第249話 その代償
圧が上がって行くのが分かる。
対峙する
アステルスは赤い瞳を睨む、今だ口に咥えたドワーフの存在を忘れさせる為、アステルス自身も圧を掛けて行く。
傷をつける者に対して
睨み合い、絡み合う視線。アステルスは自身の存在を喧伝し、
じれる時。外れぬ視線。
アステルスは大きく
今だ。
アステルスに気を向けている姿に少しずつ、頭へと近づいていたふたりの獣人が、一気に
アコとアレンのふたりが
背中を這う小虫に気が付くと、
突然の揺れにバランスを失うふたりが必死に背ビレにしがみついた。
その隙をアステルスは見逃さない。
見下す視線が逸れると、
切れ味鋭く、足元を一閃。
パクリと横に大きな口を開け、血を噴き出しながら一瞬動きが止まった。
今度はアレンがその隙を突く。
一気に頭まで上り詰めると、業火に揺れる瞳、その目玉に向けてナイフを突き立てた。
『ゴアァアアアアアアアアア!!』
悲鳴にも似た咆哮を上げるのと同時に、口を大きく開けた所にアコが手を伸ばし、血まみれのドワーフを抱きかかえた。
片腕は削ぎ落ち、血を失い過ぎた顔からは血の気が感じられない。
アステルスが叩き折った牙が幸いし、体に大きな穴が開けられる事はなかったのは、運が良かったのかもしれない。
ただ、体中に小さな穴がいくつも開き、そこからダラダラと血が流れ落ちていた。
「アコ! 落とせ!」
その叫びにアコは躊躇なく、ギドの元へ落とす。
その姿を見て、
ギドは自分の体をクッションにしてボッスを受け取る。
同時に駆け出していた
生気を失いかけているドワーフに、最前線で
フィアラの指示で止血を行う、後ろに控えていた
頭を激しく振り、アレンとアコを振り落とす。
「いってえー」
地面に投げ出されたふたりが、尻をさすりながら立ち上がるとそこに
硬直するふたりに迫る巨大な顎。逃げ出す隙はなく、迫る顎にふたりは目を剥く事しか出来ない。
「クッ!」
アレンは短く唸り、アコを蹴り飛ばした。
アコの背中越しにゴキュっとイヤな音が鳴る。
「アレン!!!!!」
アコが振り返ると、
アレンの口から流れ落ちる血。
命の灯が急速に消えて行く。
力なく垂れさがっていた足だけが千切れ、地面に落ちて行く。
それが何を意味しているのか、アコは考えたくもなかった。
片目の
アコが、ギドが、その赤い瞳を睨み返していく。
片目の代償は大き過ぎた。
アステルスの瞳が片目の
その瞳が青い炎を滾らせ、静かに燃え盛っていった。
リベル達、
絶望と絶望の間に作られた道を、フィン達を追うように駆ける。
進軍しているフィン達に合流すると、足を緩めた。
敵兵の影がちらつき始め、接触が近いと拍動が上がっていく。
「接触までわずかよ。準備して」
リベルの声に
じりじりと縮まる距離に、今にも爆発しそうな緊張感が戦場を覆う。
誰もが生唾を飲み込み、剣呑な表情で前を睨んだ。
爆発させるその時を静かに待つ。
敵兵の姿を肉眼ではっきりと捉えると、接触の時を待つだけだった。
「ちょ、ちょっと! ゴメン! どいてー!」
黒い外套を被る隻眼の魔術師と、黒いフードを
黒いフードから漏れる純白の羽毛が、黒い霧に白光の筋を作る。
猛スピードで駆け抜けるその姿に、一同が呆気に取られた。
突然、最前線に現れた大きな鳥とそれに跨る女。その無謀なスピードに敵兵達の一部が混乱していく。
混乱を余所に一部の冷静さを保つ敵兵は詠唱を開始し、矢を放とうと構えた。
「待て! 撃つな!!!」
単眼鏡を覗いていた
「カダ、なんだ? どうした?」
手綱を握る男が駆け出す
「グラス! エーシャだ! ウイッチが突っ込んで来た!」
カダの叫びに
「はぁ? 何言っているの? 両足斬られて、田舎暮らしじゃないの?」
「知らねえよ! ただ、ウイッチ殺すのはマズイんだろう!?」
ヘッグがアックスピークのスピードを持って、矢の雨をかいくぐる。
エーシャの手に金色の光が収束していた。
「撃つな! 撃つな! 待て、待て!」
カダとファミラが大声を上げながら前へと疾走する。
神速の聖鳥、頭を下げエーシャの射程を目指す。
「【
エーシャが放つ極大の雷。
エーシャの手から伸びる雷光。
ヘッグは方向転換すると横へと疾走する。
エーシャの雷光が敵兵を横一閃。
プスプスと煙を立てながら敵兵が次々に焦げていった。
ヘッグはすぐに後退を始め、エーシャと共に自陣の奥へと消える。
一瞬とも言える程のわずかな時間で前方に大きく焦げた跡が出来上がった。
「撃てー!」
リベルが珍しく吠えた。
エーシャが作った敵の混乱を立て直す余裕を与えない。
矢の雨を降らし、光の矢がいくつも敵陣に着弾する。
カダの叫びに攻撃の手を失い、戸惑いが敵陣地を覆っていた。
カダは舌打ちをして、立て直しに掛かる。
「鳥に跨る女だけ、生け捕れ! あとは
「おい、勝手に決めていいのか?」
「そんなもの後でどうにでもなる」
エルフ達が馬車からゆっくりと降り立った。
セルバが前方に冷えた瞳を向けると、
セルバと視線を交わす
その詠う姿を確認する瞳。潜んでいた
詠唱を始めたエルフに狙いを定める。
後ろからの突然の急襲、避ける事など出来る分けもなく、
「ぐはっ」
詠唱は止まり、
エルフ達は矢の方向へ一斉に後ろへと振り返った。
隣の馬車でも騒ぎを聞きつけ、荷台から後ろを睨む。
オットは笑顔で手を振って見せた。
「オット⋯⋯」
眉をひとつ動かし、セルバが声を漏らす。
「いやぁ、弓はあんまり得意じゃないんだよねぇ」
オットが馬車に向けて疾走する。
【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】と【ルプスコロナレギオ(狼の王冠)】の連合パーティーが、後方からの奇襲を鮮やかに決めた。
「おいおい、あんまり舐めるなよ」
ドワーフのウルスが両手で握る大槌振り下ろしながら飛び込んだ。
渾身の一撃をトアンに振り下ろす。
鉄鎚と大楯のぶつかり合い激しい金属音を鳴らした。
それを合図に【ブラウブラッタレギオ】と【ルプスコロナレギオ】が馬車へと雪崩込む。
オットは突っ込んで行く団員達を後ろから見つめ、ちょっとした違和感を覚えていた。
獣人の目には映るが、エルフの目にはまだこちらは映っていない。
マッシュはそう確信し、前方に並び立つエルフを睨んだ。
二十名くらいか⋯⋯。
思ったより少ないな。
ただ、前線へと出張って来ているのだ、手練れの可能性は高い。
「マッシュ、カイナはいる?」
「すまん、流石にそこまでは分からん。もう少し近づけば分かるんだけどな」
マッシュの目にも姿形で、辛うじてエルフだと認識出来る程度。
こっちが先に認識した所で隠れる所のないこの場所では、大きなマージンにはなり得ない。
「考えても仕方ない。行くしかないさ」
「だな」
キルロの声にマッシュは頷く。
一同は、キルロの言葉に瞳に力が入った。
キルロが剣を抜く。
その姿にマッシュが口角を上げる。
「団長、やる気があるのは分かるが、キノ、ハルと一緒に下がっていろ。おまえさん達がやられたら意味がない」
「またかよ」
「はは、勝つ為だ。分かれ」
キルロは嘆息し、後ろへと下がった。
ハルヲは漆黒の弓を握る。
「んじゃ、行こうか」
キルロが後ろから声を掛けると、静かに駆け出した。
エルフ達が異変に気付き、キルロ達を指差す。
「カイナ!!」
シルの弓なりの双眸が怒りに釣り上がる。
ハルヲの剛弓が低い唸りを上げ、無防備なエルフを貫き、開戦の狼煙を上げた。
「はぁああああああああああ!!!」
目を剥くフェインが、カイナに飛び込んで行く。
鉄の拳を顔面目掛け振り抜いた。
カイナが大きく後ろへ跳ねて躱すと、不敵な笑みを浮かべるシルが剣を振り下ろす。
カイナの細身の剣がシルの刃を滑らせ、激しく切り結ぶ。
「カイナァァァァアアアア!!」
怒りの業火に身を焦がす、シルの咆哮が轟いた。
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