絶望の淵
第109話 始動
ミドラスの中心部の人混みを馬が駆け抜けている。
街いく人々が怪訝な表情を浮かべながら道を開けていた。
ちょっと何あれ!? 危ないわね、こんな所で。
乾いた蹄の音を高らかに鳴らすその姿に眉をひそめ、目の前を駆け抜けようとしている馬の前に立った。
「ちょっとアンタ何考えての!? 危ないじゃない! ってあれ? アンタは⋯⋯!?」
ハルヲは鞍上に見える男の顔に見覚えがあった。ミルバのパーティーにいた⋯⋯。
ヤクラスは言い淀むハルヲを一瞥すると真剣な表情を向ける。
「あ! あんた! スミテマアルバだよな?! ちょうどいい、アンタの所すぐ動けるか?」
「動けると思うけど。アンタ、この仔ヘロヘロじゃない。ちょっと休ませなさいよ」
馬の首を撫でながら半ば強引にヤクラスを止める。
掻き分けていた人垣が平静を取り戻していくと、ブツブツとヤクラスを睨んで行った。
そんなことには気にも留めずに一瞬逡巡する素振りを見せると、ヤクラスは言われるがまま馬を下りハルヲの耳元に囁く。
「最北がヤバイ。多分ウチだけでは抑えられない。ヘルプを頼む」
ハルヲの目が見開く、最北って【イリスアーラレギオ(虹の翼)】でしょう?
何それ?! ハルヲの心臓がイヤな高鳴りをみせる。
「急いでいるならなおのこと、ウチの店寄りなさい。この仔は休ませて足になる仔を貸すわ」
黙ってハルヲに従った。
ヤクラス自身も衰弱している様子が見て取れる。
きっと飲まず食わずで、ここまで来たのだろう。
「アウロー! 急いでヘッグの準備して! モモ、なんか食べる物、簡単なやつでいいから! エレナ、この仔を休ませるから面倒みて上げて!」
店に飛び込むと矢継ぎ早に指示を出していく。ヤクラスも口に食べ物を突っ込みながらハルヲに最北の様子を伝える。
混乱しそうな情報を耳にして、ハルヲは呆然とする。そんな場合じゃないのは分かってはいるが、想像以上に緊迫した状況がヤクラスの口から伝わった。
「超大型種が三匹って……」
ケルベロスを想像しあんなのが三匹も一度に来たら⋯⋯ハルヲは絶句し言葉を失う。
それにもし、精浄の意味が無かったのだとしたら……。
急がねば。最前線が崩れたら一気に雪崩れ込んでしまうかも。
「ヘッグの準備出来ました」
アウロの声に我に帰るとヤクラスをヘッグに乗せる。
「馬の倍以上のスピード出るから人混みはゆっくりよ」
「わかった。助かる。アンタ達も準備頼む」
ハルヲは大きく頷きヤクラスを送り出した。
こちらも急ごう。
「エレナ! アイツの所にみんなを召集するよう言ってきて」
「わかりました!」
エレナは直ぐに駆け出す。ハルヲは見送りもそこそこに準備を始め、停めてある馬車へとすぐに駆け出した。
「キルロさーん!」
聞き覚えのある声だがいつもと違って切迫感を感じる。
工房から顔出すと真剣な表情のエレナが店先に立っていた。
「エレナ、どうした?」
「ハルさんが大急ぎでスミテマアルバの方々を召集して欲しいとの事です。ハルさんは既に出発の準備を始めています」
どういう事だ?
何が起こっている?
全く読めない、ただ芳しくない事態が起こっているのは間違いない。
考える前に体を動かそう。
「わかった。エレナ、もうひとつお願い出来るか?」
「はい!」
キルロはエレナと手分けしてメンバーの元へ駆け出した。
心の粟立ちが止まらない。
手足の先から感覚がないようなフワフワした感じがして気持ちが悪かった。
とりあえずは言われた通りに急いで召集を掛けよう。
「何が起こっているんだ?」
スミテマアルバのメンバーがハルヲンテイムの一室に集合した。
訳も分からず集められ困惑した表情が見受けられる。
召集をかけたハルヲもこうなることは百も承知で、急ぎ召集を掛けた。
この短時間で馬車の準備が完璧に整えられている様にハルヲの焦りが見て取れる。
「【イリスアーラ(虹の翼)】の解体屋……名前何だっけ?」
「ヤクラスか?」
「猛スピードで街中を馬で駆け抜けようとしてかたら、止めてみたら
皆がザワつく、【イリスアーラレギオ】と言えば最大のソシエタス。
そこがヘルプ?
しかもウチなんかに?
「随分と急だな、何があった?」
マッシュも怪訝な表情を浮かべながらハルヲに視線を向ける。
「最北がヤバいって。精浄したのに超大型種が三匹一気に南下してきて、最北のレグレクィエス(王の休養)は破棄。ヤクラスのいるパーティーが必死に食い止めているけど、ひとつのパーティーでは抑え込むのは無理なので、動けるパーティーに片っ端から声掛けるって」
ミルバが手を焼いているのか。
デカいのが三匹一気に来たら誰であろうと、ひとつのパーティーで抑えるのは無理だ。
しかし精浄の意味がない??
今まで効果があったというのにそんなバカな事あるのか?
精浄の意味がなくなったら、この世界全てが混沌とした世界になっちまう。
「精浄の無効化……」
キルロの呟きに一同が視線を上げた。
「やっぱりアンタもそう思う」
「いや、なんとも言えないが、精浄の意味が無くなっている方が、ヤバイ気がする。人為的に操作されている方がまだ対処出来る気がしてな」
ハルヲにキルロは苦い表情を見せる。どちらにせよ芳しくない状況には変わりはない。
「無効化して誘導ってとこか。そんな芸当出来るヤツがいるのか?」
マッシュは眉間に皺を寄せ呟く。
想像の範囲を越えた出来事と考えるべきなのか。
「さっさと北に行くか」
「いえ、ヤクラスが戻るのを待ちましょう。闇雲に動いても混乱するだけでしょう」
ハルヲの言葉に一同が頷く。
もどかしい時間が流れる、ミルバ達は大丈夫だろうか。
「ヘッグ戻りました!」
アウロの声に一同が駆け出す。
「ヤクラス、大丈夫か?」
「オレは大丈夫だ。みんなスマンが一回
「ヤクラスも気をつけろよ」
ヤクラスはひとつ頷くと馬に乗り換えすぐに北を目指した。
「オレ達も行こう」
馬車に乗り込み
「早かったな」
「クラカン、あんた達はどうするんだ?」
「ウチも揃い次第向かうつもりなのだが、いかんせん皆単独行動の真っ最中でな。どうにもこうにも動きが取れんのよ」
黙って見つめるその先には、次から次へと馬車へと積み込む木箱の山があった。
その光景を見つめながら心ばかりが焦り、先走る。
クラカンはそんな気持ちを抑えようと口を開く。
「ちょっとばかしマズイ状況だな」
「ちょっとか?」
「希望的観測込みだ」
クラカンの言葉の端々に緊迫した状況である事が分かる。
「いくつかのパーティーにも連絡取るべく、こちらから早駆けを飛ばしている。スミテマアルバ頼むぞ」
クラカンの願いに頷きゆっくりと馬車を始動させた。
西北のレグレクィエス(王の休養)。
茶色の顎髭を撫でながら準備する様子を眺めている。
7人程のドワーフや亜人が世話しなく動いていた。
「準備出来たぜ」
「どれワシらも行くか」
ドワーフを筆頭とするパーティーも最北を目指し始動する。
馬車に揺られる目つきは厳しく、前線を支えるハーフドワーフに思いを馳せた。
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