第226話 閃きと疑念

 陽が落ち始めた。

 最北のレグレクィエス(王の休養)にも夜が訪れる。

 中央に大きな焚火が組まれると、シャロンの弔いの言葉が響き始めた。

 魔術師マジシャン達が焚火に火を点けると焚火の中へひとり、またひとりと丁重にくべられていく。その光景をぼんやりとキルロは疲弊した心と体のまま見つめていた。

 煙と共に魂が舞い上がる? だから何だって言うんだ? ささくれる心が弔いにケチをつける。

 やりきれない思いがこの場に溢れ、簡単に零れ落ちていった。

 何度こんな思いをしなくてはならない。

 炎の橙色が熱を帯び、顔が熱い。

 となりに佇むハルヲにキルロは何の気なしに言葉を向けていた。


「もうこんな思いはしたくないよな。どうすればいい?」

「そんなの私に分かる訳ないじゃない。まあ、そう思う心持ちは分かるけど⋯⋯」


 ふたりは舞い上がる、炎と煙を見つめ嘆息しあう。

 この負の連鎖を止めないと。

 その思いばかりが先走り、そのすべなど全く持たない自分に、もどかしさだけを募らせる。

 炎が一層強く舞い上がり、悲しみが増えていく。

 その光景にキルロがきつく拳を握った。

 テントへ一足先に戻ると、眠そうに大あくびをするキノの姿に少しばかり安堵を覚え、目をこするキノの頭に手を置いていく。


「寝るか」

「うん」


 寝袋の足元にいつものようにキノが丸まり寝息を立てた。

 その重みを感じながら、目を閉じる。

 体の疲労はピークを迎え、眠りを欲するが、頭がそれを許してはくれない。

 頭を過る今日の光景に、まんじりともしない夜を送った。





 ガラガラと激しい馬車の音が響き渡り、叩き起こされた。

 テントが陽光を浴びて中がほんのりと明るくなっている。

 入口を開け、外を覗くとシャロンと話し込む良く知るドワーフの姿が見えた。


「リグ!」

「おお、おまえさん生きとったか」


 背中を叩き合い互いの無事を称える。リグの人懐っこい笑顔を久しぶりに見た気がした。

 ただ、リグの笑顔も一瞬。

 すぐに辺りを見渡し、厳しい状況にあるレグレクィエス(王の休養)を憂いた。


「大変じゃったな。随分とまあ、こっぴどくやられたものだのう」

「立て続いたからな⋯⋯。酷い有様だよ」

「まあ、でもヌシらがおったから、これで済んだのじゃろ? ミルバの所だけだったらここもどうなっていたか⋯⋯」


 リグはまたレグレクィエス(王の休養)を見渡した。

 今もまだ燻り、細い煙を上げている焚火の跡。

 半壊したままの大型テントと行き場のない瓦礫の山。

 以前とは変わってしまった光景にしばらく見入っていた。

 悲しみをそばに置いて、人々は動き回る。

 再生に向けて、また一歩を踏み出した。

 入口が少しざわつくと、何台もの大型馬車が次々に入口をくぐって行く。

 馬車から颯爽と現れた、武骨ながらも端正な顔立ちの男。

 【イリスアーラレギオ(虹の翼)】団長、ウォルコット・スライス。

 険しい表情で、レグレクィエス(王の休養)を見渡していた。

 馬車から大勢の人間が降りてくると、大量の資材と補給を次々に運び込んでいく。

 その規模の大きさや、根回しの早さにキルロは目を見開き見入っていた。


「どれ、挨拶にでも行くか。おまえさんも行くじゃろう」

「ああ。しかし、すげえなぁ⋯⋯」


 歩み寄る、キルロとリグに気が付くとウォルコットは笑みを見せる。

 少し寂し気にも見えるその笑みに、ふたり揃って軽く手を上げた。


「随分と久しぶりじゃのう」

「どれくらいかな? リグも随分とまぁ、おっさんらしくなったな」

「そらぁ、ヌシもじゃろう」


 顔なじみか。

 そらぁまぁそうか。【イリスアーラレギオ】も【ブルンタウロスレギオ】も老舗のソシエタスだものな。ひとつやふたつ一緒に修羅場をかいくぐった経験があったっておかしくはない。


「キルロ・ヴィトーロインも久しぶり。会議以来だな」

「ウォルコットも元気そうで良かったよ」

 

 軽く握手を交わす。

 現場に出てないのかと思いきや、このゴツゴツとした手は働いている人の手だ。

 大手とはいえ、ふんぞり返る事もなく働いているのが分かった。

 日焼けした顔が精悍さを後押ししている。

 ただ、瞳の奥には悲しみを映し出していた。

 そうか。

 今回の件でもっとも犠牲を払ったのは言うまでもなく【イリスアーラレギオ】。

 心持ち穏やかでいられる分けがないのに、冷静に現場を仕切っている。

 その安定感が団員達の安心に繋がっているに違いない。

 それに比べると自分はちょっとした事で揺れまくって全く話になんねえ。

 自身へのダメ出しで深く溜め息をつく。


「あ! ちょうど良かった。そこの三人もこっち来て、ミーティングを始めましょう」


 シャロンの手招きで三人は大型テントへと吸い込まれた。

 中に入ると、良く知る顔と見た事のないエルフやヒューマンなどが所狭しと集合している。

 エルフはシルと仲良さげにしている所をみると【ノクスニンファレギオ】と想像がついた。

 ヒューマンや獣人はウォルコットやミルバの側にいるって事は【イリスアーラレギオ】。

 シャロンが一同を見渡し、軽く手を上げた。


「それでは、リグからの申し出もあったのでここで情報の共有をしていきましょう。それじゃ、早速リグから」


 シャロンに振られ、重そうに腰を上げた、人懐っこい笑顔は消え、険しい表情を見せた。


「細かい話はない。ただ、ここに来る途中、ちょっとした異変を感じてだな⋯⋯。ああ、その異変っつうのは、黒素アデルガイストが濃いと感じんたんじゃ。肌感覚で分かるほどで、どうにも気になって通り道にある魔具マジックアイテムを見に行ったらパクられておった。ここもいつもより黒素アデルガイストが濃いぞ。以上じゃ」


 テントの中がざわつく。

 黒素アデルガイストが濃いという事はそれだけ危険度が上がっているという事だ。

 そうしない為の精浄なのに⋯⋯。

 それと共に得体の知れない不気味さも感じた。

 何かを企んでいる。

 その行為が間違いなくそれを語っていた。

 そんな思いの共有がこのざわつきを生んでいるのだ。

 レグレクィエス(王の休養)周辺は安全圏ではなくなった、その意味する所は?


「じゃあ、キルロ。とりあえず現状に至るまでを説明してくれる」


 逡巡しているキルロにシャロンが声を掛けた。

 唐突にも感じるその言葉にしどろもどろになる。

 考えをまとめる時間もなく、視線は全てキルロに向いていた。

 仕方ない。

 キルロは諦めて口を開いていく。


「まあ、どこから話すべきか分かんねえけどせっかくだ、大分巻き戻して話しをしていこう。始まりはイスタバールの道中で…………」


 最初から語り始めたキルロの言葉に全員が真剣に耳を傾けた。

 ハルヲやマッシュが補足を入れ、シルやヤクラスが足りない情報を付け足していく。

 こうして話す事で点と点が線で繋がっていく。


「…………そして先日、ここがモンスターの襲撃を受けて大きな痛手を被った。糸を引いたのは多分、アッシモ。反勇者ドゥアルーカで間違いない」


 押し黙る、テントの中マッシュが口を開く。


「なんで、モンスターを襲撃させたのか? 可能性として高いのはレグレクィエス(王の休養)を叩くというより、陽動に使ったんじゃないのか。それこそこっちが手をこまねいている間に片っ端から魔具マジックアイテムを引っこ抜くとかな」

「なぜじゃ?」

「お前さんが見たんだろ、引っこ抜いた跡を。黒素アデルガイストを濃くしたらやる事はひとつだ、ドデカイのをここに送り込んで潰す」


 一同が唸る。

 マッシュの言葉に異論はないのだが、いろいろと腑に落ちないのも事実。


「引っかかるのは何故そんな事をするのか? ここを潰してどうする? 言っちゃあなんだが、重要ではあるが、いち拠点に過ぎない。そんな大掛かりな仕掛けが必要か? それと最北ではアントワーヌが精浄している。この辺りの魔具マジックアイテムを引っこ抜いても本当にヤバいヤツはアントワーヌが抑えているのではないか?」

 

 ウォルコットが冷静に分析していく。

 マッシュの鳴らす警鐘の方向性は間違ってはいない。

 ただ、それを裏付けるものがないのも事実。

 テントの中は喧々諤々けんけんがくがく、各々が意見をぶつけ合っていた。

 あれ?

 ちょっと待て、今何か浮かんだ。

 キルロは喧騒をよそにひとり逡巡する。

 額に拳を当て、目を瞑って集中した。

 そして、目を剥き、顔を上げる。


「どうしたの?]


 その様子にハルヲが怪訝な表情を向ける。


(アッシモとセルバの後ろには⋯⋯)


 キルロは目を剥いたまま、ハルヲに向いた。

 茫然とハルヲを見つめ、言葉をこぼす。


「アントワーヌ⋯⋯」

「はぁ? 何言っているの? 最北でしょう? 何?」

「アッシモとセルバの後ろには⋯⋯アントワーヌ⋯⋯」

「え?? どういう事? バカな事言ってないで、ちゃんと考えなさいよ」


 茫然とするキルロにハルヲは溜め息まじりで答えた。

 茫然と一点を見つめるその瞳は鋭さを見せている。

 ハルヲもその様子に少し考えてみたが、突飛すぎてまともに考えられなかった。

 結局、キルロの横で腕を組み唸る事しか出来ない。

 その姿にマッシュが、気が付き声を掛けた。


「どうした、ふたり揃って」

「こいつが、アッシモとセルバの後ろにアントワーヌがいるなんて言うのよ。何考えているのだか」

「そらぁまた随分と飛躍した話だな」

「でしょう」


 マッシュも一緒になり、唸った。

 どうでもいいやつが言っている言葉なら、相手にもせず流すが、キルロの言葉というのがマッシュの心に引っ掛かりを生んだ。

 いや、待て待て。

 仮にアントワーヌが親玉だとしたら⋯⋯。

 最北で誰にも知られず、動く事が出来てしまう。

 本当に精浄していた? 誰か確認したのか?

 

「あ!」

「どうしたの?」

「ハル、これあるかもしらんぞ。団長、不味くないかそれ」

「マズイし、ヤバイ⋯⋯」

「マッシュまで!?」

「ハル、最北でのアントワーヌの動きを誰か確認したのか? アッシモとセルバを従えるヤツが勇者以外に考えられるか?」


 ハルヲはマッシュに厳しい目を向ける。

 言われてみればそうだが、しかし⋯⋯。

 ハルヲは厳しい視線のまま口を開く。


「でも、勇者が反勇者ドゥアルーカって何の為に? 意味が分からない。自分で自分を否定するみたいな⋯⋯」

「それが分からん」


 マッシュもキルロも天を仰ぐ、掴めそうで掴めない。

 ただ、キルロの中で確信めいた何かがずっと燻り続けた。

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