第227話 直感と説得

 テントの中では喧騒が続いていた。見えない何かを必死に探しもがいている。


 黒素アデルガイストを濃くして、何を狙うのか。

 マッシュの言っていた事はきっと正しい、デカイやつでここを狙う気だ。

 それはみんなが理解出来る考え方である。

 だが、ただ一人キルロだけは、みんなと違う答えを導き出した。

 その答えに辿り着かないのは当たり前の事で、辿り着いた本人も確たる思いはあれど、確証には至っていない。

 普通に考えれば辿りつかないし、思いもしない考えである事は間違いなかった。

 今まで感じた事のない警鐘が、キルロの頭の中で鳴り続ける。

 

 それはマッシュも同じ。

 アントワーヌが反勇者ドゥアルーカのラスボスだとしたら。

 最北の精浄をしていなかったら。

 アッシモの力を利用して、出合った事のないヤバイ大型種がここを襲う可能性は簡単に想像がつく。

 すでに一度経験済みだ。

 あれはきっと本番へ向けてのリハーサルだったに違いない。

 潰すのが目的⋯⋯。

 いや、むしろここを足掛かりにして南下を試みる可能性だって考えられる。

 ただ、ここにいる人達を説得する術を持ち合わせない。

 一番、重要な『なぜ』が抜け落ちているのだ。

 

 キルロの中に芽生える確たる思い、それをどうやって納得させる。

 なんでヤツらはそんな事をしようと思う。思いだけが先走り、それを裏付ける言葉は深く沈んだまま口に出来ずにいた。


「難しい顔してどうしたの?」

「おわっ!」


 シルがキルロの顔を、少し心配そうな表情で覗き込んで来た。

 突然、現れたシルの顔に驚いてしまう。

 シルはさらに気遣う顔をキルロに向けた。


「どうしたの? 本当に。らしくないわね」

「いやぁ⋯⋯、なんつうか、ちょっと確信と思える考えに至ったんだけど、ちょっと突飛でね。受け入れて貰えないんじゃないかと⋯⋯。どうしたものかなってね」

「ええ! 凄いじゃない。流石ね。で、その確信とやらを聞かせてちょうだい」

「いやぁ⋯⋯」


 今、言っていいものか悩む。

 シルはあえて、柔和な顔を向けてキルロの言葉を待った。

 シルには聞いて貰うか、そうだついでにウチのメンバーにも話しておこう。


「シル、ウチのメンバーも呼んでいいか?」

「もちろん」


 キルロは【スミテマアルバレギオ】に集合を掛ける。

 テントの喧騒から一歩離れ、ユラやカズナは退屈そうにみんなの姿を眺めていた。


「退屈で仕方ないぞ。どうした?」


 ユラが大きく体を伸ばしながら、キルロに向いた。

 フェインやカズナ、エーシャもそれに倣う。


「悪いな。まぁ、単刀直入に。反勇者ドゥアルーカの頭が誰か考えに至った。勇者の長男、アントワーヌだと思う」

「ふーん。そいつをぶっとばせばいいんだな」

「ああ、そうだ」

「わかっタ」

「ちょっ、ちょっと待って! なんで?」

「それよ。それそれ」


 ユラやフェイン、カズナは簡単に受け入れたが、流石にシルやエーシャは困惑の表情を見せる。

 こうなる事は予想通りだ、黙って聞いていたマッシュがそれを受けて口を開いていく。


「なんでというより、消去法に近いのかも。まず、アッシモとセルバの後ろに誰かいるのはヤルバの口から割れていた。アッシモとセルバを束ねる事が出来るヤツ。今回の襲撃が予想通りの陽動だとすると、やはり大型種の襲撃を狙っている。アントワーヌが後ろで糸を引いていたら⋯⋯最北から黒素アデルガイストが溢れ出していったっておかしくはない。そうなれば、事は驚くほどスムーズに進むぞ」


 シルは困惑し、混乱した。

 状況から見ればそれも考えられるが、まさかという思いが強い。

 難しい顔でキルロが佇んでいた理由が分かったが、にわかには信じきれなかった。

 それは、勇者のパーティーに所属していたエーシャも同じ、過酷な環境での作業を強いられていたのは、身を持って知っている。

 そんな思いをしている人がどうしてそんな事をしようというのか、頭の中が混乱していく。

 困惑に混乱、キルロの言葉で無ければ聞き捨てて終わっている。

 そんなふたりの様子を見て、ハルヲも嘆息した。


「ふたりの気持ちは分かるわ。考えが突拍子もなくて私もまだイマイチついていけてないもの。ただ、残念な事にこういう時のあいつの直感は、ほぼほぼその通りよ。いつもそれに振り回されるのだから。そして何故か、いい結果を生んじゃうのよねぇ」


 ハルヲは肩をすくめ、苦笑いを見せた。

 エーシャは眉をひそめ、身をよじる。


「ああん! 考えるの止めた! 団長に乗るよ。考えたって分かんないし、ハルの言っている事がきっと正しい」


 ニカっとハルヲに笑みを向けると、ハルヲは少し困った笑みを返した。

 シルも宙を仰ぎ、大げさに頭を抱えて見せる。

 そのまま硬直していたが、溜め息と共に体を緩めた。


「ああー! もう! 何にせよ、王子にそんな顔は似合わないわよ。私も乗るわ、だからそんな顔しないで。いつも通りあなたはあっちだって、指を指せばいいのよ」


 シルはキルロの背中に手を置き、いつもの柔らかな弓なりの双眸を見せた。

 キルロが一同の顔を見渡すと、すっきりとした顔を見せる一同の表情。その表情にキルロの顔も自然と晴れていき、何度となく頷き、顔を上げた。


「そうか。みんなありがとう。もし考えが違っていたらどうしようかとも思うけど、その時はその時か。あとはここにいる人達を説得出来るかどうか。いやぁー自信ないなぁ」

「なるようになるわよ」

「ハルヲにしては珍しいな」

「だって、それしか言いようがないじゃない、こんな突拍子もない考え」


 ハルヲは諦め顔で言い放つ、一同もハルヲに激しく同意を見せた。

 何にせよ、力強い味方がいる、仲間がいる。

 臆する事なく言うだけだ。




「はぁ? 貴様は何をほざいている? 自分の言っている事が分かっているのか?」

「まぁまぁ、ミルバそう噛み付くな。ただミルバがそう言うのはもっともだと思うがね」

 

 いきなり躓いた。

 開口一番怒られる。

 アントワーヌの直属【イリスアーラレギオ(虹の翼)】にとって、受け入れがたい考えだ。

 それは分かりきっていた事、ここを説得出来ないと何も始まらない。

 後ろに控えてくれた【スミテマアルバレギオ】とシルも、ミルバの勢いに苦笑いするしか出来なかった。


「私からもいいかしら。ウォルコットやミルバと同じく、にわかには信じられないわね。シルがあっさりと受け入れたのは気にはなるけど」

「リベル、別にあっさりって訳じゃないわ。ちゃんと話しをして納得したのよ」


 あれをちゃんと話したって言うのは少しばかりはばかれるが、【スミテマアルバレギオ】以外の人間が受け入れてくれているという事実は大きい。

 しかも所属の【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】はアントワーヌ直属。

 その意味でもシルの存在は心強かった。

 ある意味劇薬にも近い、キルロの思考。

 間違っていたら、とんでもない事になる。


「私達は【スミテマアルバレギオ】に従う」


 ドルチェナはあっさりと手を上げた。

 ロクやピッポなどは驚いてドルチェナに目を剥く。


「そう言って貰えるのはありがたいが、良く考えて貰っていいんだぞ」

「いや⋯⋯、マ⋯⋯ッシュが⋯⋯信じ⋯⋯⋯⋯るなら⋯⋯⋯⋯私も信⋯⋯じ⋯⋯⋯⋯る⋯⋯」


 最後の方にはドルチェナは俯いて何を言っているのか良く分からなかったが、そうそうに受け入れて貰えたのはありがたい。


「最北がどれだけ過酷か知らんから、そんな事が言えるのだ!!」


 ミルバの熱は治まらない、やはり一番説得が難しいと思っていたが予想通りだ。

 ただ、のんびりと説得している時間はきっとない。

 こちら側も早々に手を打つべきなのだ。

 

「ちょっといいか? なぁ、キルロよ。アントワーヌが怪しいって最初に思ったのは、いつなんだ? 今、思いつきで話しているのか?」


 ミルバを遮るようにヤクラスが割って入る。

 その言葉に眉間に拳を当て、思考を必死に巻き戻して行く。

 アッシモの時もそうだった、思い返せば最初に出会った時、すでに引っ掛かった。

 アントワーヌは⋯⋯。

 一回しか出会っていない。

 だが、会った瞬間睨み合った。

 アルフェンの時は、睨み合う事すらなく互いを受け入れている。

 アントワーヌとのあの状況⋯⋯、武器も持たずフラフラしていたこちらに敵対心を剝き出しだった。

 こちらは中から現れたのにだ。

 ただ、それでも勇者のオーラを感じればすぐにこちらが気付いたはず。

 名乗りを上げるまで、それと気がつかなかった。

 そうか。

 

 違和感は最初からあったのだ。


「アントワーヌとは一回チラっとすれ違っただけだ。今、思えばその時すでに違和感はあった。アステルスやアルフェンから感じ取れる勇者のオーラみたいなものを、アントワーヌからは感じ取っていなかった」


 ヤクラスの目を真っ直ぐ見据え、キルロはしっかりとした口調で答える。

 わずかながら、テント内にどよめきが起こった。

 マッシュはその言葉に口角を上げる。


「決まりだな」

「そうみたいね」


 ハルヲも同じ事を思った。

 その直感に賭ける価値は大いにあると。





 洞窟内の空間が少しばかり慌ただしかった。

 アッシモやクックが矢継ぎ早に指示を飛ばしている。

 セルバやカイナ達も、自らの準備に余念がなかった。

 始まる。

 今まで、温めていたものを一気に開放する時間が近づいている。

 淡々とこなしていても、その昂ぶりはヒシヒシと伝播し、洞内のテンションは否が応でも上がっていった。


「いい感じじゃないか」


 洞口から唐突にパーティーが現れた。

 細身の騎士ナイトに陰鬱なエルフの女、うす笑いを浮かべる猫人キャットピープルの男と狼人ウエアウルフの女、屈強な体を見せる大楯を構えるヒューマンの男の後ろから、眼鏡を掛けた金髪巻き毛の男が顔を覗かす。


「やっと、おでましか」


 アッシモが声を掛けると眼鏡の男は苦笑いを返す。


「なかなか大変だったんだ。そう言わないでよ」

「首尾良く進んでいるのか?」

「もちろん。ばっちりだよ」


 一瞥するセルバに満面の笑みを返す。


「さすがに疲れたのでちょっと休むよ。時間は充分にあるしね」

「ああ、構わないさ」


 アッシモに軽く手を上げ、眼鏡の男達は奥へと消えて行った。

 

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