第82話 小屋

 人質か……。

 兎人ヒュームレプスの時といい、モンスターよりたち悪いヤツら。

 胸くそ悪くなる。

 今まで反勇者ドゥアルーカは、こんなやり方はしなかった。

 勇者がらみのヤツに手を出す事はあったが、こんな尻尾を見せるやり方はなかった。

 何か焦りを感じる。

 それとも、性急に何かをしたいのか?

 わかんねえな、やはりちゃんと考えられるヤツの意見を聞かなきゃか。

 宙を仰ぎ見ながらキルロは逡巡する。


「ま、一回引くと言っても全員でミドラスに帰りましょうって話しじゃあない」


 マッシュの言葉に皆が少しばかり困惑する。

 どういうことだ?

 キルロだけではなく、ハルヲやネインも同じように思っていたのか、自然とマッシュに視線が集まった。


「フェインとユラには残って、エーシャの護衛を頼みたい。しばらくは目立たないように治療院に籠もって貰うことになるが。これだけ住人が寄り付かないなら数日残っていた所で、早々バレないだろ」

「どうしてフェインとユラなの?」


 ハルヲがマッシュに尋ねた。

 男手があってもいい気がする。


「まずフェインには住人とヤツらに見つからないように、周辺のマッピングをお願いしたい。もしヤツらが来るなら街道を使って、どうどうと来るとは思えない。地の利をうまいように使われたら結構厄介だ。少しでもその差を埋めておきたい」


 フェインは真剣な眼差しで、マッシュの話しを聞いていた。

 なるほど、キルロもハルヲも納得する。


「ユラに関しては見つかった所で治療院の大工仕事が残っていたと思わせれば、そこまでの警戒はされないはずだ。見つからないに越した事はないが、見つかった所で分かりやすいい理由をつけられる」


 ユラも真剣な眼差しをマッシュに向ける、ご飯を食べる手は止めてはいないが。

 

「戻った面子はどうするのですか?」

「準備して、またこの辺りにすぐ戻る」


 ネインの問いにマッシュはニヤリと笑う。

 

「この辺りで張って待つのか?!」

「そうだ。あいにくこの村には柵らしい柵がないからな。出入りは自由だろ」


 確かに。

 帰ったフリして油断を誘うって事か。


「エーシャをエサにするの?」

「どうかな、エサになるかどうかは正直何ともだな。戦力としては見られてないから、ヤツらが気にしていなければエサにはならん。まぁ、それで構わない。どういう形にせよヤツらが村へ接触してくる所を押さえたい」

「接触した所を一気に叩くのか?」

「いや、後をつけて拠点を叩きたい」


 キルロもハルヲも“うーん”と唸る。

 概要はわかった。

 接触ありきか、そこは引っかかるが闇雲に探して見つかるって事はない。

 ここは待つのが正解か。


「相手がどのくらい焦っているかですね、追い込まれている状況なら割とすぐに村へ接触してきそうですが……」


 ネインがマッシュの言葉を受ける。

 焦りか。

 追い込んでいる実感がないから、なんともなんだよな。

 ただ他に良策も思いつかない、マッシュの案に乗るのが最良だ。


「よし、それで行こう」

「ちょっと待って、キノ、あなたもここに残って貰える?」

「あいあーい。大丈夫」

「どうして、キノなんだ?」

「この子、悪意に人一倍敏感でしょう。エーシャの護衛にしてもヤツらの接触にしても悪意にいち早く気がつければ優位に立てる」


 なるほど。ちょっと心配だがフェインとユラもいるし大丈夫だろう。

 ハルヲの意見に乗るか。

 朧気な半円の月明かりに照らされた部屋で、今一度気持ちを引き締める。

 照らされる一同の表情はどれも厳しい。

 各々がやるべき事を確認し頭の中を整理していった。




 

「ヒマだのう」

「仕方ないです」

「ヌシは後で、探索で外出るんだろ。キノとオレはヒマだ」


 キルロ達は一度村を後にしていた。

 ユラ達は言われた通り目立たぬよう治療院に潜んでいる。

 なんかしないと退屈すぎて仕方ないのう。

 椅子に腰掛けて足をブラブラとさせている。

 キノもそれを見て嬉々としてマネしていた。

 見つからないようにといってもな、籠もっていたらヤツら来てもわからんぞ。

 エーシャはずっと窓の外を眺めている。

 良く飽きずに、まぁ見ているのう。


「良く飽きないで、窓の外見てられるのう」

「ここから村の入り口が見えるのですよ。変な人が来たらすぐにわかりますよ」

「入り口から来んのじゃないか? マッシュが言っていたぞ」

「【スミテマアルバレギオ】がいないと踏んで、入口からきっと来ますよ」

「そんなもんかの」

「そんなものです」


 エーシャは笑みを湛えながら答えてくれた。


「裏から行って来ますです」


 フェインがマッピングの為に出て行ってしまった。

 ユラとキノは椅子に腰掛け足をブラブラとさせている。

 ヒマだのう。

 一緒にブラブラしていたキノの表情が突然変わった、エーシャと共に窓の外を眺める。

 どうした?

 ユラも窓の外を眺める。

 ヒョロっとした冒険者然とした男が二人やって来た。

 村を見回し住人に何か言うと、住人が大きい頭陀袋を差し出している。

 ほほう、早速か。

 いなくなったとたん現金なヤツらだ。

 さてどうしたものか。

 アイツなら聞いてもいいんかな?

 窓の外を眺めていると二人組の男が、こっちを指差して何か言っている。

 ありゃ、見つかったかな?


(おい、あっちにガキがいるぞ。連れてくか)

(ちっ、全員出せって言ったのに隠してやがったか)


 隠したんじゃねえよ、隠れてたんよ。

 さて、どうしたもんかのう。

 二人組は治療院へと近づいてくる。


「エーシャ、ヌシは隠れろ。オレ達は大丈夫だから。な、キノ」


 キノは黙って頷く。


「そんでな、一足先にヤツらの所行ってくるからよ。団長らに先行ったって伝えといてくれ」


 エーシャはユラの言葉に呆気に取られていたが、“ほれ隠れろ”と急かされ、扉の陰に隠れた。

 フードを被り、二人分の装備品をローブの中へと隠す、杖は無理だな。


「お嬢ちゃん達ダメじゃないか。かくれんぼは終わりだ。おじさん達と一緒に行くぞ」


 なんだコイツ、舐めた口利くのう。まあ、連れって行ってくれるなら黙っておくか。

 二人組の死角からキノにシーっと口に指を当てて見せた。

 キノは目だけ少し動かし、わかったと返事をする。


「ほら、嬢ちゃん達はこっちだ」


 ユラとキノは言われるがまま荷馬車の後ろに乗り込むと、荷物と一緒に運ばれていく。

 穀類? 食いもんか。

 荷馬車の中を見回す、他にそれらしいものは見あたらなかった。

 エーシャの言っていた通りなんかな?

 食いもん目当てで、村に接触しとるんか。

 まぁ、連れて行ってくれるし、探す手間は省けたな。

 外見えんからどう走ったか分からんな。

 まぁ、なんとなくでいいか。

 えらい揺れるのう。だけど、馬車が通れる道があるって事か。

 前方に視線を向けると男の背中から、森の中を抜ける様が見て取れる。

 太陽は?

 陽の光が照らす方角を確認する。

 木漏れ日がチラチラとして分かりにくいが暖かな日差しを感じる方だろ。

 村から東よりの北って所か。

 荷馬車が唐突に止まった、着いたんか?


「下りろ」


 男が背中を小突いてきた。

 いてぇな、ヌシ後で覚えておけよ。

 目の前には森に囲まれた掘立て小屋が二つ。

 下手くそだのう。なんだ、この建て方。

 扉の中へ放り込まれると、ユラの表情が一変する。

 丸太がむき出しの、そう広くない部屋。やつれて覇気のない女子供が10人程、部屋の隅で膝を抱え怯えている。

 髪はボサボサで青白い顔色して、何かをブツブツずっと言っている女もいる。

 調度品は何もなく、衛生的とはとても言えない。

 陽の光も入らない薄暗い部屋の中に絶望が溢れている。

 希望を削れるだけ削りやがったな。

 更に見回すと倒れて動かなくなっている人影も目に入った。

 まだ子供じゃないか。

 ぴくりとも動かない子供の影が数体、アイツらやりおったのう。

 ユラの目付きが変わる。

 こらぁ、許せんな。

 気持ちが荒立つのがわかる。こういう時こそ冷静にだろ。

 そうに決まっておろう。自身を必死に抑え、冷静さを取り戻す。

 よし、まずはここから皆を出す。

 やるべき方向が決まった。


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