第96話 夜の入口

 エンカウントがないのは助かるな。

 底の底でもエンカウントがないといいのだが⋯⋯。

 マッシュがキルロ達を気遣っていた。二人が今どうなっているのか知る術もなく、今はただひたすらに足を動かす事しか出来ない。

 歩けども、歩けども、底の底に辿り着かない感覚。

 きっとまだそこまで時間は経っていないはずなのに、ずっと歩み続けている感覚。

 岩壁に沿ってグルグルと回っている錯覚を覚えると、希望と焦る思いも、頭の中で攪拌していく。

 マッシュは溜め息つき自分を落ち着かせる。

 大丈夫。

 それだけを考えよう。


「ネイン、ユラ、大丈夫か?」


 マッシュは振り返り声を掛けた。二人とも黙って頷く。

 うん。二人ともまだ目に力はある、大丈夫。

 

「へえ、あのマッシュ・クライカがねぇ~」

「なんだ、シルその言い草」

「頑なにパーティー入らなかったくせに、今じゃ回りに気遣い出来るようになるなんてねぇ。えらい、えらい」


 シルはからかうように言い放つ。

 マッシュはフンと鼻を鳴らし、前を向く。

 シルとマーラはまだまだ元気だ。

 憎まれ口もこんな時は助かる。

 半日以上歩き通しだ、疲れもピークに達しているはず。

 どこかで休みたいが、気ばかりが焦り、前へと押し進めた。


「見てください、あそこ! 下れそうではないですか?」


 フェインが指差す方目を向けると、遠めで岩壁がなだらかなスロープ状になっていた。

 道なり行けばたどり着けるが⋯⋯。

 底は靄って見えないが、このまま道なりに下って行くより早いかもしらん。

 ただ、底までスロープ状になっているかどうかは賭けだよな。

 途中でまた崖になってないとは言い切れない。

 眉をひそめ逡巡する。


「あそこから下へ行こう」


 スロープにたどり着くと下を覗き込む、やはり靄で少し先までしか確認出来ない。

 

「ゆっくりな」


 マッシュが声を掛け、先頭を切って下って行く。

 乾いた岩肌に足を滑らせないように慎重に下って行った。

 キノが滑り落ちるように器用に下りて行くが、下がどうなっているかわからないのに危険過ぎる。

 マッシュは横をすり抜けていくキノの襟首を掴み、待ったを掛ける。

 キノは膨れっ面でマッシュを睨んだ。


「キノ怒るなよ、なんかあったら団長に怒られちまう」


 焦る気持ちは分かる。

 だからこそ慎重に確実に行かないとな。

 しばらくもしないうちに底が見えてきた。岩壁以外は鬱蒼とした森が広がっている。


「フェインどれくらい下がった?」

「20Miないくらいでしょうか」


 20か………。

 正直微妙だが、希望がゼロではない数字だ。

 途中でスロープ状になっていれば、実際の落下は20Miまでいかないはず。

 絶望的な状況ではない。


「ちょっと時間が欲しい、少しだけ休もう」


 マッシュは声を掛け立ち止まると、顎に手をやり思考する。


「フェイン、団長達が飛ばされたのって、どの辺りだ?」


 フェインは小さな地図を開き、書き込みながら回りを見渡し照らし合わせていく。


「ここからほぼ真っ直ぐ右方向、東です」


 フェインが東方向を睨む。

 岩壁に沿って行くか森を突っ切るか。

 万が一動けるとして森を突っ切るか?

 いや、動ける可能性は薄い。

 でも、団長が動ければ強力なヒールを掛けられる。ハルはある程度復活出来るのか。

 

「ネイン、二人が動けるとして森突っ切ると思うか?」


 マッシュの言葉にネインは宙を仰ぎ深く思考する。


「私なら突っ切らないですね。岩壁に沿って登れる所を探します。ただ、あの落ち方⋯⋯団長のダメージが大きそうです」

「そうか」


 ネインの言葉を聞くとマッシュは視線を上げる。


「岩壁に沿って行こう。なんでもいい痕跡を見逃さないように」


 再び歩きだす。希望信じ、一歩一歩確実に進んで行く。





 柔らかな感触。

 寝ていた?

 ゆっくりと目を開くと、心配そうに覗き込んでいるドワーフとエルフのハーフの顔があった。

 頭がハルヲの柔らかな胸元に抱かれている。


「ハハ、ここは天国か?」


 喉がひりついて上手く声が出せない、ガサガサだな。


「バカ」

「また寝るから助けを呼んで来てくれよ。オレはここで待つから」

「わかったから安静にしてなさい。どこか痛いところは?」


 どこもかしこもなんだけどな。

 キルロは横腹を指差す。

  

《トストィ》


 ハルヲが静かに詠唱をすると、腹からの鈍い痛みがスッと楽になった。


「治った」

「麻痺させてだけよ、休みなさい」


 キルロはそう言うと首を少しだけ動かし笑いかけてみた。

 うまく笑えたかな?

 少しだけ楽になったおかげか、またすぐに暗い深淵へと落ちて行く。

 

 寝息を立てるキルロの姿に少しだけ安堵した。

 横腹を軽く押す、柔らかくなってきている。

 ハルヲは芳しくない状況に顔をしかめた。

 ?!

 寝息とはあきらかに違う音が、耳を掠めた気がする。

 洞窟から顔を出す。

 200Miくらい先に、岩壁に沿って蠢く影を見つけた。

 チッ!

 ゆっくりとこちらへと向かってくる影に、迷う事なく飛び出す。

 でもあれって?

 垂れ下がる三本の首をひきずり、低く呻きながら動いている。

 火の首だけで動いている。

 だが、その首も覇気なくうなだれていた。

 落ちた? いや落としたのだ。

 体中に乾いた血の跡があり、抉れた皮膚から肉が見えている。

ズルズルと緩慢な動きで、今にも止まりそうだ。

 黙っていても動かなくなりそうね。

 でも、お返しはきっちりとさせて貰わないと。

 キルロのピッケルを握りしめ、ケルベロスへと駆けだす。

 うなだれている頭へ飛び付くと、小さなピッケルを振り下ろした。

 肉を抉り、岩肌を削るかのように頭へとピッケルを振るう。

 力なく呻き、首を振り、振り落とそうとするが、全てに置いて力が残ってない緩慢な動きにハルヲが手をこまねくことはなかった。

 ハルヲにやられるがまま、頭を削られていく。

 頭蓋骨にあたる、アダマンタイトの刃先が頭蓋骨にひびを入れ破砕音を鳴らすと柔らかな感触と共に脳へと刃先が通る。

 飛び散る生暖かい血を浴びようがお構いなしに、動かなくなるまで容赦はしない。

 ひたすらに抉り、血を浴びていった。

 ケルベロスの目から生気がなくなりゆっくりと横たわっていく。

 静かに崩れるように大きな振動もなく、崩れ落ちていった。

 ハルヲはそれを見届け洞窟へと戻って行く。

 




 回りを見渡しながらゆっくりと歩く。

 急いで痕跡を見落としたら意味がない、マッシュは焦る気持ちに蓋をする。

 動かずどこかでジッと信じて待っていてくれるのか?

 もしそうだというならその期待には答えないとな。

 仄暗い底に夕闇が訪れさらに影を落としていく。

 そしてまた夜の入口に立った。

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