第13話 牛沢 猛人
「すまない! 通してくれ!!」
壁となっている人混みをかき分け、姫乃がその場所に辿り着くと、そこには呻きながら倒れる数人の男子生徒と、彼らをそのような状態にしたであろう大柄な男子生徒の姿があった。
大柄な男子生徒は姫乃がやって来たことに気づき、大股で歩きながら近づいてくる。
茶髪をツーブロックにして刈り上げたその男が姫乃の目の前に立つと、身長差から姫乃が小さくなってしまったかのような錯覚に陥る。
姫乃を見下ろすように睨み付けるが、姫乃の方はまったく怯むことなく睨み返してくる。
そんな姫乃の態度が面白くないのか、男は舌打ちをした。
「相変わらず可愛げがないな紅神」
「お前こそ相変わらずだな
猛人は鼻で笑ったかと思うと、横で転がる男子生徒を乱暴に蹴りつける。
男子生徒は小さく呻き、体を更に丸め込んだ。
「止めろ牛沢!」
「はっ! 何でだ? 元はといえばお礼参りだっつって仕掛けてきたのはこいつらの方だぜ? 弱っちいくせによぉ」
猛人は男子生徒に対して、更に蹴りを入れようとする。
しかし、猛人は蹴りを入れようとしていた足を寸でのところで止めた。
姫乃が庇うように男子生徒に覆いかぶさっていたからだ。
「……庇うのかよ?」
「当然だ。理由はどうあれ、彼らにもう歯向かう意思はない。これ以上痛めつけることに何の意味がある?」
「意味ならあるぜ。こいつらに教え込ませるんだよ
猛人は両手を広げて大げさに、まるで舞台で演じる演者のように笑った。
そんな猛人を姫乃は怒りか悲しみか、あるいはその両方がこもったような複雑な表情で見つめた。
姫乃の表情に気づいた猛人は、笑うことをピタリと止めると、未だ男子生徒を庇い続ける姫乃に顔を近づけた。
「俺は弱え奴が気に食わねぇ。だが、それ以上にその弱え奴を庇う奴も気に食わねぇ」
そして、そこで言葉を区切ったかと思うと、姫乃にしか聞こえないくらいの声の大きさで呟いた。
「何で人間如きに仕える。俺達はむしろ人間達を支配する側だろうが。それだけの
猛人の言葉に、今度は姫乃の方が猛人にしか聞こえないくらいの声で答えた。
「……私達の目的は支配することじゃない……共存することだ。そして、それが『魔王』の意志だ」
その言葉を聞いて、猛人は目を見開いた。
姫乃の胸倉を掴み、引き上げる。
額には筋が走り、その瞳には明らかに怒りに色が見えた。
「会長!」
「……離せ牛沢」
周囲から悲鳴が上がる。
しかし、胸倉を掴まれ引き上げられている当の姫乃は、そのことを全く意に介さず、淡々と猛人の腕を掴んだ。
そんな姫乃の態度に、猛人は声を荒げる。
「いい加減目を覚ませ! 何が『魔王』だ!! あんな奴、何も出来ないただの弱っちい人間だろうが!! 俺達の上に立つ器じゃない!! あんな野郎はさっさと蹴落として……」
そこまで言ったところで、猛人は首を掴まれる。
喉仏を凄まじい力で握り潰され、猛人は思わず姫乃の胸倉から手を放した。
苦悶の表情を浮かべながら、姫乃の顔を見た猛人は戦慄する。
姫乃の冷たく、激しい怒りを孕んだ瞳がこちらを睨み付けていた。
「撤回しろ……貴様がどんな思想を抱こうが貴様の勝手だ。だが……『魔王』に対する侮辱は私が絶対に許さん……!」
「お前……魔力が……血をあらかじめ飲んでたのか……!」
姫乃の怒りに揺らぐ瞳が徐々に赤くなっていく。
首を掴む指の力が更に強まろうとしたその時だった。
「うーん……黒タイツに包まれたお尻というものは何故こうも扇情的なのだろうか……露出面積は少なくなっているはずなのに……」
猛人の首を掴む姫乃のスカートの中に頭を突っ込む暁。
この奇妙な絵面に、暁以外の全員の動きが止まっていた。
しばしの沈黙の後、動いたのは姫乃だった。
猛人の首から手を離すと、そのまま後ろに体重をかける。
まるでスローモーションのようなゆっくりとした動作に、皆が反応出来なかった。
「この……不埒者がああああぁぁぁぁ!!!!」
怒号と共に暁の脳天に向けて、姫乃の全体重(と羞恥の怒り)を乗せた肘が落とされる。
暁は「ぶべらっ」という奇妙な声を上げると、顔面から床に倒れた。
「お前はっ! こっちが真面目な話をしてる時に! 何で!!」
「まっ……待った姫ちゃん! 痛いぶぅっ! 顔があがっ! 潰れりゅうっ!!」
暁の顔を何度も踏み潰す姫乃を見て、最初は呆気にとられていた猛人だったが、舌打ちをして踵を返し、その場を立ち去ろうとしていた。
「待て牛沢! 話はまだ……」
姫乃は立ち去ろうとする猛人を呼び止めようとしたが、それを暁が姫乃の手を掴んで制する。
姫乃は手を掴む暁の方を睨み付けるが、暁の真剣な目を見てハタと我に返る。
冷静になって周囲を見ると、周りの生徒達から怪訝そうな視線を向けられていることに気づいた。
所々から「『魔王』って?」と猛人の発言を不思議がる声も聞こえる。
「……すまない」
小さな声で謝辞を述べる姫乃に「いえいえ」と暁は何のことはないように答えた。
姫乃は言いようのない苛立ちと怒りで拳を握った。
それは、猛人にも暁にも他の誰にも向けられたものではなく、自分自身に向けられた怒りだった。
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