第9話 正体

 ムクロの運転する車に揺られること1時間。

 暁達が訪れたのは、市街地から離れた場所にある『七佐山ななさやま』の山頂付近にある公園だった。

 駐車場に車を停め、車を見張るムクロを残し、暁達は山頂の展望台を目指していた。


「暁、いい加減こんなところに来た理由を話したらどうだ?」


「ん~……そだねぇ……」


 展望台へとのびる遊歩道を進みながら、姫乃は痺れを切らして暁に尋ねる。

 何か考えがあることは姫乃にもわかっていたのでここまで黙ってついてきたが、いい加減その真意が知りたくなったのだ。

 暁も少し考えてから「まぁ、ここまで来たらいいか……」と呟いて話始めた。


「まず、昨晩の襲撃者の正体だけど……あれは――――」


「魔力の塊だ。アレを操っている奴が他にどこかにいる。それぐらい私だって気づいてる」


 姫乃の言葉に対して暁は「あっそ」とそっけなく答えた。

 暁は構わず話を続けた。


「そう、あれはを受けて作られた人型の魔力の分身体だ。命令っていうのは多分……『双﨑志歩を殺せ』とかだろう」


「じゃあ、その分身体の本体を探すためにここに来たの?」


 ふらんが周囲を警戒しながら、後をついてくる。

 ふらんの言葉に、暁は首を横に振る。


「探す必要なんてないさ。本体ならんだから」


「え? ここに?」


 神無がキョトンとしながら驚く。


「うん。ここに連れてこられてから、もう何となく気づいてるんだろ?」


 暁の足が止まる。

 既に日が傾き、遠くに見える海がオレンジ色に染まっていた。

 山頂の展望台。

 その先の見晴台には、立ち入り禁止を表す黒と黄色のロープが張られ、『進入禁止』と書かれた看板がぶら下げてあった。


「ねぇ、双﨑さん?」


「えっ?」


 全員が振り返り、一番後ろにいる志歩を見る。

 志歩は俯いて、何も言わず固まっていた。

 その体は小さく震えていた。



 ※



「何で……私がっ……」


 ここまでずっと黙っていた志歩が絞り出したかのような小さい声で呟く。

 暁が静かな、感情も何も抱いていないかのような冷たい目で志歩を見る。


「……そう気づいた理由は二つある。一つめは昨晩のこと。君が昨日泊まった部屋にムクロがお香を焚いてくれてただろ? あれは防犯ベルみたいなもので外部からデモニアの侵入があれば僕にわかるようになってるんだ。しかし、昨日の襲撃には何の反応もなかった……」


「ということは……あの分身体は外部から侵入してきたわけではない」


 姫乃の言葉に暁は頷く。


「二つめは、昨晩の双﨑さんの言葉。双﨑さん、『今日は大丈夫なはずなのに』って言ってたよね? あれはつまりあの分身体が襲ってくるのは周期的で、双﨑さんはある程度把握していたということだ。ここまでで僕はあの分身体は双﨑さん自身が生み出したものだということに気づいた」


「でもちょっと待った。双﨑さんは人間だよ? 普通の人間が何で魔力の分身体を作れるのさ?」


 神無は首を傾げる。

 暁は「簡単な話さ」と言いながら、立ち入り禁止ロープに足をかける。


「双﨑さんは人間じゃない。君ら三人と同じデモニアだ」


「えっ……!?」


 姫乃が目を見開く。

 暁はロープにかけた足に力を込める。

 老朽化していたロープは簡単に千切れてしまった。


「正確にはデモニアになりかけてる状態かな。分身体が周期的にしか襲ってこなかったのも、まだデモニアとして完全じゃなかったからだろう。人ひとり分の分身体をつくるための魔力が溜まるのに時間がかかったんだろうね。まぁ、それもどうやら時間がかからなくなってきているみたいだけど」


「それなら分身体が本体を襲ったのも、デモニアとして不完全な状態だから……暴走していたということか」


「いや、それは関係ないと思うよ。むしろあの分身体は本体の命令を忠実にこなしていたんだろうね」


「何っ!? それじゃあ……双﨑さんはまるで……」


「死にたがってたんでしょ。違う? 双﨑さん」


 志歩はビクリと体を震わせる。

 志歩の額から大量の汗が滲み出していた。

 そんな志歩に見せつけるかのように、暁はあるものを取り出した。

 それは、ムクロが暁に渡していたあの茶封筒だった。


「悪いけど、勝手に調べさせてもらったよ。これが君の死にたがってる理由だろっ!」


 そう言うと、暁は志歩に向かって封筒を投げつけた。

 封筒は志歩の手前で落下し、中身を地面に広げながら志歩の足元に滑ってきた。

 封筒から出てきたのはいくつかの書類と一つの新聞記事のコピーだった。

 姫乃は地面に散らばったものの中から、新聞記事のコピーを拾い上げた。


「『七佐山で転落事故……女子児童一名が意識不明の重体……名前は双﨑里歩りほさん……』って……この『双﨑里歩』って……!」


「ああ、双﨑さんの妹さんだ。今第七地区総合病院に入院してる。脊髄を損傷して全身麻痺らしい。それが寝たきりになった理由さ」


「ち……ちがう……」


「この進入禁止の先がその事故現場さ。いや……


「え? それってどういう……」


「ちがう……ちがう……あの時はまさか落ちるなんて……!」


? 双﨑志歩さん!?」


「ちがう! 私はちがう!! ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウチガウ!!!!」


「ん……? おい暁!!」


「!?」


 姫乃が暁の背後を指さす。

 錯乱している志歩から目を離し暁が振り返ると、そこには魔力で作られた分身体が立っていた。

 その姿は今までのような黒い人型の物体ではなかった。

 双﨑志歩とまったく同じ、鏡写しのような分身体が光のない瞳でこちらを見ていた。


「出たな分身体……いや、『ドッペルゲンガー』……!」


『あアぁアァああアアぁァァああAあaアああぁアああぁぁアアアァァァ!!!!!』


 沈みゆく夕日の光を浴びながら、志歩の分身体ドッペルゲンガーは苦しむかのような雄叫びを上げた。

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