La Restauration de L’Esthétique
くすり
愛のソネ、あるいは第一スタンザ
美しいものはそうでないものによって破壊されてしまう。美は永遠に美でいられないという所与の運命を背負わされている。どんなに美しい花もいずれ朽ちる。佳人の顔は老化によって崩壊し、命の長さはそれぞれだがやがて死ぬ。しかし美学は永遠だ。美を美にするものは美学のほかにない。美学なしに美はありえない。そして美が美しいものの底にしかありえないのに対して、美学は直視できないほど醜い者のなかにも、まったく価値のなく思われる汚泥のなかにも確かに宿る。それがもし形ある物質であれば、きっと黄金でできているのだろう。
南の村に一人の盲目の娘があった。不思議な女で眼が見えないのに絵を描いた。それも無類の画家であった。街から買いにくるものもありその絵はとても高く買われた。家族はほとんどその金で暮らしていた。女の名前はジェニといった。都会の批評家は新聞に彼女の絵を〝完全な美〟だと書いた。なぜなら彼女は生まれつき見えないはずのものを、彼女よりずっと見えているはずの者たちよりも、ずっと美しく描いたからであった。どうして見えないものが描けるのかと客に問われたジェニは、そっとその手で客の顔のあちこちにふれて、すぐに紙に客の顔を描いてみせた。その顔がまさに客の顔そのものでありながらも、本人にとって本当のそれよりもずっと美しく感じられたというから、彼女の画家としての才は真性だった。
そして彼女は美を愛してもいた。ジェニの姉はベルといって大変美しい女で、ジェニはよく姉の絵を描いた。ジェニは何も映さない自分の両眼を醜いものと考えて、人前に出るときはかならず頭に布を巻いて隠していたが、それを除けばその他の細部については申し分のないほど整った顔を持っていた。それでも姉のそれには比べるべくもなかった。ただでさえ絶世の美女だったベルをこの世ならざる筆のジェニが描き写したその絵たちが、じっさい一番の売れ筋であった。ジェニは姉の美しい顔を(すなわちそれのすみずみまで手でふれることを)愛し、ベルもまたみずからを美しく描いてくれる妹のジェニを愛していた。批評家は彼女たちによる絵こそを完全だと言うが、この姉妹愛にまさる完全なものがあるだろうか?
ある上客がジェニを妻にとりたいと言ったことがあった。彼は都会でも名のある批評家で、また詩人でもあった。彼はジェニの絵に霊感を受けていくつもの詩を書き、彼女自身のことも愛していた。ジェニは彼を嫌いでなかったし、家族も、そして姉もその申し出を歓迎した。しかし結婚は成立しなかった。ジェニが申し出を断ったのだった。詩人はまず自分の彼女に与えられる環境が、さらに彼女の絵を芸術の高みへ導くと信じた。彼は若く才気ある女画家を都会につれてゆき、みずからも交友のある画家たち、当時飛ぶ鳥を落とす勢いの活躍の芸術家たちのサロンに紹介するつもりだった。芸術家は得てして同じ芸術家と志をともにし、あるいは道を違えても切磋琢磨によって技術を高めるものだ。また詩人は旅行家でもあり、その紀行文は異国情緒あふれる美しいものだとして声望も高かった。彼はそうした西国や東方への旅行に彼女も同行すれば、彼女の画業によい影響もあるだろうと考えていた。彼女は見ることはできないが、見るよりもずっと鋭敏な感覚で新しい世界をとらえるだろう。そしてジェニもまたそうした詩人の展望をすっかり聞いて、知っていた。それでもジェニは断ったのだった。彼女は詩人に向かって言った。
あなたはたくさんの美しいものを知っているのでしょうね。あなたの話してくださる都会の中心にある
詩人は惜しみながら村を去った。それでも彼はジェニの絵を変わらず買いに訪れたし、そのたびに彼女のための土産話を持ってくることを忘れなかった。ジェニと姉のベルはいつまでも変わらずに、幸せに暮らすのだった。
しかし、ある日を境にその村はすっかり消えてしまった。建物や暮らしの痕跡はまったくそのままにして、ただそこに住んでいたはずの人だけが、一人もいなくなってしまったのだ。それを見つけたこの詩人は、残された最後のキャンヴァスに大きな涙を落とし、消えた彼女に
美学の復位 ──ジェニ・フォンテーヌへ捧ぐ
ああ 哀れなるテイレシアース
きみの光と引き換えに
神が与えた美しい
画板のうえにある蛇よ
きみにも計り知れぬほど
大きな悲しみの
私がオデュッセウスなら
エウエーレース ウーダイオース
七倍生きた予言者よ
あなたのように生かせ給え
アプロディーテー アテーナー
ゼウスの神よ 我が愛を
どうか取り戻して給え
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