第183話 単眼の巨人ー②

 フェインの咆哮に単眼がギロリと大きな目玉を動かした。

 上がらない腕、背中の激しい痛みが仁王立ちするフェインを襲う。

 眼鏡の奥からつり上がった瞳が、単眼を睨み返す。

 額から流れ落ちる脂汗が頬を伝い、地面にポタリと落ちていった。

 巨人が左足を引きずりながらダラダラと近づき、間合いを計っている。

 上半身は動かせない、足だけでなんとかしないと。


『オオオオァアァァアァー』


 フェインを狙う巨人の一振り。


(⋯⋯ングッ!)


 後ろへ跳ね、ギリギリで躱していく。

 着地時に走る背中の衝撃に呻きを漏らす。

 抉れた地面が一撃の威力を見せつけた。一撃必殺、直撃は何としても避けなければ。なんとかキルロさんの治療ヒールが終わるまで⋯⋯。

 苦痛に顔を歪めながらも単眼を睨み続けた。



 フェインの異常はその目に映る姿から明瞭だった。

 全く動かせない上半身が遠目からでも分かる。

 急げ。

 ウルスを引きずり巨人達から少しだけ距離を取る。


「【癒白光レフェクト・レーラ】」


 白金色の光球よ、早く落ちてくれ。

 早く!

 早く!

 中々、落ちない光球に焦燥感が積み重なっていく。

 白目を剥いて意識の飛んでいるウルスに、変化の兆しが見えない。

 早く落ちろよ!!

 焦りが集中を削ぐ、集中しなくては。

 分かってはいるのだが、フェインが壊れた体で巨人と対峙する姿に焦りと不安が心をかき乱す。そして集中は緩慢になり、やがて光球は泡のように消滅してしまった。


「クソー! オレのアホ! 集中しろ!」


 焦る、集中しろ。

 バチン!

 両頬を叩き、自身を律した。


「【癒白光レフェクト・レーラ】」


 ゆっくりと落ちていく光球を見つめる。

 集中しろ。

 落ちろ。

 来い!

 視界に余計なものを入れるな、横たわるウルスだけを見ろ。

 耳も閉じろ。

 集中を上げろ。

 神経を目の前だけに向ける。

 光球がほんのわずかだが、ゆっくりと沈み始めた。

 ウルスの体に光球がようやく飲み込まれていく。行け!

 光球を半分ほど飲み込むと、ウルスの体がブルっと軽く震えた。

 良し。

 ウルスがゆっくりと目を覚ます。


「またか。すまんな」

「気にすんな、フェインがヤバイんだ。ちょっと行って来る」


 すぐにフェインへと駆け出す、前のめりにつまずきながら必死に駆けていく。

 巨人と対峙するフェインが緩慢な動きで、なんとか踏みとどまっていた。

 顔は蒼白となり、異常なほど発汗を見せている。フェインの体はとうに限界を越えているに違いない。

 キルロは盾を打ち鳴らし、巨人の足元へと突っ込んで行った。

 いくらキルロが打ち鳴らしても巨人の単眼はフェインから視線を外さない。

 仕留めるまでもう一息と踏んでいるのか? フェインに狙いを定めていやがる。狡猾でいやらしいヤツだ。

 ならば。

 引きずる左の足元へと突っ込む。


「どけーー!!」


 ウルスの大槌がキルロを追い越し、左足へ振り抜いた。

 骨の壊れる音が鳴り響く。


『ォォォォオオ⋯⋯』

 

 苦し気に呻き巨人はたまらず膝をつき、寄るなと棍棒を振り回す。


「娘のところに行け! 早く!」


 ウルスが巨人と相対する、キルロはフェインの元へ駆け出す。

 その姿を睨み、巨人がキルロへと飛び込み背中越しに棍棒を振り下ろした。

 その足、壊れたのでは!?

 その姿を見たフェインが驚愕し、叫んだ。


「キルロさーーん!!」


 キルロの死角から棍棒が襲いかかる。

 キルロはフェインの叫びに闇雲に飛んだ。





『ゥオ! ゥオ! ゥオ! ゥオ!』 

 

 自分の周りをチョロチョロとする兎に苛立ちをぶつける。

 兎は俊足で飛び込み、一撃しては距離を置く。

 愚直なヒットアンドアウェイを繰り返し、執拗に膝の皿を叩いていく。

 あの巨体であの瞬発力は厄介だ。

 巨体を軽々と運ぶその力をまずは削ぐ。

 巨人はやらせないと棍棒を叩きつけてくる。

 巨人の思うようにいかない苛立ちは頂点を極め、叩きつける棍棒の勢いが上がって行く。

 苛立てば苛立つほど攻撃は単調になり、カズナはいとも簡単に避けていった。


「遅れた、ゴメン」


 ハルヲが剛弓から矢を放つ、ギョロギョロと動く単眼を狙い次々に放っていった。

 巨人は嫌がり顔を腕で隠す、カズナがその間を抜き、膝を壊しに飛び込んだ。

 腕に次々に矢が突き刺さり巨人の腕に穴を開けていく。

 腕で顔を庇う巨人の死角をつき、カズナが足元へと疾走する。

 その勢いを持って、鉄の靴を膝へと打ち噛ました。

 

 バキッ


 固いもの同士がぶつかり合い、壊れる音が聞こえた。


『ォォォォォオオオオオオオー!』


 巨人が膝をつき咆えた。

 痛みからか呼吸が荒くなっているようにも見える。

 その様子に確かな手ごたえを感じる。

 




 死角から襲う棍棒が、キルロの左肩を掠めていく。

 左肩からイヤな音が響いた。

 いってえ。

 左肩を押さえて転がる。

 もげるかと思うほどの衝撃が左肩を襲った。

 左肩いっちまったな。

 寝ているヒマはねえ、急げ! 

 起き上がりすぐにフェインの元へ再び駆け出した。

 ウルスがキルロを狙う棍棒に鎚を振り下ろす。

 激しい粉砕音を上げ再びぶつかり合う。


「うおりゃあ! この馬鹿力が!」


 ウルスの作ってくれた隙、逃してはならない。


「フェイン! 下がれ!」


 キルロは駆けながら叫ぶ。

 左肩が振動の度に痛みを発する、フェインは体を引きずるようにずるずると巨人から離れていった。


「大丈夫か? ここに寝ろ」

「すいません。背中が痛くて無理です」


 背中もやっちまったか。

 大きな木の影にしゃがみ込むフェインの顔は苦痛に歪んでいる。

 蒼白の顔色、大量の汗。

 かなりヤバイ。

 キルロは立ち上がり、ハルヲを探した。


「ハルヲー! 治療を頼む!!」


 弓を構えるハルヲに叫んだ。

 一瞬、逡巡する素振りを見せたが、カズナは顎でキルロ達を指した。ハルヲはカズナに軽く頷き、すぐにバックパックを手に駆け出した。


 矢が止まった、鬱陶しく忌々しいうるさい矢が止まる。

 

『オ! オ! オ! オ!』


 巨人が思わず歓喜の声を上げていく。

 いくつもの矢が突き刺さる腕を下げ、勝どきにも似た声を上げていた。

 その姿にカズナの眉間にみるみる皺が寄っていく。

 舐めているのかと、鋭い視線を単眼に向けた。

 巨人は再びカズナを狙い、矢が突き刺さったままの腕で棍棒を振り下ろす。

 単調な振り下ろしにカズナは俊敏な動きで横へ跳ねた。

 さてどう攻める? そう思った瞬間だった。

 棍棒を握っていたはずの手が、拳を握りカズナに襲いかかる。

 振り下ろした棍棒は地面に捨てられていた。

 振り下ろしたのではなく、捨てた!? カズナの視線は棍棒に向けられ、握っていたはずの拳は視界の外。

 カズナが跳ねるのを待っていましたとばかりに視界の外から狙い打ち。

 最初から棍棒を当てるつもりは無かったのか?

 横に跳ねさせるための布石に使いやがった。

 気がついた時には拳が目の前にあった。

 腕を曲げ、足を上げ、些細な抵抗をすることしか出来ない。

 狙いすました拳がカズナを吹き飛ばす。

 衝撃を感じる間もなく意識は飛び、地面で二、三度跳ねると勢いのまま転がり沈黙する。

 口元からは地面に唾液まじりの血が流れ落ち、白目を剥いた目から力は全く感じない。

 単眼が満足気に転がるカズナを見下す。

 腕に突き刺さった矢を短ら引き抜くと、穴の開いた腕から血が噴き出した。

 その矢を逆手に握り締め、巨人が止めを刺すべく静かに歩み寄っていく。

 




 ハルヲが駆け付けるとしゃがみ込むフェインと左肩を押さえるキルロの姿があった。


「どうしたの?」

「フェインの両腕と背中がヤバイ。診てくれ」

「すいませんです」


 蒼白のフェインが申し訳なさそうに頭を下げた。

 ハルヲはしゃがみ込むフェインの様子を一瞥し、笑みを向けると直ぐに準備に入る。

 袖をめくると真っ赤に腫れあがっている両腕が見て取れた。

 尋常ではない腕の盛り上がり方に、骨が折れて皮膚を押しているのがひと目で分かる。


「キルロ、添え木に使う枝を4本拾ってきて。フェイン、うつ伏せに寝てみて」


 フェインは苦痛に顔を歪めながらゆっくりとうつ伏せになる。

 ハルヲが支え、なんとかうつ伏せになった。


「ちょっとゴメン」

「ぅぐっ⋯⋯」

「痛いよね、ゴメンね」


 ハルヲが背骨を押していく、何ケ所か変形してしまっている。

 圧迫で潰れた?


「ハルヲ」


 キルロから枝を手渡され治療の準備を進める。


「【麻酔トストィ】」


 ハルヲの緑光が麻酔を掛け、一気に骨接ぎを始めた。

 力を込め折れた腕を整復していく。

 治療の横でキルロが警戒をする。巨人の視界に入らないようにと祈り、視界を忙しなく動かしていく。

 木に隠れ、巨人の姿は見えないが地面を叩く音と咆哮だけが耳に届いた。

 ハルヲが体全体を使って、フェインの背骨を思い切り伸ばしていく。


「キルロ⋯⋯、ヒール⋯⋯」

「【癒復回光レフェクト・サナティオ・トゥルボ】」


 ハルヲが力を込める、詰まった背骨を伸ばし、その状態のままヒールが落ちるように踏ん張っている。

 麻酔が無かったら痛くて耐えられないだろう。

 キルロがフェインに極大の光球をかざしながら、ふたりの頑張りに報いたいと切に思った。

 頼む、落ちてくれ。

 極大の光球にフェインの背中が輝いた。顔にわずかだが生気が戻ってきた、ヒールの効果がじわじわと現れてきた。

 行け。

 やがて光球は全て吸い込まれ、フェインの目に力が戻った。

 ゆっくりと起き上がり、腕と背中を伸ばして具合を確かめる。


「ありがとうございますです。完璧です」

「いや、いつも言うが、いいとこ八割だからな、無茶するな」


「団長――!!」


 マッシュの悲痛とも言える叫びが届く。フェインの肩に手を置き、ハルヲと共に声の方へと駆け出した。

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