第110話 殻

 揺れていた。

 馬車の進みに合わせて。

 口数の少ない道中、それも仕方ない。

 皆が焦る気持ちと把握しきれていない状況に、不安で頭の中はいっぱいだった。

 車輪の音だけがカタカタと小気味良い音を立てている。

 気がつけば何度目かの溜め息をついていた。


「団長、この盾の裏側のこれは何ですか?」

「あ、それか。それは余っていたコーラリウムだ。魔術を増幅させる効果があるんだ。付けといて損はない」


 ネインが少しばかりの気を使い、話し掛けて来た。

 少しでもこの雰囲気を和らげようとしてくれる。

 ネインらしい気づかいだ。

 


「オレのにも付けてくれよ」

「何を言ってんだ、杖もどきにも、手斧にもたっぷり使っているぞ。むしろその余りをネインに使ったんだぞ」

「物に頼るのではなく、自らの鍛練で増幅させないとダメですよ、ユラ」


 ネインのもっともな意見にユラの頬が膨れる。

 二人のやり取りのおかげで少しだけ車内の雰囲気が和らいでいった。


「そうだ、ハルヲ。こいつを……あった」


 漆黒の小さな弓を手渡した。

 通常の弓に比べると、半分くらいの大きさしかないその弓をハルヲは握り締める。

 手に取って漆黒の弓をまじまじと眺め、驚いてみせた。


「なにこれ? でも、取り回し良さそうね」

「パワーあるのに普通の弓だとうまくそれを生かせてないと思ってさ。多分、通常サイズだとデカ過ぎて、弦を引ききれていないんじゃないかと思ったんだよ。サイズダウンして、しっかり弦をひけるように作ってみた。そいつは見た目と違って剛弓だぞ。普通のヤツなら3、4回引いたら腕パンパンになるけど、ハルヲなら余裕だ」


 ニヤリと弓を指差す。

 ハルヲは構えて何度も引いては弾く、その度にブオンと低い風切り音が車内に響いた。


「エルフの精度とドワーフのパワーを持つおまえしかこいつを使えないよ」

「ありがとう………」


 今にも消え入りそうな小さな声で感謝を告げる。

 キルロはわざとらしく耳に手をやり聞こえないフリをした。


「ありがとうって言ったのよ! このバカ!」


 ハルヲは顔を真っ赤にしながら鼻を鳴らすとそっぽ向いた。そして、にやけた顔を隠すように顔を外に向ける。

 その様子に一同が爆笑するとハルヲの顔はさらに赤みを帯びていった。





「もぬけの殻だな」


 目的地にもっとも近いブレイヴコタン(勇者の村)の中を抜けている。

 静まり返った村の様子は不気味ですらあった。


「北のレグレクィエス(王の休養)に応援に行っているのかな?」

「多分そうだろうな」


 キルロとマッシュが幌から顔を出し、村を眺めながら言葉を交わす。

 カタカタと馬車の音だけが村に響き渡る。

 この異様な光景を目の当たりにしてパーティー全体に緊張感が漂い始めた。

 尋常ではないイレギュラーが起きていると肌で実感出来る。


「急ごう」


 荒れた林道を進む、エンカウントがないって事は精浄の効果があるって事だよな。

 効果がなかったとしたら、デカいのがここまで来ていてもおかしくはない。

 そして、ミルバとブレイヴコタンのヤツらが踏ん張って支えているという事でもある。

 急げ。

 どうにも気持ちだけが前に行ってしまう。こういう時こそ冷静にと目を閉じ、大きく息を吐き出し気持ちを落ち着けるのに集中した。




 

「助っ人だ!!」


 目的地のレグレクィエスに到着するかしないかという所で、大きなどよめきを持って迎えられる。


「良く来た! 早速でスマンがヒーラーいないか!?」


 焦った様子で男が馬車を覗いてきた。


「マッパーはこっちだ!」

「はいです」


 猫人キャットピープルの男が声を掛けてくるとフェインがすぐに飛び出して行った。


「オレらも行こう、ハルヲ来てくれ。マッシュ、ネイン誰かから詳細の確認を頼む」

「スピラ!」


 キルロとハルヲもサーベルタイガーのスピラと共にヒューマンの後を追った。


「どうなっている?」

「とりあえずヒーラーがやられて動けない。まずはヒーラーを治療して貰って、怪我人の治療にあたって貰えるか?」

「わかった」


 治療の為に使っている大きなテントにたどり着くと、倒れて動けない何人もの人が俯き、横たわっている、その間を抜け男の後をついていく。


「彼女だ」


 左右共に一目見て折れていると分かる足で脂汗を流し、必死に痛みに耐えている。

 その様がより痛々しかった。

 

《トストィ》


 ハルヲがまず両足に麻酔をかけ、力任せに足を真っ直ぐに伸ばすと、キルロがすぐにそこにヒールを掛けていく。

 点滴の準備しながらハルヲは声を掛ける。


「よく頑張ったわね。名前は?」

「リコスです。ありがとう」

「ゆっくり休んでいる暇は無さそうね、動けるようになったらすぐ働いて貰うわよ」


 ハルヲはスピラの荷物から必要そうなものを手際よく準備していく。


「良し。リコス無理しなければ、もう大丈夫だ」


 キルロの声に目を見開き、自分の壊れていた足を何度も見つめた。

 真っ直ぐに戻っている足で、恐る恐る立ち上がると、さらに驚嘆の表情を浮かべる。


「比較的軽症な人は、リコスあなたが診て。重傷者はこっちで診るから」


 リコスは頷くとすぐに動き始める。


「誰か! 重傷者を教えて! 酷い人から順番に診ていくから。早く!」

「こっち!」


 ハルヲが響き渡る声で呼びかけると、ドワーフの女性が二人を手招きする。

 キルロとハルヲは逸る気持ちのまま、そちらへと駆けだして行った。





「スミテマアルバか。助かる」


 大柄なハーフドワーフが話し掛けてきた。

 表情には覇気がなく、憔悴している姿が見受けられる。

 以前会った時の豪快な感じはすっかりなりを潜めていた。


「おまえさんたちこそ良く踏ん張ったな。状況は?」


 マッシュの問いかけにミルバは深い溜め息を吐くと、首を横に振る。

 芳しくはないか、憔悴している姿におおよその予想はつくが想像以上にマズイ状況なのか?


「精浄が済んだばかりだったから、油断もあったのかもしれないが、最北のレグレクィエスを破棄するハメになるなんて……」


 ミルバは悔しさを隠さずに滲ませる。

 唇を強く噛むその姿に、悔しさは一目瞭然。


「アンタ達だから踏みとどまれたんだ。他のヤツらだったら今頃どこまで踏破されていたことか」


 マッシュは慰めとかではなく本心からの言葉を掛けた。他のパーティーならここもどうなっていた事か。

 ブレイヴコタンの住人たちが今は中央セントラルの人間として、忙しなく動いている。

 きっと躊躇なくすぐに動いたんだ。そんな人たちの為にもなんとかしないと。


「デカイのが三匹、霞の中から現れた。なんとか足止めだけでもと踏ん張ってみたが踏ん張り切れなかった。とりあえずありったけの魔具マジックアイテムでそいつらを囲んで動きを鈍らせている状況だ。足を止めるには魔具マジックアイテムが足りない」

「とり急ぎは魔具マジックアイテムの設置か?」

「そうだな、今ウチのマッパーと、おたくらのマッパーがどう動くかすり合わせしている」


 という事は魔具マジックアイテムの効果はあるって事だ。

 きな臭い話になってくるって事か。

 ただ、今はそれ所じゃない。

 まずはデカイヤツをどう裁くか、そこに集中だな。


「それともうひとつ懸念がある。長男のアントワーヌのパーティーが、ヤツらが現れる二日程前に精浄の為に最北を目指して出立したんだが、戻ってきておらん」

「まさか、やられた?」

「あやつらがそう簡単にくたばるとは思えん。だが……」

「デカイのを相手にしていたとするとか」


 ミルバは返事の変わりに大きく息を吐き出した、信じたくもないし信じてもいないが、パーティーの長としては可能性を否定してはいけないって所か。


「なあ、その三匹ってなんだ?」

「ミノタウロス亜種エリート、ベヒーモスあとは多分ドレイクだと思う。ドラゴンにしてはちょっと小さかったからな。ただどれも5Miはくだらん」


 伝説級ばかりじゃないか。

 思わず絶句する。

 聞いただけで頭が痛くなった。


「良く足止め出来たな」


 マッシュは感嘆の声を上げた。

 それと同時に一筋縄でいかない相手に、どう対処するか頭を悩ませる。

 どれが来ても想像つかんな、マッシュは俯き逡巡した。


「そういえばここに常駐していた【アウルカウケウスレギオ(金の靴)】の方々はどこに?」


 黙って話を聞いていたネインが動いている人達を眺めながら疑問を呈した。

 確かに見当たらない……。


「常にいるって訳じゃないからな。我々も何か仕事があればレグレクィエスを空ける事はままある。大方西か東に精浄でも行っているのではないか? 戻ってくればすぐに動くさ」

「そうですか」


 ネインはミルバの言葉に頷く。

 早く戻ってきて貰いたいものだ、ミルバ達とウチだけじゃどうしたって足らんよな。

 宙を仰ぎ嘆息する。想像もつかない怪物モンスターたちに、どう立ち向かえというのか。

 やり場のない袋小路に思考が停滞していく。

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