に五指の爪痕を穿うがった。


「あっ! 外した!!」


 神無が叫ぶ。

 目の前で素手で道路を穿った少女に、馬寺は戦慄した。

 少女が自分に飛びかかろうとする素振りを見せたため、咄嗟にバイクを起こしたが、おかげでアスファルトを抉る攻撃を避けることが出来た。

 もし、呆けたままでいたら、今頃削られていたのは地面ではなく……。

 そこまで考えて、馬寺はバイクを反転させるとスロットルを全開にする。

 バイクは野太い唸り声を上げると、吼えるように前輪を上げ、バイクとは思えないスピードで再び発進した。


(やばいやばいやばいやばいやばいやばい! 怪人!? 怪物!? 人間じゃない!!?)


 首から上がないので表情は分からないが、内心では突然襲い掛かってきた正体不明の少女に馬寺は戦々恐々としていた。

 デモニアの存在など毛ほども知らない馬寺にとって、突如現れた神無は恐ろしい力を持つ凶暴な化け物にしか見えなかった。

 今の馬寺には全力で逃げることしか頭になかった。

 一方の神無は、再び暴走を始めた首なしライダーを追いかけるため、自分自身も走り出した。

 神無にとって『ジャスティス・ウルティマ』は憧れのヒーローというだけでなく、人生の指標の一つでもあった。

 自らの肉体を兵器としながら、敢然と悪に立ち向かう孤高の戦士。

 異形の者として迫害を受けながらも人々を守るため、自分が傷つくことを厭わぬ戦士。

 それが神無の憧れる『ジャスティス・ウルティマ』の姿だ。

 その『ジャスティス・ウルティマ』の姿(体だけ)を借り、人々の迷惑をかける首なしライダーを神無は許しておけなかった。

 神無は脚に力を込めると、片足だけで高々と跳躍した。

 そのまま街灯や信号、ビルに連なる看板を足場としながら、あっという間に二十メートル以上はあるビルの屋上に上ってしまった。


『神無聞こえる? 今どの辺だ?』


 ビルからビルへと軽々と飛び移る神無の耳に暁の声が届く。

 前もって渡しておいた小型無線機からだ。


「暁ちゃん!? 見つけたよアイツ!! 攻撃は避けられちゃったけどはちゃんと着けれたよ!!」


『ああ、こっちでも確認した。こっから一気にヤツを追い詰めるぞ。追いつけそうか?』


「ちょっと思ってたよりアイツ速い! だからあたしもちょっと本気出す!!」


 そう言うと、ビルの谷間を駆け抜ける神無の体が見る見るうちに膨れ上がっていく。

 身に着けていた衣服は破れ、その下から黒々とした体毛が姿を現し、満月の光を浴びて漆を塗ったかのような輝きを放つ。

 爪や歯は更に鋭利になり、歯に至っては最早『牙』と呼べるものになっていた。

 光沢のある黒い毛をなびかせ、尾を震わせながら四足で駆けるその姿は、完全な獣――――狼そのものであった。



 ※



(こ……ここまでくれば大丈夫……か?)


 アクセルを全開にしながら、馬寺はミラーで後方を確認する。

 何かが追ってくる様子はない。

 馬寺は取りあえず安堵し、冷静さを取り戻し始めていた。

 落ち着いてきた馬寺は冷静に周囲を確認する。

 周りの人、車、動くもの全てが静止した世界。

 それが『デュラハン』として覚醒した馬寺が見ている世界だ。

 正確にはほんの僅かに動いているのだが、通常の速さで動くことが出来る馬寺にとっては静止しているも同然だった。

 この世界にもだいぶ慣れ、最早見慣れた世界となった。

 ただ、この世界に入るにはバイクに乗らなくてはいけないという条件があるが、それでもこのほぼ静止した世界でバイクを使って走り回ることは爽快だった。

 日頃の鬱憤も何もかもを忘れることが出来た。


(でも……俺みたいなヤツが他にもいたなんて……)


 しかし、その自分だけの世界に今日介入してきたあの少女を馬寺は思い出す。

 明らかにあのは人間ではなかった。

 自分の他にも同じような存在がいるかもしれない。

 しかも、今日出くわした少女は明らかにこちらに敵意を向けていた。

 力を手に入れ、増長していた馬寺であったが、自分と同じように力を持つ者が他に存在する可能性にようやく行き着いていた。

 今まで自分の力を誇示したいという思いが大きかったが、今日襲われたことでその考えも萎み始めていた。


(くそっ……こんな襲われるなんて思いもしなかった! でもおかしいな……俺のことはニュースにも新聞にも取り上げられてなかったのに……?)


 全てが静止した世界で馬寺が考えを巡らせていると、背後から聞き慣れない轟音が響く。

 音すら静止した世界で、体を芯から揺らすような爆音に、ミラーで確認することも忘れて、思わず振り返る。


「なっ……なんじゃありゃああぁぁ!!?」


 馬寺の驚愕の叫びが轟音にかき消される。

 馬寺が驚くのも無理はなかった。

 背後から巨大な流線型のバイクがタイヤに激しい電光を纏わせながら、猛スピードでこちらに向かってきている。

 全長五メートルはあるであろうその青い巨躯からは考えられないようなスピードだ。

 しかも、走っているのは地面ではない。

 建物の外壁を重力を無視したかのように走っていた。

 馬寺と巨大バイクとの距離が徐々に縮まっていく。

 それにつれて、正体不明の青いバイクのフロントライトがまるで獲物を見つけた獣の目のように輝き、更にスピードが上がった。

 そのモンスターバイクは、建物の外壁の段差を利用し、その巨大な前輪を浮かせ、飛び上がった。

 そして、何事もなかったかのように道路に着地すると、馬寺のバイクの横に並んだ。

 デュラハンである馬寺の操る白銀のバイクと、正体不明の青い巨大バイク。

 全てが静止した世界で、二台のモンスターバイクのチェイスが始まった。

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