第51話 奪還

 ハルヲが店に戻ると、いつも通りに店員達が仕事をしていた。そわそわとどこか落ち着かない視線をハルヲに送る。

 その度に軽く頷き、エレナの奪還成功を伝えた。

 勝負はこれからだ。

 最終クエスト、ハルヲンテイムへの復帰が待っている。

 エレナがギルドへの登録手続きを完了させるまで、予断は許さない。本人自らギルドを訪れ成人証明書の発行。そして団体関係者と共に赴き、団体への所属登録をしなくてはならない。

 最初の手続きはなにかと本人でなくてはならないのが厄介だ。

 あの父親があっさり諦めると思えない。仕掛けてくるとしたら間違いなくそのタイミング。


「キノどう?」


 ハルヲはキノの肩に手をやり耳元で囁く。


「二人。向かいの店のとこと、裏の柱のとこ」

「ありがとう。エレナは大丈夫よ、心配しないで」


 キノはハルヲに笑顔を返す。

 一緒にクエストをこなし、キノが悪意に対して大人達より敏感な姿を何度も目撃していた。

 そんなキノに店の周りに悪意はないか見て貰えば、案の定ギルドへ向かうエレナを抑える為に張り付いている。


 三流が!

 心の中に怒りがまた沸々と沸き出す。





「よおよお、いんだろ」


 鍛冶屋の入口から刺々しい声が届く。

 面倒くさそうに、キルロは首を掻きながら店先へ出向いた。


「アンタか、もういいよ。じゃあな」


 ああ、やっぱり。苛立たしく感じる声の主を見やり、さらに顔をしかめていく。

 店先へ現れたエレナの父親へ、あしらうように言い放つ。

 父親は苛立ちを隠さず、食って掛かった。


「ふざんけんな! エレナいんだろ。返せ! ここに出入りしているってのは割れてんだ」

「遊びには来るが、今はいねえよ。オマエ父親なのに知んねえのか。そこら辺ほっつき歩いているんじゃねえの」


 ハルヲに放った言葉をそのまま返してやる。

 キルロの反抗的な言葉に父親はみるみる顔を赤くし、今にも飛びかからんばかりに怒りの形相を示す。

 その姿を半笑いでキルロが見やると、益々怒りの度合いが上がっていった。


「てめぇ、いい加減にしろよ。大人しく聞いてやっているうちに吐け!」

「オマエ、本当にエレナの父親か? こんな馬鹿から、あんな賢い子が生まれると思えねえぞ」


 顔を真っ赤にする父親がキルロの胸ぐらを掴み、右手の拳を振り上げた。


「どうした団長」


 居間から店先へ長ナイフを腰に携えたマッシュが、のそりと落ち着き払い現れた。

 静かに、冷えた瞳を父親へと向ける。

 マッシュと視線が絡むと振り上げた拳が止まった。


「もうちょっと早い登場で良かったんだけどな。コイツが因縁つけてきて、ホトホト参っている所だ」

「へー、そうかい。なかなか、いい度胸の男じゃないか」


 マッシュが一瞬で距離を詰め、父親の横顔へ急接近する。


「それで、その右手はどうするつもりだ?」


 父親の耳元で低く囁く。

 父親はマッシュに一瞥もくれず、静かに右手を下ろし、キルロの胸から手を放した。


「じょ、冗談だよ」


 良くもまあ、絵に描いたような小悪党なセリフを次々と吐けるものだ。怒りを通りこして呆れてしまう。

 父親はキルロの服の乱れをポンポンと直すと、何も言わずに店をあとにした。


「ハハハハ、面白いヤツだな。あんな絵に描いたようなヤツ、なかなかお目にかからんぞ」

「確かに。でも、マッシュもう少し早く登場しても良かったんじゃね? また痛い思いするとこだったぞ」

「うん? そうか? ちょっと見いちゃったかな、小物ぷりに」


 マッシュはずっとニヤニヤ笑っている。

 ここまでは予想通りだ。


「ネイン、ヤツの顔覚えたか」

「覚えました」

「宜しく頼むよ」


 キルロの言葉に頷き、居間に潜んでいたネインは父親のあとを追った。





 夕闇が訪れ街に灯りが灯り始めた。

 これといった動きはなくハルヲンテイムも通常業務をつつがなく勧める。


「ラーサ!」


 ハルヲが猫人キャットピープルの女子店員に声を掛ける。


「ハーイ」

「キノと一緒に買い物に行ってきてくんない、リストはこれ」


 ハルヲはメモを渡し“気をつけて無理はダメよ”と小声で告げる。


「大丈夫ですよ。キノ行こう」

「あいあーい」

「キノ頼むわね」


 ハルヲの言葉にキノは笑顔を向けるとラーサと手を繋ぎ街の中心街を目指した。あえて人混みを選び、人の波に揉まれふたりは歩いて行く。


「キノどう?」

「一人かな」

「大丈夫かな?」

「大丈夫よ」


 ラーサは自分達が様子見を兼ねた餌だと理解していた。

 怖くないと言えば嘘だが、“キノなら、なんの問題もないから安心しなさい”というハルヲの言葉を信じ、街中を進んで行く。いつ襲われかも分からぬ恐怖は常に付き纏い、暴れる心音が落ち着く事はなかった。


「姉ちゃん」


 後ろからの野太い声に、ラーサの体は思わずビクっと一瞬硬直する。


「な、なんですか? いきなり」

「すまん、すまん。ちょっと人探しをしていてさ、協力して欲しいんだが、お願いできないかな?」


 舐めきった目つきで言葉とは裏腹に傲慢な態度でラーサに言い放つ。


「い、急いでいますので、失礼します」


 ラーサがあしらう様に言い放ち、この場を立ち去ろうとする。男の右手がラーサの肩をがっちりと掴んだ、その刹那。


「ドーン」


 キノが男の腹目掛け、頭から思い切り突っ込んだ。

 “グボっ”と男は体をくの字に曲げ、腹をおさえて両膝を地面につける。

 そのみじめな姿を、ケタケタとキノが指差して笑った。

 街行く人も、男に視線を向けヒソヒソ話しながら通り過ぎて行く。

 男は羞恥と怒りからか、紅潮した顔を隠すように腹をおさえ、逃げるように立ち去っていった。


「ラーサ大丈夫?」


 一瞬の出来事。

 呆気にとられていたラーサは、キノの呼びかけで我に返った。

 するとキノに視線を向け大笑いする。


「あはははは、キノ! すごーい!」


 キノはラーサに照れたよう笑みを返すと、ラーサは思わずキノにギュっと抱きついて見せた。





「戻りましたー」

「大丈夫だった?」


 ラーサを出迎えたハルヲが真っ先に声を掛けた。

 

「はい! キノが守ってくれました」


 ラーサはキノに視線を送り笑顔をハルヲに向ける。

 ハルヲも笑顔で返すとキノの頭をくしゃくしゃっと撫でていく。

 ちょっと危ない思いをさせてしまったが、おかげで相手の出方が概ね分かった。


「みんな、今日はごめんなさい。帰してあげたいのだけど、今日だけは危ないから終わるまで辛抱してちょうだい」

「何言っているのですか、ハルヲンテイムの初めてのクエストですよ成功させましょうよ!」


 ハルヲの言葉にヒューマンの女子店員フィリシアが笑顔で答えると皆が“そうですよ”と口々に声を上げた。


 夜も深くなり日付変更が近くなってきた。

 いよいよ最終決戦だ。

 アウロと外套を頭からすっぽりと被った女の子が裏口から静かに出ていく。

 人目を気にしているのか、キョロキョロと盛んに辺りを伺っていた。

 緊張した面持ちのアウロは、不自然な動きにならないようにと自身に言い聞かせ、ギルドを目指す。

 この時を待っていたばかりに、男が二人あとをつけて来た。

 男達はこそこそと隠れる素振りも見せず、一定の距離を保つ。アウロと子供の二人組、何かあった所で余裕だと散漫な気配を撒き散らす。

 ギルドが近くなる。アウロ達は踵を返し、おもむろにギルド方向とは逆に走り出した。

 虚を突かれた二人組も、焦った様子であとを追う。

 裏道へと駆け込まれ二人組は、アウロ達を見失ってしまう。


「クソっ」

「見つけたってヤコブ呼んでこい」


 一人が呼びに走り出した。しばらくすると父親を引き連れ戻ってきた。


「いたのか」

「間違いない店員の男と女の子だ」


 男達はギラついた視線を周りに向ける。

 少し離れた通りに男と女の子の姿を視界に捉えると、そちらへと一斉に駆けだす。

 その姿を路地裏からネインが目立たぬように見つめていた。アウロ達を追う三人の姿を確認すると、アウロ達とは逆の方向へ静かに駆けだした。



 アウロの心音が上がる、疲れというより緊張や恐怖からのものだろう。

 一定の距離を保ちながら逃げる。

 三人の姿が近くなってきたら路地裏へと飛び込み、再びギルドの方へと向かう。

 先に向こうが切れた“おい、いくぞ”の声と共に一斉にアウロ達に向かい駆けだした。

 アウロ達は必死に逃げる。大きな鐘の音が深夜の街に静かに響き渡った。

 アウロは視界の端に路地裏に隠れていたネインの姿を捉えた。ネインはアウロ達にひとつ頷くとすぐに路地裏の奥へと消える。

 その姿を横目にアウロ達は真っ直ぐギルドへと疾走した。


「止まって貰おうか」


 三人の大男が二人の前に立ちはだかる。

 ギルドの入口直前で追いつかれてしまった。アウロは悔しさを滲ませ渋い表情を見せる。

 荒い息を吐きながら男達は勝ち誇った笑みを浮かべ、ゆっくりと距離を詰めて来た。

 ゴールを目前に零れる笑みが止まらない、だらしない顔した父親のヤコブが女の子の前に立つ。

 薄明かりの中、女の子の肩を掴み外套のフードを外す。

現れると思った顔はそこに無く、ヤコブの顔から一気に笑みが消えた。

フードの下で笑みを浮かべる小さなエルフ。口端を上げ、冷めた視線を三人に向ける。


「どこまでいっても、アンタ達は三流ね」

「ハハハハ、なかなかいないぞ、ここまでベタなヤツ」

「あとをつけるのもバカらしいくらい簡単でしたよ」


 マッシュとネインも男達の後ろから現れ、逃げ道を塞いだ。


「強がるな、店への登録は完了してねえだろう! エレナを抑えれば問題ない、いくぞ! オマエら」

「全くどこまで行ってもエレナには悪いがクズだな」

「ですです」


 キルロとフェイン、そして父親を真っ直ぐ見据えるエレナが建物の影から現れると、フェインが一枚の登録証を男達にかざす。


「エレナはたった今スミテマアルバレギオの団員として登録された。ウチの団員、ハルヲンテイムの誰かにちょっかいを出そうものなら⋯⋯どうなるかくらいは、分かるよな」

「ま、地の果てだろうが追って、トロールの餌にでもしてやるかな」

「トロールはちょっとめんどうだな、オークあたりで十分じゃね」

「そうだな」


 キルロとマッシュが軽口を叩くが、その力強い瞳が射抜く。それが何を意味しているか、その瞳は饒舌に語っている。

 男達は俯き悔しさを露わにするが、どうにもならないことを理解した。


「エレナ」


 ハルヲに促され一歩前へ出ると、父親を真っ直ぐ見据えた。


「さようなら。二度と会わないと思いますが、お元気で」


 それだけ言うとハルヲに視線を送った。


「じゃっ、そういう事なんで」


 ハルヲもそれだけ言い放ちエレナの肩に手をやると、一同はその場をあとにした。





『エレナ誕生日あめでとう!!』


 夜中だが、皆揃っている。そのままの流れでエレナの誕生日を皆で祝おうと満場一致。ハルヲンテイムに笑顔が弾けた。


「いろいろ本当に、ありがとうございます。生まれてから誕生日が何で嬉しいのか分かんなかったのですけど、初めて今日分かりました!」


 エレナが破顔し、何度も何度も頭を下げた。

 会食しながら今日一日を皆が振り返る。長い長い一日。

 “キノ凄かったのよ”

 “走りまわって疲れたっす”


 各々が興奮ぎみに安堵と達成感から話が弾んだ。

 それをニコニコとエレナは聞いては頭を下げていく。


「フェイン、ありがとね。お礼言うのが、遅くなっちゃった」

「いえいえ、エレナちゃんと一緒にネインを待って、ギルドで手続きしただけですから」


 フェインはハルヲの言葉に恐縮しまくる。その姿にハルヲも笑顔をこぼした。


「えー、本日無事にエレナ・イルヴァンを団員として迎えられました。ウチは冒険だけではなく、鍛冶や調教なども事業の一環として行っております。つきましては……」

「長い!!!」


 キルロの挨拶にハルヲの突っ込み、会場に笑顔がさらに弾けた。


「んだよ、いいとこだったのに。エレナ、ハルヲンテイムへの出向を命ずる!」


 “おお”と歓声とともに拍手が湧いた。目からポロポロとエレナは涙を流すが拭うことはせず、笑顔を絶やさなかった。


「お、そうだこれは皆からのプレゼントだ」


 キルロが袋から小さなピアスを取り出した。

 エレナはびっくりした顔を見せ、手の平に転がるピアスに見入った。


「ありがとうございます!」


 エレナの笑顔にまた笑顔が弾けた。

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