第250話 スミテマアルバレギオときどき勇者

「シルさん、邪魔しないでください」

「あら、フェイン奇遇ね。私も同じ事考えていたわ。あなたこそ邪魔よ」


 カイナを睨みながら言葉を交わす。

 舐めているのか。

 そう感じるカイナの表情は、見る見る険しくなっていった。

 エルフには珍しい肩までしかない緑金髪の髪が揺れると、レイピアの高速の突きがふたりを襲う。


「舐めるなっ!」


 カイナの咆哮に、シルは鼻を鳴らし見下した。

 高速で突き出される切っ先をいなしていく。

 カイナはさらに怒りの度合いを上げていき、闇雲な突きを見せていった。


「こっちを忘れている」


 真横からフェインの蹴りがカイナの顔面を捉える。

 カイナは目を剥き、反射的に肩で蹴りをブロックした。自ら横へ飛ぶ事で、蹴りの勢いを殺す。

 横へと転がるカイナに、シルが容赦ない刃を振り下した。

 刹那、横から飛び込む影がひとつ。

 金属の擦れる音と共に、シルの刃は弾かれた。眼前に良く知るにエルフの男が立ちはだかる。


「チッ! ラルス⋯⋯」

「相変わらず、態度が良くないですね」


 筋肉質で長身。厚い胸板に、いかついいかり肩。エルフとしては珍しいタイプだ。

 目尻の少し下がった孔雀眼。

 薄い口元は余裕を見せる。

 唯一エルフらしい、長い赤髪をなびかせた。

 隙を伺うカイナはラルスの後ろに跳ね、態勢を整えていく。

 軽く肩を押さえ、カイナは前方を睨むと握るレイピアをシルとフェインに向けていった。


「ラルス、余計な事をするな」

「お前じゃ本気のシルは押さえられない、おさげを任す」


 カイナを諌めるとラルスがシルに向かい飛び込んだ。長身から繰り出す剛剣。エルフとは思えない力強い太刀筋にシルは受け身に回ってしまう。


「シル、そちらは任せます」


 そう言うとフェインの瞳が眼鏡の奥で釣り上げた。自らの失態を取り戻すべく拳を振るう。

 させまいとレイピアの細い切っ先がフェインに向いていく。互いの意地が激しくぶつかり合った。



「マーラ、相手の戦力について教えてくれ」


 マッシュが少し下がった所で控える治療師ヒーラーに声を掛けた。

 マーラは前方を睨み、早口で答える。


「厄介なのは、シル達が相手しているラルスとカイナ。半分くらいが【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】の手練れ達ね。それとあそこ⋯⋯セルバの片腕ジャック」


 マーラは細身のエルフを指した。

 マッシュはその方向を睨む。

 細い体を誇るエルフの中でもひと際その細さが際立つ。

 緑目の部分は小さく、わずかに垂れさがる細い目尻。

 固まったかのごとく動かない表情と、痩せこけた頬が不気味に映る。

 何を考えているのか分からない、イヤな感じしかしなかった。

 ユトがジャックに飛び込んで行く。

 危ういな。

 その姿にマッシュの表情が曇った。


「マーラありがとう、後ろを頼む。団長、ハル行け! ここは大丈夫、頼んだぞ」


 キルロは渋い顔を返したが、ハルヲはすぐにマッシュの思いを汲み取った。

 

「マーラ、みんなを宜しく。ほら、あんた、サッサと行くよ」

「でもよ⋯⋯」

「いいから、ほら! 早く!」


 ハルヲがキルロの背中を押し、北へと歩き始めた。


「あなた達こそ、頼むわよ!」


 キルロとハルヲの背中に向けて、マーラは叫んだ。

 後ろ髪引かれる思いを断ち切るかのように、振り向かずに歩いて行く三人と一頭。

 その姿を目にしたエルフ達がさせまいと駆け出した。

 キルロ達が何を目指しているのか、一目瞭然。

 それをさせてはならないと動くのは必然。


「行かすか!!」


 駆け出すエルフの背中から、ユラの杖がこめかみを打ち抜いた。

 鈍い音と共に膝から崩れ落ちるエルフ。

 ユラが次と睨む。

 させない。

 細かい理由なんてどうでもいい、キルロ達に指一本触れさせない。

 それでこっちの勝ちなんだろう。

 キルロ達へと駆け出すエルフ達を追った。遠ざかるエルフの背中に、ユラの表情は厳しくなっていく。

 パワーで勝ってもスピードでは敵わない。

 クソ。

 そんなドワーフの思いを嘲笑うかのように、突風がユラの横を吹き抜けた。

 追随を許さないスピードでエルフを捉えると、脳天に鉄の踵を落とす。

 エルフの速さなど意に介さない兎の瞬足。

 兎の脚にエルフの足が止まる。ユラも簡単に腹へと杖を振り抜いた。

 糸が切れた人形のようにエルフは崩れ落ちる。


「来るゾ」

「んあ?! 何がだ?」


 邪魔者を排除するべく、エルフの矛先がドワーフと兎に向いた。ふたりを囲い込むエルフ。

 ユラとカズナが互いに背中を預け、じりじりと狭まる包囲網と対峙した。


「ちと、面倒くせえなぁ」

「さっさと片づけるゾ」


 エルフの詠唱は完了していた。

 こざかしいドワーフと兎をまとめて吹き飛ばす。

 包囲網が放つ光がドワーフと兎へと一直線に向かって行く。確実に仕留める為の光。逃げ場の無いドワーフと兎の姿をエルフ達は嘲笑っていた。

 


 ユトの素早い振りを躱す。表情の見えない相手にユトは少しばかりの焦りを生んでいた。

 まだ、足りないのか。

 信じるべき自身の力が、グラっと揺れる。

 ジャックは、盛大な溜め息をわざとらしくつき、大仰な身振りで肩をすくめた。


「ユト。不毛じゃないですか。前にも言いましたがエルフ同士で争うなんて馬鹿げているとは思いませんか?」

「馬鹿げているのではなく、君がバカなんだよ」


 ユトが切っ先を再びジャックに向けた。

 相成れる事のない思考が平行線をたどる。

 このやり取り自体が不毛なのだ。

 ユトの切っ先に力が入った。

 漆黒の地面の上、ふたりのエルフが激しく切り結ぶ。

 ジャックの変わらない表情とは対照的に、ユトの幼い顔がもどかしさを見せていく。

 キンと甲高い金属音鳴らし、互いに後ろへと跳ねた。

 本気を出しているのか? 底の見えない様にユトの焦りは募る。


「ユト、何遊んでるんだ? オレも混ぜろよ」


 ユトがマッシュを一瞥し、すぐにジャックへと視線を戻す。

 ジャックの眉間に一瞬皺が寄ったように見えた。今、顔をしかめたのか?

 ひとりとふたりが対峙する。

 互いが隙を伺う。

 マッシュが低い姿勢で頭から飛び込み、長ナイフを斬り上げた。

 頭を引き避けた所へ、ユトが突きを見せる。ユトの切っ先が最早行き場のないジャックの顔面を捉えていた。

 ジャックの剣が甲高い金属音を鳴らし、ユトの切っ先を払う。

 ガラ空きとなった腹部へ、飛び込んだ勢いのままマッシュが蹴り込んだ。


「うっ⋯⋯」


 短い呻きを上げ、ジャックは体をくの字に曲げた。

 つっ! 浅かった。

 マッシュはダメージが浅かった事に顔を険しくさせる。

 だが、ユトは苦しむジャックの姿に目を剥いた。

 ユトがその呻きを上げる姿に、剣を振り上げる。

 マズイ! 焦るな! そいつは誘いだ!


「ユト!」


 マッシュの叫びは届かなかった。無防備に突っ込むユト。

 ジャックは体を折った姿勢のまま切っ先を前に向けた。

 ジャックの刃がユトの腿へ突き刺さる。

 顔をしかめながら、ユトは後ろへと跳ねた。

 右の腿からジャックの剣がぬぷっと抜け、血が溢れ出しユトの大腿部は一瞬で血に塗れていく。


「ユト! 一度下がれ!」


 マッシュ叫ぶと同時にジャックへ斬り掛かる。

 ユトはくやしさを滲ませていた。

 いつもの柔和な顔はどこにもない。

 叫び出したくなるほどの、くやしさと、もどかしさに自身を悔いていた。


「ユト! すぐ戻れ! マーラの所だ! 行け!」

「他人を気遣うとは、流石ですね。マッシュ・クライカ」


 粘着質な声色が、マッシュの苛立ちを増幅させる。

 激しく切り結びながら、頭を冷やせと自身に言い聞かせた。

 一度、後ろに跳ねる。距離を置き冷静に状況を精査していく。

 剣技が特別得意って訳じゃない、それでも厄介ではあるが⋯⋯。

 ユトがあっさりやられる程の腕とは思えん、じゃあなぜ?

 切っ先をジャックから外さず、観察する。

 あの細さ、パワーはない。

 目を見張る速さも持ち合わせていない。

 ジャックが飛び込んで来た。

 まるでこちらの迷いを見透かしているようだ。

 迷いなく振り抜くジャックの剣に、マッシュは下がる事しか出来ず距離を置く。

 観察しようとすると、ジャックの剣が襲う。まるでこちらの動きを見透かしているように⋯⋯。

 

 ん!?

 見透かす? 誘う? 

 もしかして、あいつの武器は駆け引きか。

 言葉や仕草で自分に有利な展開に誘い込む。

 試す価値はあるか⋯⋯。

 種明かし出来れば、対処も出来る。

 マッシュは長ナイフを握り直し、大きく振りかぶって行った。



 右腕を押さえ、頭から流れ落ちる血が頬を伝う。

 肩で息をする程消耗していても、その絶望へと立ちはだかる。

 二度の治療を受けてもなお、アルフェンは体中を血で汚した。

 四つ足の巨躯につくのは足元の傷だけ。その代償は大き過ぎる。

 龍殺しの聖剣アスカロンを何度となく振り、傷を作るも決定的なダメージには至っていない。

 黒龍ジルニトラの激しいストンプが、また始まる。

 オッドアイは険しく、それを見つめると足元へと飛び込んだ。

 素早い動きでストンプの合間を縫い、踏みつける力に刃を立てる。

 力強く振り抜く力は残っていない。

 直撃は死を意味する。

 怯むな。

 相手の力を利用しなければ傷を作る事すら出来ない。

 クラカンも、タントも肩で息をする。消耗は激しい。

 体中を血で汚していた。いや、血で汚れていない者はいない。

 四つ足の巨躯が絶望を運ぶ。

 それでもアルフェン達は絶望へ抗っていく。

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