第140話 静かな抵抗

「あ! そうだ。フェイン、ユラと二人で各家を先回りしてオーカの兵士が来ること伝えてきて。いきなり現れたらびっくりするでしょう」

「それはそうですね。分かりましたです!」


 ハルヲがふたりに声を掛けた。

 ふたりは扉を勢い良く開け、駆けていく。

 騎馬隊の力を削いで、時間稼ぎも出来る。

 あいつはうまくやっているのかな。

 心配しても仕方ない。今、目の前の事に集中しよう。

 フェインがマッシュたちに追いつくのが見えた。

 待つだけってのも、なかなか辛いわね。

 マッシュ達を視線で追いながら、ハルヲは焦燥感にかられれていた。



「マッシュさん、ハルさんからユラと一緒に各家を先回りするように言われました」


 フェインはマッシュに追いつくと、直ぐに小声で伝えた。

 なるほど、すぐにマッシュが閃く。


「そうかそうか、そらぁそうだ。そうしたらフェインは西からユラは東から回って行ってくれ。こっちはユラやフェインの後を追う形で兵士たちを仕向けよう。それと住人たちに兵士が来たら何でもいいから食わせてやってくれと伝えてくれ、腹減らしたヤツらが来るのは分かっているだろうからな」


 フェインもユラも頷くとすぐに東西に展開していく。

 ここ意外と重要だよな。下手せずとも勝負どころのひとつだ。

 住人たちに託してしまう形になるのは不安もあるが、ここは信じるしかない。

 いや、自分たちが下手なことするより効果的か。

 

「フフ」


 ハルの聡明さに自然と笑いがこぼれた。

 相変わらず機転が利く、やるなあ。

 あとは団長か。

 カズナが戻って来たら向こうの様子が少しは分かるかな。

 さて、まずは目の前のコイツか。


「打ち合わせは終わったんで、後ろのヤツら借りるぞ」

「時間かかったな」


 待ちくたびれたとばかり小男は睨みを利かす。

 そんなことは気に掛けることもなく続ける。


「そらぁ、そうだろ。こんだけの人数だぞ、そんなパッパッと出来るわけがない。まだまだ時間はかかる、どっかで休んでいたらどうだい?」

「下手な動きされたらたまらないからな、ここからは動かないでおこう。オイ!」


 獣人たちに声掛けると机と椅子がすぐに準備された。

 まったく用意周到なことで。

 こっちもここに居てくれれば動きが読みやすい、いい方に考えることにしよう。


「用意いいな。ゆっくり休んでいてくれよ」


 フンと鼻を鳴らし横目で睨んできた。

 ご機嫌斜めだな。


「ヨルセン! そっちはどんな按配だ?」


 若い兵士と話しているヨルセンに声を掛けると、少し渋い表情を浮かべた。

 思ったより難航しているようだ。

 ヨルセンの表情から少しばかりの不安が透けて見える。


「こいつがなかなか信用してくれなくて……」


 痩せこけた若い男、随分とひどいな。

 目も窪み、手足の細さも目立つ。

 窪んだ目は濁り、見つめる先には何もないのか焦点が定まっていない。

 喜びも悲しみもない。

 笑いも涙もない。

 楽しみも苦しみも希望もない。

 絶望すらない。

 なにもない、なにも感じない、なにも感じたくない。


 ヨルセンですら、だいぶマシだったんだな。

 この若者を見ていると息がつまりそうになる。こんな人間の集まりなのか?

 一筋縄ではいかんな、マッシュは眉間に皺を寄せた。


「思っていた感じと違うな、こんな感じのヤツが多いのか?」

「数人」


 厳しい顔で手短に答えた、数人か。


「その数人を集めてくれ、他のヤツらはどうだ?」

「諸手を上げてってのは正直少ない、悩む人間が多い。突然のことで困惑しながらも、心のどこかですがりたいと思っている者がやはり多い」


 困惑はもっともだし、悩んでいるくらいなら大丈夫な気がする。

 昨日、元気良くご飯を差し入れてくれたおばちゃんたちを思い出す。彼女たちの強さに掛ける、大丈夫。


「何班かに分けて、住人たちの所へ向かって貰おう。出来れば各班にひとりは移住に乗る気のヤツがいるのが理想なんだが、いない場合は比較的前向きにとらえている人間を多めに班を編成。ヨルセンは各班のフォローに当たってくれ、出来るだけ多くの人間がリストにサインするように頑張ってくれ。オレはあそこのヤツみたいなリアクションの薄いヤツらを連れていく」

「分かりました」


 先ほどの若者を指差す。

 ヨルセンが編成を始めると早々にユラが戻ってきた。


「えらい、早いな。どうだった?」

「どうもこうも、そのまんま言っただけだ。『腹へったヤツらくるからなんか食わしてやってくれ』、『あいよ!』って感じだ」


 住人たちに問題はなしか。

 やっぱり、強いな。


「なあ、面倒見が良さそうな人いたか?」

「そうだな……。あ! 飯持ってきたおばちゃんいたぞ。また持っていてやるって言っていた」


 よし。

 覇気なく佇む五人。

 指示通りには動く、むしろ指示通りにしか動けない、かな?


「そういや、ヨルセン。あの小男名前なんていうんだ?」

「ハーベル・マグダウエル様ですか?」

「そんな名前なのか。とりあえず今は“様”なんてつけなくていいぞ」


 ハーベル。

 小人族ホビット

 マッシュの眼差しがハーベルの背中を睨んだ。



「おまえさんたち、着いてくるんだ。ユラ、案内してくれ」


 若者たちがズルズルと歩く、ユラを先頭にして覇気のなさが歩みにまで出ている。

 しばらくもしないで一軒の小さな平家に到着した。


「ユラは一度戻って、カズナが戻ってきたらリスト持ってきてくれ」

「おう」

「さて、オレたちはお宅訪問だ。行くぞ」


 扉をノックするとすぐに壮年のふっくらした女性が顔を出した。

 昨晩と同じ満面の笑顔で向かえてくれる。


「待ちくたびれるかと思ったわよ。さぁさぁ、ボサっとしてないで入って、入って」


 おばちゃんの手招きで中へと進み入る、ものも無く質素な作りの狭い部屋。五人は言われるがまま席についた。

 マッシュはその様子を一歩引き、部屋の入口から見守る。

 手際よく並べられる料理の数々、五人は焦点の合わない瞳で見つめるだけ。

 おばちゃんはそんな五人の様子を気にする事もなく、次々にパンやスープを準備していった。


「さあ、若いんだ。しっかり食べな!」


 料理を前にして、にこやかに両手を広げる。五人の若者たちは視線を上げておばちゃんを見つめるが、手をつけようとはしなかった。

 おばちゃんは気にする素振りも見せず慈愛のこもった笑みを五人に向ける。

 その瞳の端から涙がこぼれ落ちた。


「知っている、分かっているよ。でも、ここは大丈夫。腹いっぱいお食べ!」


 少しばかり声を震わせながら元気に声を掛けた。

 大丈夫。

 分かっているよ。

 おばちゃんは何度も繰り返す。

 こうなることは予想していたのか。

 マッシュは黙って見守るこしか出来ない。下手なことを言って、おばちゃんの思いを邪魔してはいけない気がした。

 視線をせわしなく動かし、落ち着きがなくなったひとりの若者がゆっくりとした動作でスプーンを握りスープをすくう。

 それを合図にみんなが堰を切ったように頬ばり始めた、その様子をおばちゃんは満足そうに見つめている。

 かなわんな。

 マッシュは素直に脱帽する。


「焦んなくていいよ。逃げたりしないんだから、ゆっくりお食べ。いくらでも出してやるよ!」


 元気な声が狭い部屋に響いた。

 あとでまた来るよと部屋をあとにする。


「ヨルセン! そっちはどうだ?」

「三分の一くらいでしょうか、そちらはどうですか?」

「どうだろうな、おばちゃんが良くしくれているけど、読めないな」


 戦力と考えれば三分の一がこっちになびくだけで戦況的にはひっくり返る。

 しかし、全員と言わないまでも住人の気持ちを考えるともう少しひっくり返って欲しい。


「あの……全員じゃなくても受け入れて貰えるのでしょうか?」

「うん? もちろん。なんか気になったか?」

「私たちがそちらに行くことでのメリットは戦力が減少するというだけなので、人数が少なかったらあまり意味がないのかと思って」


 確かに戦力を削る側面ってのは少なくはないが、一番はそこじゃない。


「戦力を削れるってのは二番目だ。一番はここの住人たちが、おまえさんたちが、こっちに来るのを望んでいる。だから人数は関係ない」


 肩をすくめヨルセンに告げると、表情に安堵が見えた。

 ただ、なかなか思うようには進まないものだな。


「おい!」


 突然の声掛けに驚きながら振り向く。

 青いマントをたなびかすハーベルが後ろに立っていた。


「おまえ、何をこそこそしているのだ?」


 鋭い目つきでこちらを睨む。

 タイミング悪いな、もう少しなのに。


「何って? 準備しているだけだぞ? 別にコソコソなんてしてないだろう」


 マッシュは大仰に両腕を広げて見せた。

 ハーベルは眉間に皺を寄せ、あきらかに不機嫌な表情を浮かべてさらに睨む。


「引っ越しの準備をしているようには全く見えないがね」


 マッシュは黙って肩をすくめ首を傾げ、にこやかに笑みをハーベルに向けた。

 ここで騎馬隊を戻されたら終わる。

 引き伸ばせ。

 少しでもいい。

 遠目でユラが駆けていくのが、見えた。

 ハーベルが片手を上げようと構えた。

 まずい。


「ハーベル・マグダウエル」

「?!」


 突然、名前を呼ばれてハーベルの動きが止まる。

 怪訝な表情は変わらない。


「ああ、隊長のヨルセンから聞いたんだよ。マグダウエル家ってのは、オーカの王家の名なのか?」

「だとしたら、なんだというのだ?」

「この間きた……ローハス! ヤツもマグダウエル家ってことなんだよな?」

「だからなんだ!?」


 マズイ、さすがに何も思いつかん。

 一瞬が長い、時間が止まって欲しい。


「王家の人間が欲しがるものが、こんなところにあるのか?」

「関係ない、オイ!」


 片手を上げると獣人たちが騎馬隊を呼び寄せ始めた。

 クソ。

 

「何をコソコソしていたかはあとでウチのヤツらから聞けばいい、デタラメな事ばかり口走りのらりくらりと。まあ、それも終わりだ」

「本当のことしか言ってないけどな」


 フンと鼻を鳴らし、踵を返すと背を向けて遠ざかって行く。

 スマン。

 苦い表情でそれを見つめることしか出来ない。

 騎馬隊の誰かが話した時点で、すべてが綻び始める。

 ここまで来て⋯⋯もう少しだったってのに⋯⋯。

 ハーベルが騎馬隊の一人を手招きする。

 チッ。

 ヨルセンじゃないのかよ。

 クソ、話さないって確率はあるのか? あいつはどっちだ? 移住組か? 残留組か?

 オレと一緒にいたやつじゃない、移住組の確立が高いのでは!?

 いや、淡い希望でしかないか。


「よお! 待たせたな」


 マッシュは背中越しに呼び掛けられ、振り返る。

 そこに満面の笑顔を見せる、キルロが現れた。

 長いタイトなジャケットに細いタイ、オールバックにしていた髪は少しだけ乱れている。

 マッシュも満面の笑みを返す。


「ハハハハ、待ちくたびれるかと思ったよ。しかし、イカした格好だな」

「ほっとけ」


 視線を交わしふたりは口端を上げ、短くコツっと拳をつき合わせた。

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