第7話 戦闘
激しい破砕音と共に、窓ガラスの破片が紙吹雪のように庭の芝生の上に散らばった。
その破片に紛れて、志歩を抱きかかえた暁は事も無げに地面に着地する。
志歩は今しがた自分達が飛び出してきた窓の方を見た。
明らかにただでは済まない高さ。
そこから人ひとりを抱えたまま飛び降りて平然としている暁を見て、「この人も普通ではない」と志歩はようやく理解した。
裸だけど。
志歩がそんなことを考えていると、自分たちが飛び降りてきた部屋の外壁が轟音と共に吹き飛んだ。
まるで火薬を使って発破したかのような外壁の大穴から、
「ったく……人ん
「なんで……
「ん? 今日は?」
「い……いえ……何でもないです」
「うん、とにかく……」
言うが早いか、言葉を言い終わる前に暁は志歩を抱えて走り出した。
先ずは、志歩の身の安全を確保しなくてはと考えたからだ。
しかし、その考えは相手にも見透かされていた。
暁達の進行方向、その先にいつの間にか黒い渦が発生していた。
夜の闇すら吸い込みそうなその渦は次第に凝縮され、人の姿を形成していく。
形作られる姿は紛れもなく
先ほどまで二階から自分たちを見下ろしていたはずの黒い物体が、もう二人の眼前に姿を現していた。
「つっ……! ごめん! 双﨑さん!!」
「え……きゃっ!!」
暁が志歩に一言詫びを入れると、志歩は柔らかい芝生の上に突然投げ出された。
志歩は何が起こったのか一瞬分からず、すぐに起き上がることが出来なかった。
「
何とか志歩が起き上がり前を見る。
そこには黒い物体から伸びた腕に首を絞められる暁の姿があった。
その姿を見て、暁が自分を庇ってくれたことに志歩は気づいた。
「くっ……ぐぅっ……」
最早、触手といった方が正しいような形状をした腕が暁の首をギリギリと音を立てて締め上げる。
暁は首と腕との間に何とか片手を挟み込んで、辛うじて極まるのを防いでいた。
「逢真先輩っ……!」
「ぐくっ……逃げろ……双﨑……さん……あぁ!!」
突然、暁を掴んだ腕が伸長し、鞭のようにしなりながら暁を掴んだまま大きな円を描く。
円を描いた勢いのまま、暁は人形のように館の外壁に叩き付けられた。
暁のぶつかった部分の壁に大きな亀裂が走る。
暁の口から、赤い
「逢真先輩っ!!」
志歩が暁の名前を呼ぶ。
しかし、暁はぐったりとしたままピクリとも動かない。
そうこうしているうちに、暁の首を掴んでいた腕はいつの間にか暁の全身にまで纏わりつき、首だけでなく体全体を締め上げていた。
志歩の耳に鈍く、暁の骨の軋む音が聞こえる。
その音から、今度は首だけでなく、全身の骨ごとへし折られようとしていることがわかった。
「そんな……止めて……誰か助けて!!」
志歩の悲痛な叫びが夜の闇に飲み込まれていく。
その時だった。
激しい突風が周囲の木々を、草花を大きく揺らす。
志歩も風に煽られ、思わず目を閉じて
次に志歩が目を開いた時には、目の前の光景は一変していた。
風に煽られ、青葉が飛び交う中、黒い物体は四肢をバラバラに切断されていた。
一体何が起きたのか?
志歩はそう疑問を抱いたが、すぐにその答えを見つけた。
飛び交う青葉に紛れて、
この糸が黒い物体の四肢を切断したのだ。
そして、志歩はこの糸に見覚えがあった。
「紅神会長!」
銀色の髪を翻し、姫乃は志歩の前に立つ。
奇しくもその光景は前に姫乃が志歩を助けた時と同じ構図であった。
「よっと」
姫乃に続いて、神無が志歩の傍に降り立った。
大広間で見た獣耳に加え、スカートの裾から漆黒の尾が顔を出している。
そして、その脇にはぐったりとした様子の暁が抱えられていた。
「おっすおっす志歩ちゃん。だいじょぶ?」
「う……うん。私より、逢真先輩は?」
「暁ちゃん? ああ、だいじょぶだいじょぶ。こんなこと慣れっこだから」
そう言いながら、神無は暁を雑に地面にほっぽり出す。
乱暴に地面に落とされて、暁は「ぎゃふっ」と低く呻いた。
何かを確かめるように首を回しながら、暁はゆっくりと起き上がった。
「……慣れてるとはいえ、もう少し優しくしてくれても罰は当たらんでしょ」
「姫ちゃんのお仕置きよりマシでしょ?」
「まぁ……それはね」
「……二人ともそんなこと言ってる場合じゃないよぉ……姫ちゃんがぁ……」
やけに落ち着いた雑談をする暁と神無に、遅れてやって来たふらんが心配そうに前を指さす。
前を見ると、四肢を切断されたはずの黒い物体が切断されたままの状態で姫乃を取り囲んでいた。
左足、右足、左腕、右腕、そして体と頭。
それぞれが別個に襲い掛かってくるのを、姫乃は糸を編み込んで作った壁で躱していた。
「何あれ? バラバラのくせにめっちゃ元気じゃん」
「やっぱりね。おーい姫ちゃん! そいつをもっと細かく切断して!!」
「どのくらいだ!?」
相手の攻撃を捌きながら、姫乃が叫ぶ。
それに対し、暁も叫んで答えた。
「微塵切り!!」
「了解!」
答えるや否や、姫乃の指先から伸びた十本の糸がさらに枝分かれして、無数の糸へと姿を変えていく。
よく目を凝らさなければわからないほど細くなった糸が奔流となって、黒い物体を覆った。
糸がそれぞれに絡みついたことを確認すると、姫乃は両手を強く握り絞める。
すると、黒い物体に絡みついた糸が食い込んでいき、手や足の原形が分からないほど粉々に切り裂いてしまった。
最早、粉砕したと言った方が正しいかもしれない。
「すまない! 一つ捕まえ損ねた!! そっちでどうにかしてくれ!!」
すべての部位を粉々にしたかと思ったが、ただ一つ、右腕だけが糸を掻い潜り、暁達四人がいる方へ向かってきた。
腕だけが這いずっている状態にも関わらず、目にも止まらぬ速さで向かってくる。
しかも、途中で前腕と上腕の辺りから無数の触手を伸ばし、逃げ道を完全に塞いでいた。
伸ばされた触手は志歩の方にも向かっていたが、それに気づいていた神無が志歩の前に立ち、唸り声を上げる。
瞳は肉食獣のように金色に染まり、伸びてくる触手を余さず捉えていた。
黒い毛で覆われた前腕部、刃物と比べても遜色がないほど鋭くなった爪。
その爪で向かってくる触手を残さず切り裂いた。
「ふらん!
「はっはい!!」
暁に言われ、ふらんが慌てて地面に拳を叩き込む。
すると、地面が岩盤ごと隆起し、直径五メートル程の巨大な岩の塊を作り出した。
「ふん!!」
ふらんはその岩塊を両手で掴む。
指先を深くめり込ませながら、ふらんは両手でその岩塊を持ち上げると、向かってきていた右腕の真上から叩き付けた。
周囲の空気を震わすほどの轟音が響き、大量の土埃が上がる。
暫しの沈黙の後、ようやく土埃が収まる。
周りには岩盤の破片が散らばり、黒い物体は跡形もなく消え去っていた。
「……し……死んだ?」
土埃で汚れた顔をポカンとさせて、志歩は呟く。
その横にいた暁は体の土埃を払いながら立ち上がった。
「いや……倒したわけじゃないよ。けど……敵の正体は何となく掴めてきた」
「え?」
志歩は暁の顔を見る。
暁も志歩の方を見た。
「そのためには……双﨑さん。君の話を聞く必要がある」
暁はそう言いながら志歩の顔を見据えた。
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