第220話 塊と蹂躙
セルバとの交戦から丸二日が経とうとしていた。
セルバを追った
「ごめん。北西の森で見失った」
それだけ伝え、すごすごと復旧作業に戻っていった。
軽傷者はほぼ復帰し、復旧作業は進む。
当面の問題は瓦礫となった資材の不足をどうするかだ。
最北のレグレクィエス(王の休養)を破棄し、南に少し下がったブレイヴコタン(勇者の村)まで前線を一時下げてみては、という話も出たがミルバが頑としてそれを拒否、ミルバのそれに反対する理由もない。
敵に背を向けないという強い意志を発信する為にも、ここを死守すると意志の統一を図った。
資材の補充にどこかが動くというのも、もちろん視野に入れたが、今この状況でここが手薄になるのはいただけない。
「お、ベヒーモスの皮は外套にしたのか」
ヤクラスがキルロの羽織る、黒の外套を触りながら笑顔を見せる。
「ヤクラスの所は違うのか? 他にやりようが思いつかなくて」
「オレらは
「練り込む? そんな事出来たのか」
「まぁ、いろいろ試してみてね。加工する際に鉄の中に放り込んだ」
「それでもいけるのか」
「問題ない」
手を動かしながら他愛のない会話を続ける。
いつの間にか空気は弛緩していた。悲しみは依然として覆っているのだが、前へ進もうという意識が芽生えていた。
だが、その空気は一瞬で黒く塗り替わる。
「なんかくる! なんだ⋯⋯あれ? 地面が動いている!?」
見張りをする
地面が黒く染まり始め、その奥にオークの巨体を散見する。
地面を黒く染めているのは見渡す限りのゴブリンの群れ、いや塊だ。
それもゴブリンの上位種、ホブゴブリン
「構えろ!」
キルロの叫びに呼応する、作業の手を止め一斉に武器を手にした。
「
ミルバの声が響く、魔術師達が自らの手に光を収束していく。
悲しみが憤りへと変わって行く。
まるで地面が蠢くかのようにびっしりと埋め尽くすホブゴブリン。その異様な光景に多くの人間が険しい顔を見せた。
キルロ達【スミテマアルバレギオ】は冷静にその様子を見つめる。
何度目かのその光景、誰かが仕組んだという事は明白。
そして、仕組んだのが誰であるかも明白だった。
「シャロン! 怪我人を一か所に集めてくれ。キノ、怪我した人達を守ってくれよ」
キルロはキノの頭にポンと手を置くと、キノはシャロンの元へと駆け出した。
攻めて来るってのは、どういう了見だ?
【果樹の森】もラミアも背後に守るべきものがあった。
コイツ(ホブゴブリン)らは何を守る? それとも齧ったのか。
「キルロ!」
逡巡しているキルロにハルヲの声。
シルやミルバ、【ルプスコロナレギオ】の面々に【スミテマアルバレギオ】。
主要所が顔を集める、剣呑な表情でこの状況を精査していた。
うだうだと考え込んでいる時間はない、火力でゴリ押しするしかない。
「この襲撃の裏にはヤツらがいる。という事はこの襲撃も何かしらの意味があるのかもしれないが、今はそんな事考えている余裕はない。まずは殲滅する」
厳しい目つきで頷き合った。
そんな中、ミルバだけが小首を傾げる。
「なんでモンスターの襲撃の裏にヤツらがいるのだ?」
「詳しくはあとだ。ヤツらはモンスターをある程度、操れる術を持っている」
「あれだけの数を操っているのか? テイムか?」
「いや、違う。ここを襲撃するように仕向けていると考えればいい」
ミルバは納得仕切れていないようだ。
キルロは嘆息しながら続ける。
「ミルバ、やる事は一緒だ。殲滅するだけだ。だろ?」
「おお、確かにそうだ!」
単純明快、やる気を見せるミルバにキルロは苦笑いを向ける。
「お話はここまでだ。来るぞ!」
マッシュが入口を顎で指した。
地響きが聞こえる、わさわさと蠢く気配が遠くからでも伝わってくる。
ギチギチと気持ちの悪い哭き声が地表から湧き上がり、血走る目を真っ直ぐに向け、蹂躙せんと見渡す限りの黒い塊が襲って来ていた。
「遠めから叩けるだけ叩け!
ミルバの掛け声に
前方に手をかざすと、色とりどりの光を放つ。
放つ光は横一閃。
炎を巻き上げ、風が舞い、氷の刃が前線のホブゴブリンを次々に吹き飛ばしていった。
体は千切れ、首はもげ、宙を舞う。
無残な姿で転がるいくつもの躯を、一瞥する事なく踏みつけ、黒い進軍は続く。
レグレクィエス(王の休養)を蹂躙すべくその足を止める事はなかった。
「
シルが弓を構え、叫んだ。
【ノクスニンファレギオ】の
次々に放つ矢が確実にホブゴブリンの眉間を射抜いていった。
相当数屠っているはずのに、地表は依然黒く覆われたまま。
迫り来る見渡す限りの黒い塊。
小さくなっていかない、その姿にミルバとシルに焦燥が募っていく。
「どんだけいるのよ⋯⋯」
ぽつりと呟きながらシルは矢を放つ、終わりの見えない感じが表情を曇らせた。
「
ミルバの掛け声に横一閃、いくつもの光がホブゴブリンを再び吹き飛ばしていく。
それでも迫り来る黒い塊は止められない。
シル達が矢を放つ横でミルバが大剣を構え、ユトも剣を握っていた。
「
「
ミルバが大剣を振りかぶり、シルは弓を剣に持ち替えた。
飛び込むふたりのあとを追うように、武器を携えた者達が黒い塊へと飛び込んでいく。
ミルバの一振りでホブゴブリンの首が三つ四つと跳ねた。
シルの切っ先がホブゴブリンの眉間を貫く。
ユトが斬り刻み、ヤクラスが、ミアンが黒い群れへと飛び込み亡き者にしていった。
血溜まりを踏みしめ、血まみれになりながらも濁る瞳を向け、爪を立て、牙を剥く。
いくら斬り刻もうが、首が飛ぼうか怯む事はない。
頬に、腕に、爪を立てられ、首元に牙を剥いて来る。
足を踏みしめれば、血溜まりの血が跳ね足元を汚して行く。
獣のイヤな臭いと鉄の臭い。
『キシャアア』
ホブゴブリンが哭き声と共に飛び込んで来る。
避けるスペースなどは存在しない、ひたすらに剣を振った。
ミルバもシルも肩で息をする。
病み上がりに近いユトの顔から余裕はすでに消えている。
ヤクラス達も終わりの見えない戦場に、集中を切らさぬよう踏ん張りを見せていた。
ミルバを襲う爪をシルが斬り捨てる。
ヤクラスに剥く牙をミアンが首ごと跳ねていた。
肩で息するユトの隣では、ホブゴブリンの眉間に矢が突き刺さり崩れ落ちていく。
「ウッ」
「クソッ!」
飛び込んだ人間の呻きや嘆きが、哭き声に混じり耳を掠めていく。
何匹ものホブゴブリンに飛びつかれ、身動きが取れなくなると、助ける間もなく地面へと沈んでしまった。
一瞬の出来事に何も出来ない。
ミルバが、シルが、その光景に目を剥くと瞳の奥に憎悪の炎を燃やす。
それでも、地面へと沈む人間が後を絶たない。
黒い塊がまるでひとつの生き物のように人を飲み込んでいく。
「ひとりになるな! 距離を開けすぎるな! クソッ! 邪魔だ!」
ミルバが大剣を振りながら叫ぶ、飛び込んで行けない自分に腹を立て吠える。
体中から血が流れ、皮膚の上を汗と一緒に落ちて行く。
これがヤツらの仕組んだ事なら、ヤツらの手のひらで遊んでいるだけではないか。
ミルバの怒りが頂点に達する。
「オラアァアァァァ! どけっ!」
群がるホブゴブリンを薙ぎ払い、ひとり奥へと突っ込んで行く。
ミルバのその姿を視界に掠めたヤクラスが舌を打つ、まずい。
冷静さを欠いたミルバの姿に顔をしかめる。
「ミルバ! 行くな!」
ヤクラスの叫びにシルはミルバを一瞥する。
ヤクラスにひとつ頷いて見せると急いでミルバのあとを追った。
カズナの刃がホブゴブリンの首元を掻き切った。
塊からはぐれたのだろう、血走る目に生気はもうない。
【スミテマアルバレギオ】が大きく右方に展開していく。
【スミテマアルバレギオ】と【ルプスコロナレギオ】は後ろに控えるオーク
キルロのこの提案に難色を示す者はいない、ふたつのパーティーが大きく左右に展開し後方からこの黒い塊を挟み撃ちにする。まず落とすべきは後ろで守られているオーク
「団長、初めてを思い出すな」
マッシュが不敵な笑みを浮かべる。
「あん時は苦労したよ、大変だったよな」
「アハハハ、そういやそうだったな。どれだけ成長したか分かるな」
「成長してない可能性もありえる」
「ハハ、そりゃないわ。ちゃんと成長しているさ」
キルロの目に映るいくつものオークの巨躯。
オークの姿が大きくなるにつれ、鼓動も早くなっていく。
成長しているのかな? 実感はないが、マッシュの言葉を信じよう。
「シッ!」
カズナがオークの懐へ飛び込んだ。
「【
エーシャが群がるホブゴブリンに照準を合わす。
ハルヲが剛弓を構え、ユラが杖を振るう。
フェインの拳が脇腹を抉り、マッシュの刃は喉元に穴を開けた。
まさに瞬殺。
キルロの眼前で巨躯は崩れ落ちた。
「出る幕なしかよ」
キルロの嘆きをよそに【スミテマアルバレギオ】は次へと照準を合わせていった。
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