裏通りと薬剤師

第124話 治療院(メディシナ)

「ハルヲー!」


 久々の裏口からの声掛けに扉が開くと、出てきたのはハルヲではなくエレナだった。


「キルロさん! 今日はどうしたのですか?」

「よお! エレナ。ハルヲいるかな?」

「今、ちょっと手離せないと思いますよ、出直しますか?」

「戻るのめんどくさいから待たせて貰おうかな。あまりにも時間掛かるなら様子見て帰るよ」

「それでは、こちらへどうぞ」


 エレナが待合いへ案内してくれる。

 あらためて見るとここも結構でかいな。

 物珍しそうに辺りを見回しながら廊下を進む。


「忙しいんだな」

「最近、ハルさんの不在が多いですから指名の仕事がどうしても滞ってしまうのです。早く変わりに出来るようになりたいのですけど、なかなかハードルは高いです」

「エレナなら大丈夫だ。すぐだよ」


 キルロが親指を上げて見せると、エレナが笑顔を返す。

 もうすっかりハルヲンテイムの人間だ。


「ここで待っていて下さい。遅くなりそうならまた連絡に来ますね」

「宜しく頼むよ」


 一人になるとする事ないな。

 最近こっちも忙しかったもんな。

 まぁ、ごちゃごちゃと考える余裕がなかったのは良かったかな。きっとヒマだと、またいらないことを考えちまうし。

 ハルヲもそうなのかも⋯⋯。バタバタと過ごすほうが、余計な事を考えずに済むからいいのかもしれない。

 背もたれに体を預け、宙を仰ぐ。あの時の事が頭を過る。

 余計な事を考えちまう、ダメだな。

 目を閉じる。考えを巡らす前に、疲れていた体は眠りに落ちていた。



「……おい……おい!!」

 

 ガタっと椅子の音を鳴らし、目を開けた。

 寝ていた。そして冷ややかに見つめる青い瞳。


「ぁ、どうも」

「人がクソ忙しい中来てみれば、高いびきで寝ているとはね。ああ~びっくりだわ」

「ホントにね、びっくりだね……ハハハハ」


 キルロの頬が引きつりながら空笑いを浮かべた。

 ハルヲは頬を引きつりながら俯いて怒りを浮かべる。

 

「いやあ、なんだか大盛況のご様子で何よりですな……」

「チッ!」


 舌打ちで返事したよ、こえーよ。


「で、なんだ今日は?!」

「いやあ、その………」

「チッ! 早くしろ」

「あ、はい! 裏通りの治療院メディシナの人員が不足して上手く回せないとマナルからSOSが入りまして、副理事長として何か御教授して頂けないものかと……」

「副理事長としてってあんたね! って言っても困っているのはマナルか」

「そうそう」


 ハルヲが腕を組み逡巡する。眉間に皺を寄せ何か答えを探している。

 キルロも腕を組み眉間に皺を寄せた。特に何も考えてはいない。


「余っている人なんていないわ。マナルには申し訳ないけど」

「だよな。とりあえず、今はオレ手空いてるんで、ちょっと行ってくるよ」

 

 ハルヲが何か思いついた。

 キルロに向かってニヤリと口角を上げる。


「短期間でいいなら一緒にエレナを連れて行ってよ」

「連れて行くのは構わないが、こっちは大丈夫か?」

「短期間なら問題ないわ。あの子、まだ人間不信が抜け切れていないのよ。いろいろな人と密に接する機会なんて、こっちにいたらないからね。アンタもいるし、いい機会じゃない? ミドラスから出た事もないらしいしね」

「そういう事なら断る理由はないな。エレナが行くって言ったらオレは構わないよ」

「決まりね。話しをして準備が出来たら連絡するわ」

「わかった。宜しく」


 根本的な解決にはならないけど、取り急ぎ繋ぎって事で対応しておくか。

 喧騒の中をトツトツと歩き家路についた。




 

「わあ!」

「おお!」


 エレナが馬車から見える風景にいちいち感嘆の声を上げていた。

 生まれて初めてミドラスの外に出た。見るもの、いちいち初めてで感動するのも仕方ない。

 街を繋ぐ街道、すれ違う馬車群、木々の木漏れ日。

 全てが新鮮で初めてのものだった。狭い世界で生きてきたエレナにとって、どれをとっても刺激的な体験となる。

 出発前はだいぶ表情が固かったが、今はだいぶ和らいだな。

 馬車はカタコトとキルロ、キノ、エレナの三人を揺らし街道を進んで行った。


「見えてきたな、あれがヴィトリアだ」

「私、大丈夫でしょうか?」

「大丈夫だ、何かあればオレもキノもいる、心配するな」


 エレナに笑顔を向けたが、強張った表情はなかなか取れずにいた。


「お、おおきい!」


 ヴィトーロインメディシナ(治療院)に到着するとエレナは言葉を失う。

 口を半開きで建物を見つめている。


「ハハハハ、そっちは治療院だ、ウチは裏手だよ」

「はぁ⋯⋯」


 これが家?!

 エレナは相変わらず絶句し、固まっていた。

 裏手に回れば門か繋がるいつもの広い庭を通り抜けて行く。

 

「おかえりなさいませ。理事長」

「ヴァージ、わざとか。こっちが話したエレナだ。こっちはヴァージ、家のことから何から何まで世話になっているウチの筆頭執事だ」

「初めまして! エレナ・イルヴァンと申します。よ、よろしくお願いします」

「初めましてエレナお嬢様。執事のヴァージと申します。ご不便がありましたらいつでもお呼び下さい」


 ヴァージが胸に手をあて一礼し去っていった。


「お、お嬢さまって言われた!」


 キノに向かってエレナは頬を紅潮させながら興奮して見せた。

 

「実際動くのは明日からだ。観光って言っても、ここはそんなのないしな。エレナどっか行ってみたいところあるか?」

「あ、だったら治療院を見学したいのですが、いいですか?」

「ウチか?!」

「はい!」


 エレナが興奮ぎみに頷く、キルロの手招きで治療院の方へと向かった。

 大勢の人が働いている。それだけでも新鮮だがせわしない感じがしない。

 キビキビと動いているが、走り回ったりしている人がいないのが不思議に映った。


「走り回っている人は、いないのですね」

「よっぽどじゃないと走らないかな。バタバタしていると入院している人が不安になる。治療院では走らないのが基本だな」

「なるほど」


 清潔感あふれる建物。

 整然と振る舞う従業員。

 どれをとっても一流なんだ。

 エレナの口からため息が漏れる。

 凄い。


「オレはハルヲンテイムとか、ミドラスとかの雰囲気の方が好きだけどな」

 

 エレナと一緒に眺めていたキルロがポツリと言葉を漏らす。

 ちょっと意外な気がした。みんなここみたいに、整然とした雰囲気の方が好きだと勝手に思っていた。

 

「私もです」


 エレナがキルロの方を向いた。


「私もハルヲンテイムの方が好きです。でも、とても勉強になります」

「そっか、良かった」


 キルロはエレナの肩に手を置いた。

 


 夕食はキルロさんの家族と豪華で見たことのない料理を頂きました。

 そこでもいろいろな話をきけたのですがまたの機会に。

 キノと一緒にフカフカの布団に寝転がると、まるでお姫様にでもなった気分です。

 

初めてのことばかりで疲れていたのか、エレナはすぐに眠りについた。



 一区画奥に進むと、喧噪が訪れる。

 活気ある街へと変貌する姿にエレナは呆気にとられた。


「ここは随分と雰囲気変わりますね」

「だろう。今回の仕事場はこっちだ」


 エレナはキョロキョロと見回しながら、キルロのあとをついていった。

 ちゃんと出来るかな。

 不安が顔をだして心音が上がります。

 喧騒をかき分け奥へと進むと三階建ての、こじんまりとした建物が見えてきました。

 

 【キルロメディシナ(治療院)】



 えええ!? キルロさんの名前がついている!


「院名が……」

「そうなんだよ! 止めて欲しいんだけどさ」

「そうなのですか? いいじゃないですか」

「ええー、やだよ。恥ずかしい。ハルヲメディシナにしてくれって言ったのに却下された」

「それはそうですよ!」


 三階建てのしっかりとした作り。

 出来たばかりなのでしょう、新築の匂いがしました。

 待合いに人が溢れ返り、笑い声に交じって怒号や罵声が飛び交っています。

 活気が凄いけど治療院メディシナとしてはどうなのでしょう?


「ヤクロウ! 来たぞ」

「小僧、おせえぞ」

「助っ人で来たんだから文句いうな。こっちが今回一緒に手伝ってくれるエレナだ。このおっさんがヤクロウだ」

「おっさんってなんだよ、助っ人か。頼むぞ、猫娘!」

 

 猫娘って?!


「は、はい。エレナ・イルヴァンと申します宜しくお願いします」

「かてえな、大丈夫か?」

「優秀なの連れてきたんだ、ありがたく思え。エレナもこのおっさん口は悪いが性根はそこまで悪くないから、適当にあしらっとけばいいぞ」

「適当ってなんだ! ん? まあ、適当でいいか」

「は………はぃ」


 大丈夫かな。

 始まる前から不安が募ります。 

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