追跡

第190話 観察と狼

 【ルプスコロナレギオ(狼の王冠)】団長ドルチェナ・クンは、キルロから視線を逸らし、俯いていた。

 なんだか変な感じだ、呼んでおいてそっぽを向くなんて⋯⋯。


「ドルチェナだっけ? 初めましてだよな」


 キルロは改めて挨拶をすると、チラっとこちらを見やりまたそっぽを向いた。


「おう。そうだな⋯⋯初めましてだ」


 このなんだかコミュニケーションの取りづらい狼人ウエアウルフの女。

 対処法を誰か教えてくれ。

 ルックスは眉目秀麗、獣人らしくスラっとしており灰色の毛並みが狼らしさを際立たせている。

 首元辺りで斬り揃った、少しウエーブの掛かる髪が窓からの光を反射しキラキラと輝いていた。

 会議中も発言する事なく、退屈そうに背もたれに体を預けていたのを思い出す。


「どうした? 何か用があるんじゃないのか?」

「そ、そうなのだ⋯⋯、あのな⋯⋯」


 もじもじと言いづらそうに口ごもった。

 相変わらず視線を交わす事もなく、俯き加減でそっぽを向いている。

 その様子にキルロは首を傾げる事しか出来なかった。


「??? なんだ???」

「そ、そのなんだ。マ、マッシュ・クライカは元気か?」


 ドルチェナは早口でまくしたてた。

 マッシュ? うん?


「あ! マッシュの知り合いか? 元気だぞ。相変わらずじゃないかぁ?」

「そ、そうか! 元気ならいいんだ、良かった。うん。良かった」


 ドルチェナはやっとキルロに、はにかむ笑顔を向けた。

 ?? それだけ?


「アハハハ、相変わらずドルチェナは可愛いね。彼女はね、マッシュのファンなんだよ」

「オット! 何を言っているのだ! 止めろ」


 ライーネと打ち合わせをしていたオットが戻って来るとデレているドルチェナにニヤリと怪しい笑みを向けた。

 アッシモの捜索について話し合ったのか。

 ドルチェナもオットとは仲良いみたいだ、気兼ねない感じがふたりから伝わってくる。

 気が付くとこの豪奢な部屋に三人しか残っていなかった。


「ふたりとも見知った仲なのか?」

「そうだよ。ドルチェナは元々ウチにいたからね。彼女はとても優秀なんだ」


 オットがここまで言うなんて、間違いなく優秀なのだろう。

 ただ、今の所は残念感しか伝わってこないけど。

 そうか元々【ブラウブラッタレギオ(青い蛾)】にいたから、出入りしていたマッシュの事を知っているのか、ん? でもファンってなんだ???

 キルロは腕を組んで首を傾げる、オットがその姿に笑みを浮かべる。


「ドルチェナの【ルプスコロナレギオ】はウチから派生したソシエタスなんだ。まぁ、端的にいえば裏仕事のお手伝いをお願いするためのソシエタス。いろいろと助けて貰っているのさ。今日の会議でもひとつお願いしていてね。ドルチェナ、どうだった?」


 オットが振るとドルチェナの顔つきが変わった。

 今までのオドオドした感じは消えて、厳しい顔を見せる。

 ただ、その口元には薄い笑みを浮かべ、それは不敵な表情にも見えた。


「オットがライーネに食いついた時、少しばかり安堵の表情を浮かべて、オットや【スミテマアルバ】が口を開いている時はかなり集中して耳をそばだてていたよ」

「やはりね」

「え?! 何? なんの話?」


 キルロが困惑していると、ドルチェナが困った顔をオットに向けた。

 オットは満面の笑顔をキルロに向けるがその口元は歪む、不敵ともいえる笑顔で口を開く。


「【セルウスファンレギオ(鹿の牙)】団長のレミア・クスは覚えているかい?」

「そらぁ、さっきまでそこにいたからな。ライーネと仲のいい猫人キャットピープルの女だろう」

「僕はね、彼女がアッシモと繋がっている可能性を考えたのさ」

「あ⋯⋯」


 会議のやり取りの中でオットがどこかのソシエタスを疑っているのは分かったがどこかまでは分からなかった。

 【セルウスファンレギオ】を疑っていたのか。


「まぁ、消去法だったから自信がなかったんだ。アッシモが会議の情報を欲しているのは間違いない。会議出席者の誰かと繋がるはず。メイン所の【イリスアーラレギオ】、【ノクスニンファレギオ】、【ブルンタウロスレギオ】には接触しない。出来ない。そうなるとサブのどこか。レミアの【セルウスファンレギオ】、ライーネの【ソフィアレイナレギオ】、それとドルチェナの【ルプスコロナレギオ】。ドルチェナに接触するほどバカじゃないし、ライーネはあからさま過ぎて危険。そうなればレミアに接触するのが妥当かなってね」


 なるほど。

 そうなるとアッシモはレミアになんかしらの“飴”を準備したのか?

 逡巡するキルロにオットが続ける。


「ドルチェナには会議中レミアの動きを注視して貰って、反応する言葉や会話からアッシモと繋がる可能性があるかどうか観察して貰ったんだ。彼女の観察眼は群を抜いて素晴らしいからね」


 褒められたドルチェナがドヤ顔でキルロを見つめる。

 なんのアピールだよ。

 でも、確かにオットが言うと説得力がある、ドルチェナの観察からクロと判断したって事か。


「あれ? もしかして、最初ライーネに突っかかって行ったのはレミアの反応を見るため?」

「アハ、さすが。そうだよ。僕がライーネに食いつけば何かしらの反応を見せると思ってね。あそこのふたりは仲がいいんだ。レミアがシロなら疑う僕に憤るし、それこそ安堵の表情を少しでも見せればクロの可能性は飛躍的に上がる。分かりやすいだろ」


 オットの中ではすでにアッシモとの再戦はすでに始まっていたのだ。

 ポンとオットが何かに気が付いたように、わざとらしく手を打った。

 何かまた悪だくみでも思いついたのか?


「キルロ、ドルチェナに手伝って貰ったらどう? 僕の所はライーネが手伝ってくれるから今の所、手伝って貰う事がないんだ。【ルプスコロナレギオ】は僕が言うのもなんだけど優秀だよ! きっと君達のお役に立てる、どうだい?」


 確かに、オットのお墨付きならなんの文句もない。

 少しばかり逡巡したが、断る理由は見つからなかった。


「ドルチェナはいいのか? ドルチェナが良ければ是非お願いするよ」


 オットは勝ち誇ったようにドルチェナに視線を向ける。

 なぜか、はにかむドルチェナがそこにいた。


「わ、私達は構わないぞ。よ、宜しく頼む」


 顔を上気させ食い気味にキルロへ答えた。


「よ、宜しく頼むよ【ルプスコロナレギオ】さん」

「それで、いつそちらに伺えばいい? 明日か? 明後日か?」

「落ち着けって。まぁ、一度打ち合わせも兼ねてウチのメンバーと顔合わせしておくか」

「そうだな! なるべく早くしよう!」

「わかった、わかったって。連絡するから、早いうちに顔合わせしよう」

「絶対だぞ」


 このやり取りをオットが腹を抱えて見ていた。

 面白がっているだけかよ。

 とはいえ、優秀なソシエタスを貸し出す形になるがオットはいいのか?

 ただでさえ人数が減っているというのに⋯⋯。


「なぁ、オット。いいのか? 【ルプスコロナレギオ】の人員は今の【ブラウブラッタレギオ】には貴重なんじゃないのか?」

「心配ありがとう。確かに貴重だけどウチもそこまで脆弱じゃないよ。それに今はライーネ達に活躍して貰わないと。アッシモの残した書類の解読は彼女達にしか出来ないからね」


 確かに。

 解読は必須だ、ヤツが何を知っているのか、何をしりたいのか、何が出来るのか、何をしたいのか⋯⋯。

 ヤツを丸裸にする事で見えてくる事が必ずある。

 とはいえ、ウチらが出来る事ってなんだ?

 ま、考えるだけ無駄か。

 なるようになるってやつだ。





 【ハルヲンテイム】の療法室リハビリルームにフィリシアの声が響く。


「頑張って! もう少し! もう少し!」

「くぅ~っつ!」


 エーシャが不完全な右脚を曲げては伸ばし、立っては座り、フィリシアの監督の元で額に大粒の汗を浮かべていた。

 前回の【吹き溜まり】での探索でもう少しだけでも、脚が言う事を聞いてくれればという場面に何度も遭遇し、自らハルヲに頼みリハビリの量を大幅に増した。

 その影には同じように義足持ちになったオットの存在がチラホラ見え隠れする。

 右脚が残っていたとはいえ、義足の反発力を味方にしてかなり上手く動いていると聞かされれば、元々の負けず嫌いに火が点き再び奮起したのだろう。

 エーシャは荒い息を整え、額の汗を拭った。


「エーシャ頑張るね」


 右脚の様子を診ながら笑顔を向けた。

 仰向けに高い天井を眺める、足りない、もっとやらないと。

 グっといきなり眉間を押された。

 フィリシアがふいに顔を覗き込む。


「ダメよ、エーシャ。眉間に皺寄ってる。笑顔、笑顔」


 そう言ってまた笑顔を向けた。


「うん」


 エーシャも笑顔を返し、ふたりで笑う。

 またフィリシアに助けられた。

 笑い合っているところにふいに扉が開く。

 キノが扉のところで仁王立ちしていた。


「エーシャ終わった?」

「キノ、ダメでしょうノックしないと」

「あい!」


 キノの中でエーシャは恐ろしい存在なのか常にいい返事を返す。大仰に敬礼するキノの姿がフィリシアにはツボすぎて、いつもやり取りをクスクスと見守っていた。


「キノ、どうしたの? もう終わるけど」

「キルロが呼んできてって」

「どうかしたの?」

「なんか、ドギマギした狼のお姉ちゃんを紹介するって言ってた」


 ??

 ドギマギした狼のお姉ちゃん??

 フィリシアと顔を見合わせ、困惑しながらもエーシャはキノのあとについて行った。

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