第191話 狼の王冠ときどきドギマギ

 相変わらずの質素なハルヲンテイムの一室。

 柔らかな陽光が部屋の中を照らし出す。

 並ぶ椅子の数がいつもより多かった。

 ぞくぞくと集まる【スミテマアルバレギオ】のメンバーが笑顔で入室して行く。

 【蟻の巣】以来の顔合わせに近況を報告しつつ、リラックスした空気が流れていた。


「カズナ、アルバはどうだ?」

「問題なイ。学校も始まったシ、うまく回っていル」

「そっか、そっか。いい感じだな」


 キルロはしばらく顔を出していない、アルバに心を馳せる。

 いらない心配をしただけか、カズナの言葉に胸を撫でおろす。

 軽いノックの音が響く。

 一同が扉へ向くとエレナが、ひょこっと笑顔を覗かせた。


「お客さまがおいでになられました」

「入って貰って」


 ハルヲが声を掛けると【ルプスコロナレギオ(狼の王冠)】団長、ドルチェナと30歳前後という所か⋯⋯がっちりしたヒューマンの男が入ってきた。

 男は物珍しそうに部屋を見回し“へぇー”と小声で感嘆している。

 ぼさぼさの長髪とするどい眼光が一筋縄ではいかない雰囲気を醸し出し、いくつもの修羅場をかいくぐった証なのか、右の頬に大きな傷があった。


「(マッシュ⋯⋯)ううんっ、【ルプスコロナレギオ】団長、ドルチェナ・クンである。こっちは副団長リブロ・ミハエルだ。宜しく頼む」


 咳払いをひとつして早口で自己紹介をされた、マッシュ? って言ってなかったか?

 リブロの方は落ち着きなく、腰掛けたあとも部屋を見回し、ドルチェナは俯き加減ではあるが落ち着き払っていた。


「それじゃあ、こちらも⋯⋯」

「大丈夫だ、オットから聞いている。紹介は無用だ」

「んじゃ、オットの口利きで【ルプスコロナレギオ】が一緒に動いてくれる事になった。オットの【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】が、懇意にしているソシエタスなので信頼できるパーティーだ。今後の動きについてみんなで話し合って、どう動くか決めたいと思う」


 一同は軽く頷き了承の意をみせていたが、マッシュだけは心底イヤそうな視線を【ルプスコロナレギオ】のふたりに送っていた。

 マッシュのこんな顔、初めてだな。


「いやぁ、【スミテマアルバレギオ】はべっぴんさん揃いだな。白髪の女子も魔女っ娘も大きくなったらべっぴんさんになるぞ。楽しい仕事になりそうだな、おい」


 歴戦のそれと思えた鋭い眼光が、気が付けばいやらしく弓なりになっていた。

 少しばかり予想はしていたが、やっぱり一筋縄でいかないキャラなのね。


「リブロ、止めろ。みっともない」

「何言っているんだ、おまえだってお目当てがいるから喜々として来たんじゃねえか」

「黙っていなさい」

「へいへい」


 リブロは頬杖をつきながらそっぽを向く。

 このやり取りに一同が小首を傾げた。

 そして一抹の不安が過る。

 大丈夫?

 ユラが何かに気が付いた、目を見開きリブロンをきつく睨んだ。

 ユラ、揉めるなよ。


「おい! コラ! おっさん。オレはもう成人女子だぞ! 魔女っ娘じゃねえぞ! 魔女だ!」

「なんと! そうか、それは失礼した。レディーのドワがいるって聞いていたがあんたがそうか。魔女姿のドワっていうのも中々素敵じゃないか」

「うん⋯⋯? そ、そうか⋯⋯」


 真っ直ぐに褒められるとユラはドギマギと頬を赤く染めた。

 その姿をニコニコとリブロは愉快に眺めている。

 簡単に言い包められたユラの姿にマッシュが盛大に溜め息をつくとリブロを睨んだ。


「リブロ、いい加減にしろ。ウチのメンバーで遊ぶな」

「何言っている、素敵なものを素敵と言って何が悪い。ねぇ~、ユラちゃん」


 ユラの顔は増々赤みを帯び、今にも湯気が出そうだ。

 マッシュは再び盛大な溜め息をついた。


「ひ、久しぶりだな。マッシュ・クライカ」

「そうだな」


 マッシュの素っ気ない返事。

 なぜかふたりの緊迫したやり取りを見入ってしまう。

 ドルチェナの顔はなぜだか上気して見える、なんだかこうすんなりいかねえなぁ。

 ソワソワするドルチェナと色目を使うリブロ、また面倒くさい感じのやつを紹介してくれたものだ。オットの満面の笑顔がキルロの脳裏を過っていった。

 

「それで、今後はどう動くの?」

「ドワとエルフのハーフなんて素敵過ぎるな。こんな美しい方と仕事が出来るとは、なんたる幸運。運命の女神に感謝しなくちゃ。副団長同士仲良くやろうぜ」

「ああ、はいはい。宜しくね」


 さすがハルヲ、この手の輩には慣れたものだ。

 行きつけの飲み屋なんて全員こんな感じだったけ。

 リブロも言われ慣れているのか、冷たくされようと我関せずという感じでニコニコと女子達を眺めていた。


「とりあえず分かる範囲で今の動きを整理しよう。【イリスアーラレギオ(虹の翼)】と【ノクスニンファレギオ(夜の妖精)】は通常運転、北の方を中心に作業にあたっている。そんな中シルのパーティーは思想的反勇者ドゥアルーカを相変わらず追っている。反勇者ドゥアルーカ絡みで言えば【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】がオーカと【蟻の巣】の洗い出しに向かった。【蟻の巣】に関しては【ソフィアレイナレギオ(知恵の女王)】が中心となってアッシモの残した文献の解読にあたることになり、【蟻の巣】にはアルフェン達、中央セントラルも相当数狩り出されているが、真相の究明には多少の時間は必要との事だ」

反勇者ドゥアルーカ絡みで動いているのは、【ブラウブラッタレギオ】とシルのパーティーか⋯⋯」


 キルロの説明を受け、ハルヲは逡巡する。

 反勇者ドゥアルーカ絡みで動くのが良しなのか、アルフェンが【蟻の巣】に掛かりっきりなら精浄などを中心に動くべきか。

 マッシュも悩んでいた、どちらも重要だ、どう動くのが正解か悩む。

 そんなふたりの様子を見つめる。

 キルロは悩んではいなかった、自分の中ですでに答えは出ていた。

 

「ウチはとりあえず反勇者ドゥアルーカを追う」


 キルロの決断の速さに一同が少しどよめいた。

 ユラとフェインは相変わらずリアクションは薄め、エーシャは口角を上げてやる気を見せた。

 ハルヲとマッシュは少し戸惑っていた。どうすべきか逡巡している真っ最中だっただけに困惑の色を隠さない。


「別に構わないけど、なんでそう決めたの?」


 ハルヲが問いかけるとマッシュもそれにならい頷いた。

 

「どっちがうちらを必要にしているか考えてってところかな。精浄なんかはうちらみたいな小さなパーティーなんて大手なら腐るほどある。それだったら小回りを生かして反勇者ドゥアルーカを追う方を手伝った方がいいのかなぁって。シルもオットとも知らない仲じゃないし、ドルチェナ達も手伝ってくれる。うちにはマッシュもいるし、オットもそうして欲しいから【ルプスコロナレギオ】を紹介したんじゃないのかなぁってね」

「まぁ、なんでもいいぞ」

「ですです。頑張りますです」


 ユラとフェインが早々にやる気をみせてくれた。

 キルロの意見に反対の意を唱える者はいない。

 互いに頷き合いやる気を見せた。

 ドルチェナの目にもやる気が宿る、顔を上げキルロを睨む。


「それで、どう出る? 【スミテマアルバレギオ】」

 

 ドルチェナの厳しい目がキルロに向く、先程とは打って変わり顔つきも一筋縄ではいかない仕事人の表情を見せた。


「⋯⋯どうしよう?」

「おい!」


 ドルチェナが思わず突っ込む、【スミテマアルバレギオ】のメンバーは慣れたものだ。

 大方予想通りのキルロの反応にすぐに次の動きを逡巡していく。


「こいつは面白れぇ」


 リブロは見たことのないパーティーの形に笑みを浮かべた。

 通常であればいくつもの道を出し合い、リーダーがどれにするか選択するのが常。

 だが、ここはリーダーが道を示し、どうすれば遂行可能か全員が知恵を絞る。

 リーダーの示す道に全幅の信頼を置いている、反対意見さえ出ない。

 正直、【スミテマアルバレギオ】の団長にそこまでの優秀なオーラを感じないのだが、マッシュといい、オットといい、ここまで信頼されるやつとは思わなかった。

 少し舐めて掛かったがこの兄ちゃんに俄然興味が沸いた、少しやる気だすか。

 リブロが不敵な笑みを浮かべた。


「【蟻の巣】に関しては、まかせていいと思う。となるとシルかオーカ辺りか?」

 

 マッシュが考えを言葉にしていく、一同がさらに逡巡する。


「でも、シル達がどう動いているのか、わからないわ。手伝おうにも手伝えない」

「だな。となるとまたオーカか」

「フェインは留守番だぞ」

「なんとかしますです」

「いや、そこはおまえさん諦めろ」


 キルロが珍しく難しい顔で唸っていた、単純な二手でいいのか?

 こういうのは苦手なんだよな。


「団長どうした?」

「いや、オーカももちろんなんだけどさ。なんかこう違うアプローチ出来ないかなって。どうせヒューマンは潜れないし、前回のような大掛かりな仕掛けはいらない。そうかと言ってシルの方に接触した所で邪魔になるだけかもしれないし⋯⋯って考えているうちに脳みそが限界に達した」


 キルロがニカっと笑顔を見せると一同が嘆息する。

 その様子を【ルプスコロナレギオ】のふたりは興味深く見守っていった。

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