第125話 猫に感謝ときどき不穏
まるで嵐に襲われたようです。
次から次へと押し寄せる患者さんをどんどんと捌いていかないとパンクしてしまいますよ。
「あれ? 点滴どこだっけ?」
「雲霞石は?」
「点滴のルートってどこ?」
従業員の方々が忙しく動き回ります。
キルロさんも診察室にこもって、ずっと患者さんにヒールをかけています。
私はキノと二人でヒール後の処理にあたり点滴を打ったり、薬の処方をしたりとハルヲンテイムでの仕事が役立っているのはいいのですが⋯⋯。
「嬢ちゃん、ありがとうね」
おばあちゃんがにっこり微笑んでくれました。
何人もの人が私なんかに感謝を告げてくれるのです。
忌み嫌われることしかなかった私は嬉しいけれど、どう反応すればいいのか正直分かりません。
硬直した笑みをなんとか返して、その場を凌いでいました。
キノは“おう”とキルロさんのマネをして返事を返していますが、私には無理な話。
どうすればいいのでしょう?
「昼だー! 疲れたー!」
キルロさんは待合いのソファーに仰向けになってしまいます。
「お疲れさまです。大変ですね」
「エレナもお疲れ。どうだった大丈夫か?」
「なんか忙しくて、ぐるぐるしています」
「ハハハ、そうか」
キルロさんそう言うと眠りにつきました。
そっとしておきましょう。
事務員さんはいないのでしょうか?
こう言ってはなんですが、ハルヲンテイムって優秀!
比べてはいけないのでしょうが、改めて感じてしまいました。
こちらはなんかいろいろとああすれば、こうすればが多すぎて、何から手をつければいいのか分からないですね。
午後も相変わらずでした。
バタバタと一日が過ぎます。
一階の待合いに人が溢れて、帰宅される方々が出口に向かうのもやっとです。
良く見ると診察が終わってからずっとそこでおしゃべりしている方もいます。
なんだかたった一日だけでこれだけ粗が目立つという事は、人が足りない以前の問題な気がしてなりません。
二日目、何も変わりません。
ガヤガヤとやかましく怒号が飛び交います。
顔色の悪い男の子が待合いで座れず、フラフラと苦しそうです。
話しかけて大丈夫かな?
良し!
拳をギュッと握りました。
「あ、あの気分が悪いのですか?」
こっちを見て黙って頷きました。
二階の病室で寝かしておでこに手を置き、熱を計っていきます。
高い!
急いで冷やさないと。
「先生や、こっちも痛くてかなわんのだ」
「じいさん、そっちは昨日治したよ」
嘆息しているキルロにエレナは意を決し声を掛ける。
「キルロさん、急患です。こちらに早く」
「じいさん、また今度だ」
キルロは立ち上がり、急いでエレナの後を追っていく。
早く、診て貰わないと。【ヴィトーロインメディシナ】での従業員の動きを思い出して、走らないように気を付けました。
「坊主、待たしたな。もう大丈夫だぞ」
良かった。
立ち去ろうとすると袖口を掴まれました。
「姉ちゃん、ありがとう」
何かが弾けました。
この感覚。初めてハルヲンテイムに行ったあの日と同じ、心の何かが弾ける感じ。
「良かったね」
男の子の手を取り笑顔を向けました。
良かった。
心の中でムクムクとやる気が沸いてきました。
夕方、みんな燃え尽きています。
待合いの長椅子にもたれ、疲れ果てた様子を見せていました。
ここで言わないと……。
みんなが帰る前に言わない……。
一言めが出てくれません。
「あ、あ、あの……」
出たけどみんなに気づいて貰えません。
パン!
ハルさんのマネです、手を鳴らしました。
みんなの視線が集中します。
口が渇いて喉がヒリヒリしています。
「い、今のままではダメです!」
従業員の方々の視線が痛い、ぽっと来た小娘のダメ出し。
でも……。男の子の言葉を思い出す。
やらないとダメ。
顔あげて、しっかり。
「何がダメだと思う?」
キルロさんが微笑みながら聞いてくれました。
「い、いろいろ有りすぎて、何から言っていいのか分かりませんが、何はともあれ全ての事柄を整理しましょう。それだけで相当な時間の短縮になります。薬剤や資材の置き場所を整理しましょう。患者さんのカルテを名前の順で並べておきましょう。それに併せて事務員の確保は急務です」
「ふむ」
一気にまくしたてました、ヤクロウさんが顎に手をやり唸っています。
「嬢ちゃん、他には」
「あ、はい。整理するときには導線についても考えながら整理した方がいいと思います。順番にまわれば一通り準備ができるとか、歩く方向がぶつからないように置き場所を考えるとさらに効率はあがります。それと診察が終わった方は待合いから出て頂く。寄り合いとなってしまっているので長居する方が多く、調子の悪い方がフラフラで立っていたりするのは良くないと思います。待合いとは別に終わった方が休めるスペースが近くにあるといいのですけど……」
キルロさんはなぜかニコニコと話を聞いています。
なぜでしょうか?
ヤクロウさんは難しい顔で何かを考えています。
何か気に障ること言ってしまったのでしょうか? ちょっと怖いです。
他の方々は何か呆気に取られたかのように私を見ています。
ご、ごめんなさい。
「よし! 猫娘! おまえ仕切ってやりたいようにやれ。おまえらちゃんと言うこと聞いて動けよ。それとニウダ、おまえの知り合いに仕事したいってやついたろう? 事務ならできるんじゃねえのか? 明日呼んでこい。現場の責任者はしばらくこのお嬢だ、分かったな!」
『へーい』
みんなが“お嬢、よろしく”と言って帰っていきました。
えええ! 大丈夫じゃないと思うのですけど。
しかもお嬢って。
ポンと肩に手を置かれ振り返るとキルロさんがいい笑顔を見せていました。
きっとこれ他人事だと思っていますね。なんか今ハルさんの気持ちが凄い分かった気がしました。
三日目は整理整頓から始まりました。
「お嬢! これどこ置く?」
「ルートですね。それは右の二番目に針があるのでその横に」
「お嬢、カルテ並べたけど前とかわんねえぞ」
「細い木の板に頭文字書いたのがあるのでそれを差し込んで置いて下さい」
三日目も違う意味で嵐のようです。
でも、みなさん文句も言わず黙々とこなしてくれます。
根はマジメなのですね。
「あの~、私はどうすればいいですか?」
「事務の方ですね。こちらで説明します。基本は受付とカルテ出しになります。長居している方が目についたら声を掛けて外に出て貰って下さい。それと調子悪そうな人がいたら、こちらに教えて下さい」
あ!
ハルさんやアウロさんはこれを当たり前のようにこなしているんだ。
やっぱり凄い。
「一息入れたら、開けるぞ! お嬢、仕切り頼むぞ」
ええー、ヤクロウさん! 簡単に言わないで。
整理整頓の効果は時間が経つにつれて出て来ました。
相変わらず嵐のようにぐるぐる動き回りましたが、怒号が飛び交うことはなく混乱は一気に減りました。
「今日もお疲れさん。お嬢! 良くやった。おまえ、やるなあ!」
ヤクロウさんが肩をバンバン叩きます。
痛いけど嬉しい。みんなも疲れた中手応えを感じてくれたみたいで、笑顔を向けてくれました。
良かった。
「エレナ、さすが。ハルヲに仕込まれたかいがあったな」
「まだまだですよ」
目標ははるか遠くです。
「薄汚いところだ」
顔をしかめて鼻をひとつ鳴らす。
青いマントを羽織り真っ白な宮廷服に身を包む小男が、お連れを引き連れ裏通りへと現れた。
表ならいざ知らず、裏通りには全くもって似つかわしくない。
その姿に住人達が遠巻きに覗いて、ザワついている。
高い位の男だとは分かるが、嫌らしさがそこはかとなく滲み出ていた。
不機嫌を隠さずに回りの人間を見下しながら歩いている。
「さて、あいつはどこにいる?」
鋭い目つきで辺りを伺う。
不穏な気配を平和な裏通り撒き散らす。
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