第114話 雑音
「はあ!? ウチの大将本気で言っているのか?」
「本気も本気、大まじめよ」
ミアンからの伝令にヤクラスは頭を抱える。
ジョークじゃないよな。
「ジッカ! ミアンについて行ってくれ」
「ハイハイ。まったく、つき合わされる身にもなれよな」
ミアンとジッカが素早く現場を離れ、動き始める。
ヤクラスはやれやれとこの緊迫する最中、盛大な溜め息をついた。
「本当にやるのかよ……」
ヤクラスは大きな独り言をこぼすと、また前線へと駆けて行った。
「もうひと息だ! 立て直せ!」
前線で矢を放ち続ける
放ち続ける
行くか。
ミルバは腰に携えるには大き過ぎる大剣を握り締めると、ベヒーモスへと駆け出す。
新たな餌が現れたとベヒーモスはミルバを血走る目で見下ろした。
なめおって。
両手で握り締めた大剣をベヒーモスと向けた刹那、地響きを伴いミルバの目前に牙が迫っていた。
わかってはいたが速い!
大剣で牙を防ごうと構えたがベヒーモスの勢いに、ミルバは反射的に体を半身にして受け流す。
かすっただけだというのに大剣が吹き飛ばされそうだ。大剣をキツく握り直し、その勢いに抗すが、体ごと吹き飛ばされる。吹き飛んだミルバは、半身のまま後ろに転がり凶大な力をいなして行った。
「ミルバ! すぐ来るぞ!」
ヤクラスの叫びがミルバの耳に届く。
ミルバは急いで体を起こすと視線を動かす間もなく、地響きを轟かす突進はすでにミルバの眼前へと迫っていた。
!!
反射的に剣を出す。
辛うじて牙に大剣の峰を当て直撃をまぬがれた。
両足に力を込め踏ん張るも、ミルバの巨漢を持ってしても簡単に吹き飛ばされてしまう。
地面に激しく背中を叩きつけられ、呼吸が一瞬止まる。
すぐに起きあがろうと地面に手をつくと、ヤクラスの指示で
クソ! せめて一太刀。
ベヒーモス視線が
届く!
前足が目前に迫り勢いのまま飛び込む。
大剣を横に振りかぶり右の前足へと力の限り振り抜く。
ベヒーモスの目がミルバを見下す、その瞬間ミルバは目を見開いた。
誘われた?
狙ったはずの前足がミルバを狙い振り下ろされる。
傷だらけのドワーフが前足へと飛び込み、ミルバの体を後ろへと投げた。
しかし、ベヒーモスの蹄が一瞬早くミルバの脇腹を抉り、小さくない裂け目を脇腹に作った。
「ララン!」
ヤクラスが、ヒーラーへ叫びながら駆け寄る。
ドワーフと共にミルバは引きずり、前線から離脱を試みた。
ミルバは血だらけの脇腹を押さえ口から血を垂らす。
「すまん……しくじった⋯⋯⋯」
「しゃべるな!」
ヤクラスはミルバを咎めつつドワーフと共にミルバを引きずり必死に下がる。
じわじわと満身創痍になるパーティーに焦燥感ばかりが増していく。
ヤクラスは舌打ちをして辺りを見渡す。
ミアン、ジッカまだか。
ヤクラスは心の中で何度となく呟く。
足元では血塗れのミルバが横たわりヒールを受けていた。
テント?
キルロはゆっくりと目を覚ました。
あ、夢でも見ていたのか。
なんだか、まだフワフワする。
「キルロ起きた?」
寝ていると突然キノの顔が現れ、頭を起こすと向かいの布団ではユラが眠っている。
穏やかに眠るユラの寝顔にぬぐい切れていない血の跡がいく筋もの乾いた絵具のようになっていた。
動悸が激しくなり胸を押さえる。
頭の中に幾つものノイズが混じり思考がうまく働かない。
落ち着かなきゃ。
他の面子はどこだ?
フラフラと立ち上がりテントの外へ出た。
世話しなく動きまわる人達を見渡す。
動かなきゃ。
ドレイク……。
あれ? どうしたんだっけ?
テントに戻り座り込んだ。
「キノ、みんなは?」
「お仕事いった」
「そっか、オレもいかなきゃな」
「キルロはダメ」
キノが珍しく厳しい口調で咎めた。
それでも行かないと……。
立ち上がる素振りを見せるとキノは腕を押さえ首を左右に振る。
ユラも起きたみたいだ、力のない瞳で天井の一点をジッと見つめている。
何か声を掛けたいが言葉が見つからない。
頭の中のノイズがチリチリと思考の邪魔をして、たどりつきそうな答えを隠してしまう。
“ちょっと今は……”
“構わんてっ”
テントの外から声が聞こえた。
二人とも聞き覚えのある声……? 誰だっけ?
「なんだ、その腑抜けたツラは」
「ちょっとその言い方は……」
入口からシャロンに咎められながら、見覚えのあるドワーフが顔を出した。
「リグ……」
キルロからこぼれる言葉に力はない。
焦点のイマイチ定まらない瞳で、リグとシャロンを見つめた。
止めに入っていたシャロンも、これに嘆息する。
「今は無理ですよ」
「う~ん? そこのドワーフはどうした? 一緒にいじけているのか?」
リグの言葉にシャロンは頭を抱える。
リグは気にせずにユラを覗き込んだ。
「しけたツラしているのう。ドワーフなら殴り返しに行かんかい」
リグは二人に視線に向け眉をひそめて続ける。
「話は聞いとる。ヌシらはそれでいいのか? そもそも、ちゃんと悲しんだのか? 友の為、仲間の為にしっかりと涙を流したか? 冒険者が命を賭した事をしっかり受け止めたか? 命を賭した者に失礼のないように振る舞っているのか?」
どうしたらいいんだ? 失礼のないようにってなんだ?
言っている事は分かるかが、どうすればいいのか分からない。頭の中のノイズがうるさい。
力のない目でリグを見つめる事しか出来ない。
「はぁ~。なんじゃヌシらはどうしていいのか分からんのか」
リグは大きな溜め息と共に言葉を吐き出した。
何も言い返せない、まさしくその通りだ。
リグはやれやれと続けた。
「泣け、大いに泣け。枯れるまで泣いて弔え。今までの事を思い出して思いきり泣いて自分の中の一部とせえ。それでいなくなった者も常に一緒じゃ」
リグはキルロを見つめたままユラの頭へそっと手を添えた。
ユラは天井を見つめたまま涙をこぼしやがて嗚咽を漏らす。
その様子を見てキルロも涙が溢れこぼれ落ちていく。
堰を切ったように涙は溢れ頭を上げても次々に溢れこぼれていく。
そうか。
泣きたかったんだ。
ただ、それだけだったんだ。
涙と一緒に頭の中にあったノイズも流れ落ちて行く。
止まっていた思考がまた動き始める。
ユラもまた瞳に力が戻った。まだ涙は流れ落ちているが、それでも前に進む力が沸いた。
ユラも一緒だ、泣きたかった。
嗚咽を漏らし、涙を拭う。みっともなくていいんだ。
静かに目を閉じ拳に力を込めた。
「団長、アイツぶっ飛ばしに行くぞ」
「もちろんだ」
悲しみが心を覆っている。
それと同時に怒りも湧き上がってくる。
ならば悲しみを前に進む原動力に変える。
キルロとユラは涙を流しながら、立てかけてある大盾を見つめた。
「ワシらは北じゃと、真っ直ぐ行くぞ」
「相手は?」
「ああん? 牛じゃろ」
「んじゃ、夕飯はバーベキューだな」
「シャロンも楽しみにしとけ。夕飯はバーベキューじゃと」
軽口を叩き合うリグのパーティーに頭を抱えるシャロンが見送る。
男達は力強い足取りで、北へと進路を取った。
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