第207話 夜の妖精と白状
激しい雨が鞍上のふたりに打ち付ける。
目を開けているのがやっとだった。
雨音が雑音を打ち消していき、雨音が耳を塞ぐ。
純白の羽毛が弾く水滴によって淡く光っていた。
跨るふたり。エーシャとハースが森を駆ける。
視界を遮る雨に目を凝らし、前方を睨んでいった。
後ろに跨るハースが右方を指差す。
右へ進路を取ると、降り注ぐ雨粒に隠れていたエルフの森が見えた。
森の中にひっそりと佇むその姿はまさしくエルフの隠れ里。
違うのは隠れていないという所だけ。
木の温もりを感じる小ぶりなとんがり屋根がいくつも連なり、奥に鎮座する巨木の根元にひときわ大きな平家が構えていた。
湿った土をゆっくりと蹴りながらヘッグが拠点の中へと入っていく。
静かだ。
エーシャがハースへ振り向くと、ハースも首を傾げる。
雨のせいなのか? エルフという種族の特性? いや、ハースも覚える違和感。
ひっそりと静まり返る中、奥に見える【ノクスニンファレギオ】の中枢部へと足を運ぶ。
中に入るとすぐに茫然と佇む女エルフの姿があった。
「スローク、どうした!? 何かあったのか?」
ハースの問いかけに虚ろな瞳を向けた。その姿に何か良くない事がここで起きた事は簡単に察する事が出来る。
「スローク!」
「団長が⋯⋯」
その言葉にハースが駆け出す。
エーシャも必死について行く。
廊下の一番奥、開け放たれた少し丸みを帯びた扉の先で、膝をつくハースの姿に、エーシャが最悪のシナリオが想像出来た。
遅かったか。
隻眼の魔術師は顔をしかめる。
その先に見えるのはエルフらしい曲線を見せる大きめの椅子に、険しい顔をこちらに向けて動かない、団長メイレルニーファ・ルラクライツァの姿があった。
それと同時に誰の仕業か、いとも簡単に想像がつく。
動けないハースの代わりに、エーシャは動かないメイレルの元へ向かった。
「ハース! 落ち込むのは後。誰の仕業か分かるでしょう。検死するから女性を呼んで。早く!」
エーシャの普段見せない厳しい口調に顔を上げた。
すぐに先ほどのスロークが蒼い顔のまま現れる。
「ハース、ここにいる人をどこかへ集めて事の経緯を説明。何のためにここに来たか思い出しなさい」
ハースは黙って頷き、部屋をあとにする。
エーシャは手を組んで一礼し、まだ乾ききっていない血の跡を頼りに服を脱がしていった。
心臓を一突き、細い剣先は背中を突き抜けている。
相当力を込めて剣を押し込んだのだ、椅子にも抉れた跡が血糊と共に残っていた。
手際よく進めるエーシャの側でスロークは体を震わせ、凝視できないでいる。
「しっかり。団長を綺麗にしてあげて、このままじゃ可哀そうでしょう?」
エーシャの柔らかな声色に頷いた。
目を見開くメイレルの瞼をそっと閉じ、醜く釣り上がった唇を穏やかな笑みへと変えていく。
「ごめんね」
メイレルに一礼して、ハースを探す。
廊下に出るとエルフとしては珍しい怒号飛び交う喧騒が聞こえた。
声は会議室と思われる広間から漏れている。
扉を開けて後ろで様子を伺っていると、ハースの説明を理解出来ない輩がハースに怒号を浴びせていた。
理解出来ないではなく、理解したくないってこと?
全く。
とはいえ、カリスマ的トップを失った所にカイナの裏切り行為。あてにしたい副団長の裏切りの可能性。
理解したくないのも分からなくはない。
だが、その様子を見ているうちにエーシャはだんだんイライラしてきた。
こんな事をしている場合じゃないのに、何なんだこいつらは。
気が付くとハースの横に立っていた。
エーシャが20名ほどのエルフを睨む。
突然、現れた隻眼の魔術師に動揺を見せると、エーシャは厳しい言葉を飛ばした。
「あんたら、こんな所でギャアギャアわめいている場合じゃないでしょう! 何考えているのよ。あんたらがこんなんじゃ、死んだ団長だってうかばれないわ。あんたらが今すべき事は情報の収集と精査、そんでむかつく犯人を捕まえる事でしょう! 違う!?」
エーシャの激しい檄に室内は静まり返る。
睨みを利かすエーシャはさらに激しい口調で続けた。
「犯人はカイナ、それと北で動いている副団長のセルバの動向。このふたつの命題をクリアーするのが先決でしょう。ギャアギャア騒ぐヒマあんなら頭使って体を動かせ!」
「と、突然出て来て、ここの事は何も知らないクセに何様のつもりだ!」
ひとりのエルフが噛み付いた、エーシャが冷ややかな瞳を向ける。
「何様? 【スミテマアルバレギオ】のエーシャ様だ。カイナとセルバをとっ捕まえたらいつでも文句聞いてやる。いつでも来やがれ!」
鼻息荒くまくしたてると、ハースがポンと手を置いた。
「エーシャ、助かったよ。言って欲しい事を全部言ってくれた」
ドン引きのエルフ達を目のあたりにして、エーシャが顔をしかめる。
「あちゃあ、やり過ぎた」
「そんな事はないさ。四の五の言っている場合ではないのだ。これでも【ノクスニンファレギオ】としての誇りはみんな持っている、その名に誓って必ず捕まえてみせるよ」
「じゃあさ、ハースにここはまかすよ。こっちは戻って現状をハルやシルに報せてくる!」
「頼む」
ふたりは頷き合う。
エーシャは激しい雨が打ち付ける中、ミドラスへとヘッグを再び走らせた。
陽光の全く当たらない、地下の牢獄。
薄暗く、湿った空気が気分を鬱々とさせる。
カツーンと足音の響く石段を、下へ下へと回って行く。
その中にある無機質な尋問室へ足を踏み入れた。
椅子に縛り付けた両腕を失ったエルフ。
光を失い濁った瞳は落ち着きなく、ゆっくりと揺れている。
キルロとリブロはエルフの向かいに腰掛け、抜け殻と化した人の形を冷ややかに見つめていた。
リブロは腰から極太の針を取り出し、テーブルの上に並べた。
キルロがそれに顔をしかめる。
「止めとくか?」
「いや、まかす。時間勝負だ」
キルロの言葉を確認して、リブロは針を丁寧に並べていく。
「さて、始めようか」
キルロがポケットから極彩色の抗楽剤を取り出し、
ユラユラと揺れるエルフの口の中へ放り込む。
動きが止まっていく、濁った瞳に力を取り戻していく。
失われていた自我がゆっくりと湧き上がっていった。
目を剥き、辺りを見渡し自分がどうなっているのか混乱の様相を見せ始める。
「な、なんだここ? なん、なんだおまえら? おい! オレの腕どうした! なんだここ! おい!」
混乱と共に暴れだす、おおよそ予想通りだ。
キルロはズイっと顔を前に出し、ヤルバに向かう。
「ここは
「ああん!? 言うわけねえだろうボケ! 実を寄こせ。こんな所、正気で居られるか!」
「渡すわけねえだろうボケ。仕方ない、リブロ」
リブロはジャラっとテーブルの上の針を掴むとテーブルの下へ潜った。
縛り付けてある剝き出しの足の指、爪との隙間に針を突き刺す。
「ああああああぐぅぅうあうあうー! てめえ! 何しやがる!」
リブロは黙ったまま、さらに一本突き刺す。
絶叫が室内に木霊する、リブロはそのままさらに一本突き刺し、また一本⋯⋯。
計五本、片足の指先から針が飛び出している。
見た目ほどの出血はないのだが、ヤルバは目を剥き痛みにひたすら耐えていた。
「かっはぁっ!」
絶叫しすぎた為か、ヒューヒューと声にならない喉を鳴らし、涙をこぼしながら目は机の一点を見据えていた。
「さあて、ヤルバ。お前の後ろに誰がいた? アッシモか? それとも別の誰かか?」
涙目でキルロを睨む、その姿にリブロは針の先をコツと軽く蹴飛ばす。
「ぐぎゃあああー」
頭を垂れ、涙を流し、体は痛みで震えていた。
「ひとつ情報をくれたら、一本外そう。お前のバックには誰がいた?」
「⋯⋯⋯⋯アッシモ」
「どんな繋がりだ?」
「一本外せ! ああああがぁああ」
リブロがコツコツと何度か針先を蹴飛ばしていく。
「おいおいおい、お前の立場を考えてしゃべれや。どうも、わかってねえみてえだな。逆も行っておくか」
「ふざけんな! アッシモの野郎が持ってきた実を配って飲ませていただけだ⋯⋯。その報酬として兵隊を貰った」
キルロがリブロに合図すると、リブロは一瞬渋い顔を見せたが一本抜いてみせた。
「その口ぶりだと、お前のバックはアッシモではない別の誰かだな? 誰だ?」
「さっさと答えろっ!」
リブロが針先を強く蹴りつけていく。
室内に絶叫が鳴り響く、それでもお構いなしに強く蹴りつけて行った。
針を通じ、床へ血が垂れていく。
「あああ、止めろ、止めてくれ、セルバだ。セルバ⋯⋯」
リブロが驚愕の表情を浮かべる。
キルロは聞き覚えのない名前に怪訝な表情でリブロの方を見た。
「リブロ、セルバって誰だ?」
「セルバロナグス・アークロフィール。【ノクスニンファレギオ】の副団長、現場の最高責任者だ」
は? シルの仲間? なんで?
リブロの言葉にキルロも絶句した。
「お前、いい加減なこと抜かしているんじゃないよな」
リブロが足先を雑に蹴り飛ばしていく。
ヤルバは身動きの取れない体を揺する事しか出来ない。
「嘘じゃない⋯⋯! その証拠にアッシモとセルバの後ろには⋯⋯⋯⋯には⋯⋯⋯⋯に⋯⋯⋯⋯ににぃ⋯⋯⋯⋯」
焦点の合わない濁った瞳が所在なく、宙を見つめる。
時間切れ。
思った以上に効果が短かった、鍵になりそうな言葉は聞けたが⋯⋯。
最後の言葉、“アッシモとセルバの後ろには⋯⋯⋯”この続きは?
クソ、時間が欲しかった。
「おい、薬はもうねえのか? 作れねえのか?」
「いや、作れる。ただ、ヤクロウが言うには余りにキツイ薬なんで、二度目は脳みそ自体が持たないかもって」
「チッ!」
リブロの舌打ちしたい気分は分かる。
もう少し引き出したかったってのが本音だ。
大物が釣れた事をよしとして、急いでミドラスに戻ろう。
自我が抜け落ち殻となったヤルバを一瞥して、うす暗い尋問室から出て行った。
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