第56話 双尾蠍(デュオカプタスコーピオ)
「埒があかねえぞ」
キルロが痺れを切らし言葉を吐き出す。
ハサミが、尻尾が、次々に目の前を横切り、満足に近づけないでいる。
どれか一本でも落とせれば状況は改善されそうなものだが、打開策は見いだせないでいた。
定石通り目や脚を狙いたい。しかし、それを知っているかのごとく素早いハサミに拒まれ、キルロの剣もハルヲの鎚も届かない。突破口の見えないもどかしさを、積み上げていた。
(キリがないな)
マッシュは手を動かしながら打開策を講じる。
群がり続ける大量の幼生。その対処に手を焼いていた。
「キノ、まずはスピラから剥がすぞ」
「あいあーい」
二人は一斉にスピラにまとわりついている幼生を切り刻んで行く。
ナイフで、素手で幼生を引き剥がし、踏みつけ、斬り刻む。
スピラのまわりに幼生の亡骸が積み上がっていくと、スピラの体は開けられた小さな穴から血を滲ませていた。
マッシュがスピラの荷物を下ろしに掛かると、その無防備な姿に幼生は小さい口でマッシュの肉にかぶりつく。
多少の傷なんざぁ、お構いなしだ。
マッシュの体に出来上がる小さな傷から血が滲む。
身軽になったスピラ。溜まった鬱憤を牙と爪に乗せ、ひねり潰して、次々と頭の潰れた幼生が出来上がっていく。スピラその幼生を前に吠える。怒りのままに捻り潰していった。
マッシュもまとわりつく鬱陶しい幼生を自分の肉ごと引き剥がし、地面へと叩きつけては踏み潰していった。
「キノ、ケルトの方を頼む」
キノはケルトを必死に守る
地面に転がるケルトに群がろうものなら
「こっちはアントンだ、スピラ来い」
幼生にまとわりつかれ、身動きとれないアントンの元へと急ぐマッシュ。そのあとをサーベルタイガーが追って行った。
「行きます!」
業を煮やしたフェインが振り下ろされるハサミの合間を縫って、正面から蠍の顔へと突っ込んで行く。
振り下したハサミは行き場を失い地面を叩き、やわらかな地面にめり込む。すかさず反対のハサミが横からフェインを狙う。その動きを読んでいたフェインは、横からの重いハサミを蹴り上げ、その勢いのまま顔目掛けて拳を振り下ろす。
その瞬間を狙っていたかのように蠍の猛毒がフェイン目掛けて振り下ろされた。
!!
フェインは蠍の尻尾を拳で跳ねのけると、それを分かっていたかのように、もうひとつの猛毒の尾がフェインを横から襲った。
物ともせずに顔を目掛け、真っ直ぐに駆けて行く。
迫る猛毒の尾を一瞥する事もなく、フェインは真っ直ぐに疾走する。
止まるな!
止めるな!
フェインはそのまま顔目掛けて拳を投げ打つ。渾身の一撃。
グチャと柔らかいものが潰れる。その音と共に破裂した眼球が黒い液状のように弾け、蠍の右目が飛び散った。
振り下した猛毒の尾は、勢いを失わずフェインを真っ直ぐに捉えていた。
フェインは拳を振り下ろしたまま、目を閉じ覚悟を決める。
ネインの視界に飛び込む蠍の顔へと迫るフェイン。反射的にフェインのあとを追う。余りに無謀な突っ込み見て、本能的に危険を感じたからかも知れない。
守らねば。
ただそれだけの思いで後を追う。
飛び散る眼球と振り下ろされる毒の尾、視界に飛び込む光景に焦燥感だけが先走る。
隙を見極めろ、フェインの突っ込みにキルロとハルヲは一瞬の集中を上げる。
振り下したハサミが地面にめり込んだ瞬間を二人は見逃さなかった甲殻の切れ間、ハサミの付け根にキルロが爪を立てると、柔らかな関節部分へサーベルタイガーの爪がめり込んで行く。
「ハアアアァァァァー!」
ハルヲが渾身の力で、関節に突き立ったキルロの剣をハンマーで叩いた。
砕けた刃の一部がキラキラと宙を舞う。キルロは剣が斬り通る確かな衝撃を感じる。
刹那、ハサミは大きな水しぶきを上げ地面へドサリと落ちていった。
フェインは横に突き飛ばされた。一瞬何が起こったのか分からない。
見開いた視界の先で尻尾の餌食となるネインの姿を捉えると、全てを悟る。
ネインはフェインに替わり尻尾の毒牙に掛かり地面へと倒れた。
「キルロさん!!!!」
切迫するフェインの叫び。
右目と左のハサミ、左の脚を一本失い、
キルロはすぐに死角へと飛び込み、懐に転がるネインの救出を試みたが、闇雲に振り回される尻尾とハサミに隙が見つけられず、近づけない。
クソ!
ネインの呻く声が届き、焦燥感だけが先走る。
フェインが残されたハサミに目掛けて飛び出した。
その隙を狙え。
キルロとハルヲは
フェインはキルロ達の姿を確認すると反対方向へと誘導をしていく。隻眼の蠍の目に、自らを写し込むかのように、ハサミに向けて何度も拳と蹴りを見舞った。
ヤバイ。
ネインの顔色が白を通り越し、紫がかっている。
フェインの動きを見て、キルロも勝負に出た。
「ハルヲ! フォロー! 《レフェクト・レーラ・キュア》」
切迫するネインの状態、逡巡する間もなくすぐに詠唱を開始する。
安全圏とは言えない距離。
ハルヲは
狙うはやはり付け根。甲殻がない尻尾の付け根、そこにダメージが与えられれば。
尻尾側へ回り込むと力の限りハンマーを打ちつける。
鈍い破砕音とともに付け根から液体が漏れ始めた。
その瞬間、怒り狂った
しまった!
巨大なハサミがハルヲの小さな体を飲み込む。フェインは目を剥きハサミの方へと飛び込んで行った。
キルロは背中越しに
大丈夫だ、すぐに楽にしてやる。
外傷はそこまでではない。ゆっくりと取り込まれる光球を見つめ、目の前のネインに集中をあげた。
「大方片づいたな」
マッシュが周りを見渡し山と積まれた幼生の骸を見下ろす。
荷物を下ろし身軽になったスピラとアントン、ケルトを下ろした
各々細かい傷から血を流してはいるが致命傷になる外傷もなく、安堵する。
「キノ、皆と一緒にケルトと荷物を頼むぞ」
「あいあーい」
キノはスピラに手を置き頷く、それを見たマッシュは
「おまえさんは待っていろ」
(マズい)
ハルヲは向かってくるハサミに絶望を感じる。
左右から閉じるハサミへ、咄嗟に手に持つハンマーを横に持った。
ハンマーが支えとなり、ハサミはかろうじて閉じないでいた。
巨大なハサミの中に出来た狭小な空間。ハンマーによって辛うじて出来たその狭い空間にハルヲの小さな体は辛うじて潰れる事なく保たれていた。
ハサミから抜け出せるほどの隙間はなく、ギリギリと締め付けるハサミにハンマーが悲鳴を上げているのが分かる。
イヤな汗が背中や額から吹き出し為す術なく、無力感に苛まれる。
「ハルさん!」
フェインの叫びにハサミの隙間から視線だけ向ける。
ハサミに向けて拳を向けるが振り下ろされる尻尾に邪魔され、思うように当てられなかった。
「ヤバいな」
ハルヲの状況が目に入るとマッシュは誰に言うでもなく呟く。
後ろからついて来ている
マッシュがフェインと共にハサミに向かって行くと尻尾へ向かう影が視界を掠めた。
後ろについて来ていた
尻尾を抱え込むと激しく左右に振った、咆哮を上げ怒りのままに引きちぎろうと激しく振り続けた。
ブチンと何かが千切れた激しい音が鳴る。ハルヲが叩いていた根元から緑色の液体が吹き出す。
尻尾を抱えたまま
「ツッ!」
ハルヲは地面に投げ出され体を地面に打ち付けた。
その瞬間、目に飛び込んできたのは胴体から真っ二つになる、
断末魔上げることもなく、ハラワタをぶちまけ、血の海を作り出して行く。
一瞬何が起こったのか分からなかった。
視界に入ってきたのは真っ二つになり、絶命している
ハルヲの体が震え、感情が、思考が、ぐちゃぐちゃに頭の中をかき乱し、抑えの利かない感情が爆発する。
『ぁああああああああああ!!!』
雄叫びを上げる。
今まで見た事のない形相でハンマーを握り締めた。
ただひたすらに感情にまかせ、
襲いかかるハサミなど気にも止めずひたすらに一点を殴りつけていく。
「大丈夫です、ありがとうございました。行きます!」
治療が終わったと同時に殴りつけるハルヲの姿を見るとネインが飛び込んでいった。
無理するなっていっても無駄か。
キルロもネインの後を追った。
飛び込んだネインはハルヲに振り下ろされるハサミを盾で受け流す。
マッシュとフェインもハサミに向けて攻撃の手を緩めない。
鈍い破砕音が鳴る。
雨音に混じりすぐに消えた。
振り上げられたハサミが力なく地面を叩き泥水を跳ね上げる。
ハルヲが吹き出す緑色の液体にまみれている。突き破った甲殻からハンマーを振り下ろす度に緑色の液体が跳ね上がりハルヲを汚す。
それでもハルヲは叩き続けていた。
「終わりだ」
止まらないハルヲに声を掛ける。
それでも止まらない。
パン!
キルロがハルヲの頬を叩く。
「終わりだ」
ハルヲは動きを止めると膝から力なく崩れ落ち、顔を空に向けた。
雨が顔に打ちつけ、少しずつ汚れを洗い流していった。
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