第243話 再燃
「そっか、僕達はツメが甘かったのか。こっちの思惑通りと思ったのだけどね」
フードを取って現れたのは、エルフと
義足の【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】団長、オットが不敵な笑みを浮かべていく。
見知った顔、しかし想像と違う顔が現れた事にアッシモの眉間がピクリと反応して見せた。
その反応にオットはさらに笑みを深める。
「あれ? もしかして【スミテマアルバレギオ】だと思った? 残念だったね、彼らじゃなくて。まあ、ご満足頂けるよう十二分にお相手差し上げますよ」
その言葉を聞くか聞かないか、両手にナイフを握る妖艶な瞳の
素早く相手の懐に飛び込み、乱戦に持ち込んでいく。
虚を突かれ、慌てふためく者達に容赦ない一振りを振り下ろしていった。
ドルチェナ達【ルプスコロナレギオ(狼の王冠)】も続く。
【スミテマアルバレギオ】について行けなかったドルチェナの虫の居所はすこぶる悪く、眉間に皺を寄せた険しい表情で刃を振るった。
撤退を試みようとするアッシモとクックを、オットは見逃さない。
「クロル!」
乱戦の中、オットと共に敵の背中を押さえに疾走する。
素早く背後に回り込み、アッシモとクックの前に立ちはだかった。
「あれ? 相手してくれないの? 予想を外して傷心しちゃった?」
「チッ」
気が付けば、アッシモの懐にオットの姿があった。
義足の瞬発力に目を見張る。
オットの瞳は冷たい笑みを湛え、アッシモと対峙する喜びを見せていた。
何度、煮え湯を飲まされた。どれだけの喪失を味わった。その思いを爆発させる。
懐から斬り上がるオットの刃を、手斧をクロスさせ辛うじて受け止めた。
オットの笑みはさらに深くなる。
手斧を弾き、鋭い振りを見せると肉を斬る感触がオットの手に伝わっていく。
浅いか。
脇腹を掠ったオットの刃に、血が滲み出るとアッシモの表情がより一層険しくなる。
アッシモの援護に回ろうとクックが細身の剣を握り、体を翻せば、クロルの素早い突きがその動きを遮る。
二本のナイフから繰り出される鋭い突きを、クックは柔らかな動きで迫る刃を滑らした。
細身の剣からは擦れる音と火花が散る。
クックは表情ひとつ変えず、視線をクロルに合わせた。
クロルが両手に握るナイフを逆手に握り直す。
冷静沈着な視線と睨む妖艶な瞳が絡み合う。
じりっと互いが間合いを取り合った。
クロルは懐へと飛び込む隙を伺い、クックは相手が飛び込んで来るのを待つ。
焦りの見えないクックの立ち姿に隙が伺えない。
どうしたものか⋯⋯。
クロルが先に焦れた。
頭を低く飛び込み、クックの首元を狙い斬り上げていく。
待ち構えていたクックが、クロルの首元を狙い振り下ろした。
クロルは斬り上げたまま体を捻り、細身の剣を外へと弾く。
そのまま体をさらに捻り、もう一本のナイフを勢い良く振っていった。
クックの表情が始めて変わる、目を見開き、体を反って刃を躱す。
「くっ⋯⋯」
躱しきれなかった、ナイフがクックの鼻先にパクリと開く傷を作った。
頬から頬へ横一線の傷からダラダラと血が流れ落ちる。
手の平で拭うも、拭う先から血が零れ落ちていった。クックはひとつ溜め息をつき拭うのを諦めたると、口元を伝う血が自らの体を汚していく。
クックの表情が変わった。鋭い視線を向け、怒りの表情を見せる。
クロルはからかうかのように飄々とナイフを回し、口元に笑みを見せていく。
クックの目が見開き、激しい振りが襲う。
柔らかな剣は色を変え、力強い一撃がクロルを襲った。
何度となくふたりの刃は切り結ぶ。
激しい振りはじりじりとクロルを後退させて行った。
徐々に上がっていく剣の圧に、防戦一方となっていく。
交差させたナイフが吹き飛ばされると、無防備な体が剝き出しになった。
クックはその瞬間を見逃がさない。
振り下ろした剣を上げる間もなく突き刺そうとクロルに向けた。
心臓を狙う一突き。
体を回転させ心臓を外す。
「かはっつ!」
左腕の肉を細身の剣が抉り取る。
クロルは顔をしかめながらも、回転の勢いでクックの腹へ蹴り込んだ。
「ぐぅ」
クックは呻き、体をくの字に曲げた。
クロルは後ろに跳ね一旦、距離を置く。
脈打つ度に腕から零れる血を押さえた。
鋭い視線が交じり合い、互いの怒りがぶつかり合う。
顔から血を流し、腕から血を流す。
互いが脈打つ度に熱さを増していった。
粘着質な音が鳴り止まない。
槍を突き刺す度に地表から甲高い悲鳴が上がった。
「跳ねさすな!」
ヤクラスが声を上げ、次々に地面へ向けて槍を突き立てていく。
「右薄いわ! 出し惜しみはなしよ!」
リベルが
ゴブリンの大群とオークの群れに向けて、エルフ達が矢と光を放ち続けていく。
地を這うワームの大群を
槍の供給が出来た事は大きく戦況を変える。前線での戦い方が一気に安定していく。
それでも傷を負う者がいなくなるわけではないのだが、形勢の不利は徐々に覆っていった。
動ける者は武器を再び握り前線へ赴く。
それでも、半分以上の人間がこの短時間で動けなくなり、動かなくなった。
救護テントの喧騒は止まらず、空となった回復薬がいくつも地面に転がっている。
魔力の切れた
それでも抗い続ける。
刃が、光が、矢が、敵を沈黙させていく。
「押せー! 押せー!」
名もなき戦士が吠える。
土埃と血で汚す顔から汗が流れ落ち、汗を拭う手が汚れていく。
ゴブリンの爪と盾が激しくぶつかり合い擦過音を鳴らした。
ぶつかり合う鈍い音は鳴り止まず、断末魔、呻き、咆哮、怒号が戦場に轟く。
ゴブリンとワームが埋め尽くしていた地面が見え始めると、戦士達の勢いは増していった。
クリアーになっていく前線にオークの群れが現れる。
「焼き払えー!」
リベルの指示に赤い光が
狙いを定める赤い光が、オークの表皮を焼いていった。
邪魔なワームが消えてしまえば造作ない相手と、言わんばかりに傷だらけのミルバが大剣を振り抜き、焼けたオークの腹を両断していく。
地面へとぶち撒ける
ミルバの大剣が起こす風が、前線へさらなる勇気を与えた。
臆する事なく、淀む事もない、ただ真っ直ぐに敵へ向く刃の圧に後押しされる。
「続け!!」
ヤクラスが槍を掲げる。
雄叫びを上げ、もはや黒い点でしかない残党を蹴散らせていった。
オークの表皮を焼く炎。
激しく焼けた皮膚はただれ、だらりと垂れさがった。
一気呵成、勢いは増していく。
肩で息をしながらも、焼けた皮膚は簡単に刃を通していった。
その先から湧き上がる黒いオーラ。
絶望を運ぶ巨躯が、
ミルバが最後のオークを分断し、立ちすくむ。
睨む先に映る、二体の
荒れている呼吸を整えながら、ゆっくりと運ばれる絶望に対峙する。
カラっと足元から小石が零れた。
前線より明らかに
立ちはだかる岩場、滑らかな斜面を一歩一歩登っていた。
柔らかな地面が足底を沈め、無駄に体力を削っていく。
どこまで登ればいいのか、
十人と一頭。
黙々と進む。
戦場から大きく東に逸れた岩場を進んでいた。
木は勿論、草すら生えておらず、命の欠片すら感じない殺伐とした風景。
フェインが手にする小さな地図が風でバタバタと激しく揺れる。
飛ばされぬようにとしっかり握り直し、地図を眺め見た。
オットの閃きに乗り、西方の進軍を取りやめ、東方へと舵を切る。
未開の地を進む、地図などあってないようなもの。
北へ進めば進むほど過酷さは増していった。
恐らく精浄していないのだろう、剝き出しの
それでもパーティーの足取りは力強く、一歩一歩確実に前へと進んでいた。
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