第115話 牛
静かなもんだ。
リグのパーティーは順調に精浄を進めていた。
手慣れた手つきで、森を進んで行く。
いつもと変わらない。
いや、いつもより静かなのが不気味かもしれん。
垂れ下がる長い髭を撫でながら。作業の様子を見守っていた。
「牛って言っていたけど、ドレイクに当たったら竜じゃん」
「三分の二は牛なんだ、二本足の牛か、四本足の牛に当たる確率が高いだろうが?」
「ドレイクはスミテマアルバが当たったんじゃ。二本足か、四本足の牛どっちかじゃ」
どうでもいいことを話し続けているヒューマンと
二人とも筋肉質のがっちりと体躯をしておりヒューマンの男は大盾を持っている事からも、
緊張感のねえヤツらだな。
「スミテマアルバは女の子多くてさ、こう華やかだよな。それに比べてよう、ウチときたらむさ、苦しいったらありゃしない」
「あ、それ分かる。なあリグよ、ウチも女の子入れようぜ」
「お前らがいたら来るわけなかろう」
『あんたに言われたくないよ!!』
二人揃ってリグにつっこみを入れた。
呑気なヤツらめ。
「ほれ、次いくぞ」
「ほ~い」
リグがメンバーを急かすとやる気のない返事が返ってくる。
返事とは裏腹に慣れた手つきで素早く作業は進んでいた。
他のところはしっかりやっているのかのう。リグは西と東の方角を交互に見やる。
?!
空気が変わった?
パーティーの口数もなくなり真剣な面持ちで辺りを見回していく。
なんかいる⋯⋯。
「おい!」
こんな所で何をしているんじゃ? しかも女?
「ありゃあ、なんじゃ? 助けた方がええんか?」
「女だしなぁ、助けてやりてえが⋯⋯なんかヤバくないか?」
「まあ、ゆっくり近づこう」
近づけば近づくほど、イヤな感じはぬぐえ切れない。
フラフラと所在なく歩く女の姿は、不気味にしか感じなかった。
!!
『『『ブァモオオオォォヴォォオオー』』』
女の後ろから雄叫びが轟く。
パーティーが一斉に構え臨戦態勢を取る。
「コクー! 見て来い!」
コクーと呼ばれた
真っ直ぐ行かず横に一度逸れ、確認出来るところまで一気に近づくとすぐに戻ってきた。
「女はダメだ、頭いっちまってる。ただもう、女の後ろに二本足の牛いるぞ。ありゃあデカ過ぎだ」
コクーが見てきたものをまくし立てた。
パーティー全体に緊張が走る。
「
リグの指示に呼応し、
フラフラと近づいてくる女の後ろに大きな影が見えた。瞬間、一瞬で女の背後を取ると両手で女をふたつに割った。
パンでもちぎるかのようにいとも簡単に割ると臓物と血が滴り落ちていく。
握りしめた上半身と下半身を交互に食べ始めると口のまわりが醜く赤く染まっていった。
頭から生える二本の巨大な角。
筋肉質な漆黒の体がミノタウロスであることを知らしめる。
そして大きすぎる体躯に一同は言葉を失う。
5Miはあるだろうか、見下ろすように次の獲物を探している。
その大きな体躯が
パーティーを捉えた瞳がまるで歓喜するかのように細めると、低い態勢を取り極太の角を向けてくる。
「来るぞ! 盾来い!」
大盾を持つリグを含む三名程が盾を持って構える。すぐ目の前には、巨大な角が迫っていた。
ガッシャッ!!
盾と角がぶつかり合い、激しい衝突音が鳴り響く。
肩口で盾を押さえ、押し負けぬように体全体に力を込める。
二本足の勢いは削がれ、なんとか突進は止まった。
ただ、リグと共に盾を構えていた二人は後ろへと吹き飛ばされ、リグがたった一人で押さえ込み、ギリギリの所で踏み止まっている。
「ナワサ、ガラ大丈夫か!」
リグは吹き飛んだヒューマンとドワーフに声を掛けると、すぐに起き上がりリグと共に抑えに加わった。
「くそ、久々に吹っ飛ばされた」
ナワサと呼ばれたヒューマンが憎まれ口を叩く。
二本足の牛と前衛三人の根競べだ。
極大の牛角と三人の大盾が、激しくぶつかり合う。
動きの止まった牛を見逃さない。コクー達はすぐに斬りかかった。
「硬えっ! この肉堅すぎて食えたもんじゃねえぞ」
通らない刃に苦労するが、必死に何度となく刃を向ける。
二本足の牛は鬱陶しいとばかりに頭を上げ、両手で刃を振り払う。
岩のような拳を振り回されると、岩のような拳がパーティーの顔や腹を潰しにかかった。何人ものメンバーが餌食になると、見るも無残な姿で呻き、痛みを堪え地面へ転がって行く。
「一度下がれー! じいさんヒールじゃ!」
無残に転がるメンバーへ、リグが吠える。
各々が痛む体に手をやり、じいさんと呼ばれたヒーラーの元へと必死に下がった。
「じいさん頼む」
「普通はヒーラーって言ったら可憐なお姉ちゃんなんだけどな」
「やかましい! 黙って、寝転んでろ」
白髪髭面の小柄なヒーラーがグチグチ言いながらも、素早くヒールをかけていく。
前線では盾役がミノタウルス
前に進まないことに苛立ち何度となく吼え、耳をつんざく咆哮が何度となく耳元に響いた。
『グゥゥゥゥゥ⋯⋯』
ミノタウルス
牛角と盾が激しくぶつかり合い、今までとは違う、桁違いに激しい衝突音が鳴り響く。
しまった!?
繰り返す重い突進に満足な態勢が崩れると、三人の
クソ。
マズイ。
悪態をつく間もなく牛は再び突進の気配を見せる。
リグは急いで立ち上がり、辺りを見ると盾役の二人は転がったまま。うち一人は腹を押さえ呻きをあげていた。
「どけ!」
狙いすました一撃がミノタウルス
危機を察した二本足の牛は巨大な矢に向けて頭を向けると、巨大な角で向かってくる矢をかちあげた。
目標を失った矢がクルクルと天高く舞い上がり、ドスっと鈍い音と共に地面へ突き刺さる。
ミノタウルス
「エッラ! ジュウサ! 引けー!」
リグは
ミノタウルス
あらゆるものを破壊してきた鋭く大きな角が、勢いをもったまま絶望的な早さで迫ってきていた。
四本足の牛は鼻息を強め、さらに餌を求めている。
早くしてくれ!
ヤクラスの心に焦燥感と、もどかしさが積み重なる。
「ヤクラス!」
ヤクラスはジッカを睨みひとつ頷く。
「六時の方向180Miだ!」
ジッカの叫びを背中越しに聞いた。
腹の破れたミルバはまだ治療中。
マズイな。
「
ヤクラスの叫びに呼応し左右に展開する
動きは大きく変えずに少しずつ、少しずつ、ゆっくりと誘導して行った。
放たれる矢の雨が顔を中心に注ぎ続け、顔を真っ赤に染め上げる。
業を煮やしたかのようにベヒーモスは突然動きを止め、矢を正面から受け止めると
しまった!
残りはどのくらいだ?
ヤクラスの一瞬の逡巡に、
クソ! ミスった。
自戒の念と共に槍を手にすると、ベヒーモスに突っ込んでいく。
血走る牛の目がヤクラスを見下ろす。
なめんな。
牛を睨み返し、手にした槍を血塗れの顔へと力の限り投げる。
槍は線を描くように真っ直ぐに牛の顔を捉えた。
槍の行き先を確認する間もなく、投げた瞬間に背を向け走り始める。
『ブゥォォォォオオオオオオオオオ』
放たれた槍は左目に深々と突き刺さり、血走った目は槍の剣先から血の涙を流し怒りの咆哮を上げた。
後ろを振り返らずにヤクラスは走る。振り返らずとも分かる、地響きが足から伝わってきていた。確実に後ろから差を詰めてきているのがありありと分かる。
見えた。あれか⋯⋯。
激しく手招きするミアンの姿を視界に捉えた。
ヤバいのか? そんなに詰まっているのか?
振り返るな。
考えるな。
足を動かせ、あとほんの数Miだ。
「ヤクラスーー!!」
ミアンの叫びに横に飛ぶ。
弓を構えたミアンが飛び出し、ベヒーモスと対峙する。
迫りくる牛へ矢を放つと、ベヒーモスの狙いが真正面で対峙するミアンへと移った。
その様子を見て、ヤクラスは膝をつき荒くなった息を整える。
牛は猛然とミアンめがけ突進する。ミアンはその場から動くことなく矢を放ち続け、ベヒーモスを睨む。
ミアンの鼓動は高鳴り、震えそうになる手を必死に押さえた。
ベヒーモスは顔から血を流し、四本の足は地響きを上げ続ける。
巨躯での疾走。その巨大な姿は目を見張る速さで眼前へと迫ってくる。
突然、激しい衝突音が鳴り響くと土煙が舞い上がった。
突進していたはずのベヒーモスの顔が地面にへばりつき、ミアンの眼前で間抜けな姿を晒している。
「よし! 行けー!」
ミアンの号令がこだまする。
ベヒーモスの前足がまるで埋まるかのように地面へとはまっていた。
この状況を打破しようとベヒーモスが体全体を使い激しく悶える。
パーティーはこの機を逃すものかと一斉に襲いかかり、顔へ、横っ腹へ、背中へと次々に刃を向けベヒーモスの体は血で塗られ、逃れようとさらに激しく悶えた。
「どけっーーーーーー!!」
頭上から叫びが聞こえ顔を上げると、治療中だったはずのミルバが大剣を逆手にベヒーモスの背中へ飛び込んで行く。
ミルバの体重が乗った大剣が、勢いのまま半分ほどベヒーモスの背中へと飲み込まれた。
「こんのぉおおおおおーー!」
ミルバはさらに吠え、全身の力を剣へと伝える。牛の背中は血を噴き、さらに剣は飲み込まれていく。
「あああああああ!!」
ミルバは目を剥き、渾身の力を最後の一押しに込める。
根元まで剣が飲み込まれ、血走っていた牛の目が白く濁り始めた。
穴にはまったベヒーモスは最後の咆哮を轟かし、そのままの姿で横たわり土煙を盛大に上げながら沈黙する。
「いたたたたたたっ! ララン!」
「ほら、だから言わんこっちゃない。まだ、ダメだって言ったのに! もう!」
ミルバの横腹からまた血が滲み出し、腹を押さえ、のたうち回る。ヒーラーのラランは怒りを露わにし、不貞腐れながらヒールを落していった。
その姿にヤクラスは、頭を掻いて嘆息し、うな垂れる。
「ユラ行くぞ」
「おう」
キルロとユラが拳を軽く突き合わせる。
「ちょっと待ってくれ」
ユラは立てかけた大盾を手にすると、二人とキノがテントをあとにした。
みんなのあとを追う。
急ごう。
三人はパーティーのあとを追い森へ消えて行った。
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