第116話 二本足の牛

 今、私たちに出来るのはドレイクが近づかないように精浄する事。

 倒す事は考えるな。

 悔しいと悲しいを心の中にギュッと圧縮して、淡々と作業を進める。

 湿り気を帯びた土に三人と白き虎が足跡をつけていく。

 あいつは大丈夫……かな。

 眠っている姿を見つめ、何とかしてやりたいと思うが、かける言葉が見つからず思いが空回りしていった。そんな自分が情けなく、不甲斐なかった。

 あいつには散々助けられたのに、大事な時に何も出来ないなんて。

 ハルヲは俯き作業に従事する。

 

「よし。次に行こう」


 マッシュの言葉に顔を上げると、フェインが肩に手を置いてきた。


「行きましょう、次です」


 フェインの穏やかな口調が体を包み込む。

 ハルヲもフェインの腰に手をあて共に歩き始めた。

 きっと大丈夫。

 そう思おう。





 パンパン。


 ヤクラスが動かなくなったベヒーモスの表皮を叩いた。

 魔法を吸収する皮。

 死んだあとも吸収するのかな?


「ララン、もう少し痛くならないように出来んのかあ!」

「治ってないのに大暴れしといて、何言ってんのよ!」

 

 ミルバがヒーラーに怒られている。

 そりゃあそうだ、盛大に怒られておけ。

 座り込んでいる魔術師マジシャンの二人、ブラウとフィラは燃え尽きていた。

 

「お前ら大丈夫か?」

「大丈夫じゃないわよ! 何が悲しくて穴掘りで魔力使い切らなきゃいけないのよ!」

 

 声をかけたヤクラスに当たりまくる。確かにミルバの指示とはいえ、魔法ぶっ放して穴掘るハメになるとは思わねえよな。

 わかる。その理不尽に耐え忍ぶ感じ。

 魔法で落とし穴作るって言われた時はどうしようかと思ったが、結局いつもなんとかしちまうから文句言えないんだよな。

 

「ヤクラス、このまま精浄するの?」

「うん? そうなのかな? ミルバはなんて?」

「ああ……、あっちでラランとまだじゃれているわ」


 ミアンの言葉に盛大な溜め息をつく。

 ラランと口論しているミルバの元へ向かう。


「おい! ミルバどうするんだ?」


 ヤクラスの言葉にラランに文句を言っていたミルバが振り返る。


「おい、ヤクラスからも言ってくれ! ちょっと言う事聞かなかっただけで、ヒールを拒むんだぞ! ありえん!」

「だから、拒んでないって。ヒールだとそれが限界なの! 言うこと聞かず暴れたのが悪いんでしょう!」


 ミルバとラランのやりとりに額に手をおき嘆息する。


「ミルバ、あんたが悪い。んな事はいいんだ。精浄を進めるのか? どうすんだ?」

「なに! ヤクラス! お前裏切るのか!」


 ラランはフフンと鼻を鳴らし、得意顔でミルバに冷たい視線を送った。


「だから! どうすんだよ! 精浄していいのか!?」

「ああ、そうだったな。精浄はまだいいだろう。傷を負った者は一度レグレクィエス(王の休養)に戻って回復に専念。動けるヤツは西行くぞ、ミノタウロスとドレイクが残っているからな。⋯⋯ドレイクは特にマズイ」


 そう言うとミルバの目に鋭さが戻った。


「わかったよ。動けるヤツを選抜しよう」


 魔術師マジシャン弓師ボウマンたちは無理だな。

 オレとミアン、ジッカってところか。


「そんじゃミルバ、行ってくるよ」


 荷物の準備をした三人が出発を告げる。


「よし、行こう。ララン。お前も動けるだろう? 行くぞ」

 

 ミルバが腹を抑えながら立ち上がる。

 ヤクラスたちが呆気に取られると、ミルバは怪訝な表情を見せた。


「ほれ、行くぞ。何している」

「何しているじゃねえ! 怪我人は戻れ!」

「戻らん!」


 鼻息荒く言い切るミルバに、ヤクラス、ミアン、ジッカが揃って頭を抱える。

 口論している時間もないし、こうなったミルバがひかない事はメンバー内では周知の事実。

 

「ほれ、行くぞ。いてててて」

「もう!」


 ラランに怒られながらミルバの小さなパーティーは西を目指した。





 しもうた!

 

 ミノタウロス亜種エリートの角が、弓師ボウマンたちに狙いを定めると筋肉質の太い二本足をバネにして一気に距離を詰めた。

 弓師ボウマン弩砲バリスタを横に蹴り飛ばし、自らも横へと跳ねて鋭く尖る角から逃れようと試みる。

 巨大な角は弩砲バリスタを蹴り捨て、弓師ボウマンの肩の肉をいとも簡単に抉り取って行く。

 ふん!

 二本足が弓師ボウマンをかちあげる姿をみると、すかさずリグは戦斧を膝の裏へと振りかざすしたものの手応えが軽い。

 リグの渾身の一撃すら大きなダメージとはなりえなかった。

 硬いのう、どうしたもんか。

 二本足はすぐに戦斧を振り回す鉱夫ドワーフを睨み、拳を叩きつけた。

 横に跳ねこれを回避したが、耳元を風切り音がすり抜け背筋からイヤな汗が流れ落ちる。

 二本足は足元でチョロチョロと動く鉱夫ドワーフが鬱陶しいのであろう、鼻を引きつかせ汚い歯を剥き出しにして睨む。

 ヒーラーがリグの動きを見てすぐに弓師ボウマンの元へ駆け寄り、治療を始める。

 もう一丁か!

 睨みに臆することなく間髪入れずに同じ所へ斧を振りかざす。

 まるで大木に斧を振っているみてえだ。手応えは薄いが、少しずつ削れている感触はある。

 ただ、このまま少しずつ削った所で、こっちが先にまいっちまうぞ。

 動けるメンバーがリグの動きをマネて背後に回っては刃を向ける。

 こすれた皮膚が削れ、血が滲みだすがやはり大きなダメージとはならない。

 そして少しでも気を抜けば、振り上げる岩のような拳の餌食となる。

 疲れが焦りを、焦りがミスを生んでいきパーティーを疲弊させていく。


「ぐぁっ!」


 リグの横から呻く声が聞こえる。

 拳食らっちまったか。


「下げろ! じいさんのとこまで引け!」

「リグ! じいさんの魔力がそろそろヤバイ!」


 ぬう、さすがにこうも治療が続くと厳しいか。

 一歩引いて戦況の整理をする。

 満足に動くのは数人ってとこか。

 弓師ボウマンと盾役は厳しいな。

 弓師ボウマンがダメだと弩砲バリスタ使えんのか………?


「コクー! 弩砲バリスタは生きているか?」


 二本足と対峙していた犬人シアンスロープがリグの声に弩砲バリスタへと駆け出した。

 飛ばされた弩砲バリスタを素早くチェックすると手で大きな丸を出す。


「弓は大丈夫だ! ただ、車輪がうまく動かねえ!」


 コクーの叫びにリグはすぐさま弩砲バリスタへと駆け寄り、素早い手つきでセッティングをする。


「コクー、お前これ撃てるか?」

「撃てるけど、撃ち方知っているってだけだぜ」

「充分じゃ、オラァアアァァァァァァー!」


 リグは返事もそこそこに吠えると、動かせないはずの弩砲バリスタの車輪がゆっくりと回り始め二本足へと向かって行く。ゴロゴロと転がる車輪の速さが上がると、リグの雄叫びも上がっていく。


「コクー、合図したらぶちかませ!」

「へ?! マジか?!」


 二本足の角が弩砲バリスタへ向く。

 獲物を見つけ歓喜するかのように吠え、極太の角が勢いを増しながら迫ってきた。

 リグは弩砲バリスタを押すのを止め立ち上がり大きく息を吐く。

 地響きを伴う足音がさらに大きくなっていく。


「リグ! まだか!?」

「まだじゃ!」


 大き過ぎる体躯が眼前へとぐんぐん迫る。


「うおりゃああああああ!!」


 目を剥くリグが、背負っていた戦斧を二本足に向けて投げつけた。

 グルグルとブーメランのように斧がスピンしながら二本足を捉える。

 二本足は唸りを上げて飛んでくる斧を一瞥すると、大きな角でかちあげた。

 弾かれた斧は回転しながら所在なく地面へと落ちていく。

 勝ち誇ったように口角を上げ蔑む視線をリグに送る。


「今じゃあっっっ!!!」


 ドゥンッ

 

 低く太い弦の音を伴い極太の矢が放たれた。

 至近距離からの砲撃に頭を下げる時間も避ける時間も与えない。

 胸の真ん中へと杭はしっかり打ち込まれ、背中まで突き通った。

 突進は止まり、巨大な体躯は力無く後方へとよろめく。

 崩れるように膝から地面へと落ちると、土煙を巻き上げ仰向けに倒れていった。

 ミノタウロス亜種エリートが、大きな体躯を地面へと投げ出す。

 口元からはだらしなく舌を出し、目から生気が失われたのが確認出来た。


「いやあ~、ヒヤヒヤしたな」


 コクーが笑いながら言うとリグは苦笑して大きく息を吐き出し、緊張を解いていった。

 

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