第141話 宣言
キルロはあえてゆっくりとした動作で、不敵な笑みを湛え一歩前に出た。
左手には布を巻きつけた長い棒を
その瞳は力強く前を見つめていく。
間に合った。
その姿がみんなの心に希望の火を灯す。
自然と笑みがこぼれる。
住人たちは窓の隙間から、建物の隙間から、これからどうなるのかと固唾をのんで見守っていた。
「王子様みたい……」
エレナが瞳をキラキラさせ、キルロの立ち姿を見つめている。
「えー?! どこが?! あ、バカ王子ってことか! あんなのが王子だったらお付きの人たちの苦労が耐えないわよ」
「でも、みなさん率先して動いていますよね」
屈託のないエレナの言葉と笑顔にハルヲは返す言葉が見つからず、フっと笑みをこぼすと照れ隠しなのかエレナの頭をぐしゃぐしゃとした。
あの様子ならうまくいったんだ。
良かった。ハルヲも安堵のため息をもらす。
反撃返しだ。
ハルヲの瞳に力が戻った。
「いやあ、やっぱり時間かかるなぁ。一筋縄ではいかなかったよ。あ! そこの不法侵入者、早くここから出ていくように。暴力的なのは好きじゃないんでね。ほら、ほら」
キルロはハーベルを軽くあしらって見せると、ハーベルの怒りが爆発する。
「不法侵入者? おまえは何を言っている? こちらはちゃんとヴィトリアから許可を頂いているんだ。ふざけるな!」
キルロは目を剥き驚いてみせる。そのおどけた姿にさらに怒りを膨張させる。
後ろに控える獣人にキルロを指差すと、武器を握る獣人たちがキルロへと歩み寄っていった。
「いいのか?」
静かにハーベルに言う。
携えていた長い棒を軽く振ると、左手から大きな旗がたなびいた。
真っ白なその旗の左上にはサーベルタイガーの顔と少しうねっている蛇が乱暴に描かれている。
唐突な出来事に獣人たちの勢いは削がれ、顔を見合わせ何事なのか戸惑いを見せていく。
ハルヲが、マッシュが、フェインが、ユラがその場に居合わせた全員が笑顔を爆発させた。
『本日! ヴィトリアより正式にここの自治が認められた! 領主キルロ・ヴィトーロインの名のもとに宣言する! 今ここに自治領アルバが樹立された!!』
キルロの叫びに住人たち、いや領民たちが一斉に歓声を上げた。
ハーベルは歓声の大きさと、唐突に置かれた状況が飲み込めず、オロオロと狼狽する。
「そ、それがなんだと言うのだ! オーカの人間を返して貰うことにはかわりはない、粛々と作業を続けろ!」
キルロはハーベルを睨みつける。この状況の意味がわかっていないようだ。
キルロは大きくため息をつき首を横に振っていく。
「何を言っているんだ? ここにオーカの人間はいない。いるなら証明してみせろよ。どうやって証明するんだ?」
キルロたちは聞いていた。オーカでは奴隷制を隠すためにヒューマンの登録がされていないことを。
この話をニウダから聞いた瞬間、ネスタと二人でガッツポーズをした。
これ以上にない朗報だった。
黙るハーベルに紙の束を見せる。
「これが自治区アルバの領民リストだ。ここに名を刻んでいる人間に、不利益を起こす不埒なマネは絶対に許さない。相手が誰であろうとだ」
強い意志がこもった言葉にハーベルは怯み、ぎりぎりと歯噛みした。逆転の一手を求め必死に逡巡する。何かに気がついたのか瞳に醜悪な色を浮かべ口角を上げた。
「証明出来ればいいのだな。では、ヤクロウだけでも返して頂こうか」
静かに語りかけてきた。
たしかに
ヤクロウが戻れば問題ないわけで、むしろ余計なものがついてこない分都合がいい。
勝ち誇ったかのように微笑むハーベルにキルロは憐れむような視線を送り返した。
「ヤウロウ? 呼んでいるぞー!」
ヤクロウを手招きする。
メディシナに隠れていたヤクロウがキルロの後ろに立った。
キルロは事前に聞いていた。ヤクロウは何もかも捨ててここに来ていることを。
知っていた。みんな守るという強い意志だけを持って、ここに来たことを。
「ウチの初代大統領、ヤクロウ・アキだ。オーカの人間ではない、自治領アルバの人間だ」
ヤクロウが口を開けてぼう然とする。
大統領??!!
どっから出てきたそんな話?!
後ろからキルロに囁く。
「おい! コラ! なんだ、それ。聞いてねえぞ」
「今、言った」
キルロはハーベルに対峙したまま囁き返した。
クソ、やり方が汚ねえな、断れる雰囲気じゃねえ。
キルロは前を向いたまま口角を上げる。
目の前のハーベルは醜い笑顔を見せる、勝ち誇った笑みだ。
まあ、今はいい、せいぜい笑っていろ。
「何を言っている、ヤクロウはオーカの人間だ。間違いない」
「ほう、それじゃあそれを証明して貰おうか。証明出来たらオーカの人間だったって認めよう。それが出来ない限りは、ヤクロウは自治領アルバ大統領。手出し無用だ」
証明など出来るはずがない。
登録証はすでに灰となり、この世界から消えている。
何もかも、全てを捨ててここに来たんだ。
存在していたという証明さえも、もちろん捨てて。
「証明出来ねえうちは返さねえ。ま、証明もなにも無理だけどな」
フンと鼻を鳴らし、ハーベルはきびすを返した。振り返りもせず、帰るぞと手招きする。
ついていくのは獣人と騎馬隊の人間が三人だけ。
その光景にわなわなと体を震わせ、キルロを睨む。キルロは領民のリストを高く掲げて見せるとハーベルは残りの騎馬隊が寝返ったことを知る。
歯噛みするハーベルにキルロは微笑み、告げた。
「そうそう、次に来るときはヴィトリアじゃなくてオレの許可を取ってくれ。今回は急なことなんで大目に見たが、次は不法侵入、場合によっては領土侵犯として容赦しないから。宜しく!」
ご機嫌に手を振って見せるとハーベルは悔しさを爆発させ、この場から立ち去っていった。
その姿を領民達が固唾を飲んで見守る。遠ざかるハーベル達の後ろ姿に歓喜の声を上げていく。
「「「おおおおおおーーー!!」」」
領民となった人々の感情が爆発する。
この世界に存在すら認められなかった人々が、たった今この世界に存在が認められた。
当たり前のことが当たり前にある幸せを噛みしめる。
あるものは笑い。
あるものは両手をつき上げる。
あるものは抱きあい。
あるものは大粒の涙を流す。
その影でスミテマアルバの五人は静かに拳を突き合わせ勝利を祝う。
領民たちの幸せそうな顔に全てが報われた。
キルロはタイを緩め、大きく息を吐き出し安堵した。
「疲れたぁーー」
天を仰ぎ見ながらキルロは言葉をこぼしていった。
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