第14話 心配事

「姫ちゃん~いつまで落ち込んでんの? 気にしなくていいって」


 帰り道、少し後ろを歩く姫乃に暁は声をかける。

 あの一件の後、未だに姫乃は元気がない様子だった。

 姫乃は他人にも厳しいが、自分にはもっと厳しい。

 自分たちに目立たないように注意をした矢先にあんな出来事があって、姫乃としては面目がないのだろう。

 自分の行動を浅はかだと感じ、自己嫌悪の真っ最中なのだ。

 それが分かるだけに、暁も声をかけずにはいられないのだが、もしかしたら逆効果なのかもしれない。

 そんなことをしみじみと考えていると、ようやく姫乃が重い口を開いた。


「……迷惑をかけたな」


「別に迷惑なんて感じてないよ」


「二人も済まないな。あんな偉そうなことを言っておきながらあの体たらくだ。自分で自分が情けないよ」


 姫乃は自分を心配そうに見ていた神無とふらんにも謝罪する。

 二人はようやく口をきいてくれた姫乃に安堵した。


「いいよ……姫ちゃんが怒るのも無理ないし……」


「そーそー。あたしだったら、多分ソッコーでぶん殴ってただろうしね」


 そう言いながら拳で空を撃つ神無に姫乃は苦笑いをした。

 姫乃は三人に励まされ、少しだけ元気を取り戻したようだった。

 しかし、姫乃にはまだ憂慮する問題が残っていた。

 猛人のことだ。

 猛人は姫乃達と同じデモニアなのだが、その考え方はひどく好戦的だ。

 人間よりもデモニアの方が優れていると考え、だからこそデモニアこそが人間の上に立つべきであるという思想。

 猛人に限らず、このような思想を持つデモニアは珍しくない。

 中には、テロなどの過激な活動を行う輩もおり、共存派のデモニア達にとって痛い存在であるのだ。

 猛人のことに限れば、当初から四人のことを快く思っておらず、特に姫乃に対しては異常に執着していた。

 その考え方が度を越えたために一般人を巻き込んだ大きな暴力事件を起こし、最近まで停学処分を受けていた。

 そして、その暴力事件の際に猛人を抑えつけたのも姫乃だった。


「でもま、牛沢くんがイラつくのも分からないでもないけどね」


 唸りながら暁は顎をさする。

 暁の言葉に、「なんで?」というように神無は首を傾げた。

 神無の仕草に「ああ」と言って話を続ける。


「そりゃあ、僕みたいな人間がデモニア達の長たる『魔王』の地位に就いて、尚且つ『紅神家』と『狼森家』のご息女が仕えてるともなればねぇ……彼としては面白くないでしょ」


 王都には多くのデモニアがいるが、その中でも長い歴史を持ち、大きな力を持つデモニアの家系が存在している。

 特に姫乃の『紅神家』と神無の『狼森家』は『四大家よんたいか』と呼ばれ、名家中の名家と名高い。

 そんな(デモニアなら)誰もが知っている名家の出の者が、人間に仕えているともなれば、それをよく思わない連中も出てくる。


「考え方や思想は個人の自由で何とも言えないからなぁ……牛沢かれがまた何か起こさなきゃいいけど……」


 頭の後ろに手を組んでぼやく暁を見て、姫乃は今度何かが起こった時は自分が何としてでも猛人を止めなくてはならない――――そう考えていた。



 ※



「くそっ!!」


 猛人に蹴り飛ばされた角型のパイプ椅子が壁に当たり、足が湾曲して転がる。

 今時珍しい地下に作られたこのゲームセンターは、時代と客層の悪さからか今日もまともな客がいなかった。

 そんな人が立ち寄らない場所だからこそ、ガラの悪い連中の恰好のたまり場となっていた。

 猛人をリーダーとするグループはそこで幅を利かせており、今日も十数人のデモニアの若者がそこに集まっていた。


「荒れてんなぁ……牛沢さん」


「仕方ねぇよ……紅神家のお嬢様からつれなくされたみたいだからな……」


 そんなひそひそ話をする手下達を視線で黙らせると、猛人はボロボロのソファーに腰を下ろす。

 猛人には理解出来なかった。

 姫乃達はデモニアでも有数の権力者の家系であると同時に、それぞれが個人としても強大な力を持った実力者だ。

 その姫乃達が、何故ただの人間である暁にあそこまで忠誠を誓っているのか。

 暁が先代魔王と人間との間に出来た子供で、その跡を継ぐ形で魔王となったことを猛人は知っている。

 いわば、棚から牡丹餅で魔王になれたようなものだ。

 そんな男に何故あそこまで付き従うのか。

 今日、自分の首を掴んだ時のあの姫乃の目。

 四人が幼い頃からの付き合いだということは猛人も噂で聞いたことがある。

 だが、そのことが姫乃にをさせる理由になるのか。

 そのことがどうしても分からなかった。

 猛人がソファーに座り込んで考え込んでいると、一人の男が猛人の傍にやって来た。


「牛沢さん、考え事ですか?」


「ああ……佐久間か」


 この佐久間という男は猛人達のグループの№2である。

 グループに加入したのは半年程前と日が浅いが、賢く様々なことに精通している彼の知略によって勝利したグループ間抗争は数多く、彼がグループ内の信頼を獲得するのにそう時間はかからなかった。

 そして何より、猛人も佐久間のことを信頼のおける人物として重宝していた。


「また、紅神家のお嬢様に煮え湯でも飲まされましたか?」


「……俺は分からん。何故アイツらが……アイツほどの女が人間の下についているのか……理解出来ん」


 猛人が思わず心情を吐露する。

 それほど佐久間を信頼しているということもあるが、それ以上に賢い佐久間ならば何かしら答えてくれるのではないかという期待感があったからだ。

 珍しく弱々しい猛人を見て、佐久間はしばらく考えると、懐からあるモノを取り出し、猛人の前のテーブルに置いた。


「何だこれ?」


 猛人はテーブルの上に置かれたモノの正体が分からず、首を傾げる。

 佐久間は薄く笑みを浮かべた。


「俺も手に入れるのには苦労しました……でも、面白いゲームを思いついたんですよ。それにこれは使えそうだ」


「ゲーム?」


 佐久間は不敵な笑みを浮かべながら、彼が『ゲーム』と称するものの内容を猛人に説明した。

 佐久間の話を聞いて、猛人も不敵な笑みを浮かべた。


「なるほど……それは面白そうだ。上手くいけばあの『魔王様』の化けの皮が剥がれるかもしれないな」


 猛人はテーブルに置かれたを手に取る。

「面白いゲームになりそうだ」と言いながら、猛人はを握り絞めた。

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