猫と調教師

第50話 猫と調教師ときどき鍛冶師

「ねぇ、エレナ来ている?」

「いやぁ、まだ見てないですよ」


 犬人シアンスロープのハーフ、モモが首を傾げて見せた。

 かれこれ四日、店に来ていない事になる。漠然としていた不安が、瞭然とした不安へとハルヲの中で変化していく。

 あの子のことだ、無断で欠勤するような子ではない。

 病欠ならば看病がいるだろうし、あそこの親は宛にはならない。しかも、折角の誕生日を病気で一人なんて寂しすぎる。

 ただ違う懸念もあった、形のない不安、はっきりとしない何かがのし掛かる。

 とりあえず家にいって様子を見てこよう、あいつの所にも顔を出していないか一応確認しなくては。


「ちょっと出てくる、店お願いね」

「はーい、いってらっしゃい」



 “入るよ”と店先で声を掛けるとずかずかと勝手知ったる店内を抜け、居間まで入っていく。

 居間でくつろいでいるキルロとキノがびっくりした表情を見せ、突然の訪問にカップを持つ手が止まった。


「どうしたんだ? 急に」

「エレナ来たりしてないわよね?」


 ハルヲの急な問いにキルロとキノは顔みあわせる。その姿に焦りが見えた。

 キノは首を何度となく横に振るとキルロは視線をハルヲに戻す。


「オレもキノも会ってない⋯⋯、なんかあったのか?」

「四日程店に顔を出していないのよ。⋯⋯ちょっと心配なんで家まで行ってくる。誕生日近いのに……」

「エレナ誕生日なのか? 様子わかったら教えてくれ。なんか手伝える事あったら言ってくれよ、キノも手伝うさ」

「手伝うよ」

「何かあったらお願いするわ。もし、エレナ見かけたら教えて」

「わかった」


 ハルヲは店をあとにして、エレナの家へと急ぐ。キルロの店からそう遠くないヒューマン街の外れ、お世辞にも綺麗とはいえない一角の集合住宅。教えて貰った一室の玄関をノックしていく。


「ごめんくださーい」


 返事はない。

 もう一度ノックしてみる。


「なんだよ」


 不機嫌な男の声と共に玄関の扉が開き、いかにも冒険者然とした男が、のそりと顔だした。

 エレナの父親。

そう自覚すると自分の表情が堅くなるのが分かった。


「エレナに会いたいんだけど、いるかしら?」

「いねーよ。つか、お前なんだ?」

 

 父親の態度にハルヲの心に一瞬にして業火が宿る。青い瞳は目の前の男を限りなく見下し、冷たい炎を宿した。


「へー、どこにいるの?」

「知らねー、どっかそこら辺ほっつき歩いてるんだろ。つかよ、なんなんだ? さっきから」

 

 父親の言葉など意に介さず部屋の奥を睨む。

 居間とベッドルームしかない、小さな部屋。居間とベッドルームを隔てる扉はなく、玄関から全ての部屋が覗く事が出来た。

 小さなソファーに掛けられた小さな布団と大きなベッドがひとつ。清潔とは程遠い埃を被った布団にここでの生活の不自由さを理解する。

 !?

 ベッドルームの布団がもぞもぞと動いているのが視界に入った。

 コイツ⋯⋯。

ハルヲの瞳は単純な怒りを見せて行く。


「どこいったのかしらね? 困った子ね! なんとしてでも探しださないとね!」


 白々しく大きな声を上げた。

 ゴソゴソと激しい動きを見せるベッドルーム。

間違いない。

 そして、イヤなほうの胸騒ぎが当たってしまったようだ。ハルヲは父親を睨みながら扉を閉めた。





「身売り???」


 ハルヲが見て来たもの、そしてそれを踏まえた上での予想を、みんなに伝えた。

 キルロはハルヲの言葉に思わず声を上げてしまう。

 まさかそんなことって……思わず絶句してしてしまった。

 キルロと同じ様に、他の従業員達も驚愕と困惑と怒りが入り混じる。


「成人してしまえば歓楽街に売ったとしても、本人の意志で行ったって事にすれば、罪にはならず合法的に売り飛ばせるわ。エレナが嫌がったんでしょうね。多分家に監禁されてる。いや、絶対。あのクソ親、成人を迎えたと同時に売り飛ばすつもりよ」

「ひどい……」

 

 猫人キャットピープルのラーサが、今にも泣きそうに悲痛な声を上げた。

 一同に重い雰囲気がのしかかる。何をどうすればいいのか、一介の店員達に想像するのは困難なだけ。ただ、悲観しているだけの自分達の不甲斐なさに口を閉ざしてしまう。


 パンッ!


 ハルヲが唐突に手を叩く。

 ニヤリと口角を上げ、皆を見回す。


「クエストよ! エレナ・イルヴァン奪還及び、ハルヲンテイムへの復帰。皆の協力が必要なの。キルロ、アンタも手伝って」

「もちろん、クエスト成功させて誕生日を祝ってやろうぜ」


 皆、黙って頷く、目には力がこもっている。ハルヲの力強い言葉に顔を上げて行く。悲観に暮れるだけだった空気が変わる。

 “それじゃあ……”とニヤリと笑うハルヲが、皆を呼び集めた。




 

「こんな所に住んでいるのか」


 エレナの住んでいる集合住宅前でハルヲとキルロは、目立たぬように見張っていた。


「絶対とは言えないけどベッドルームに監禁されている。私の声に反応していたからね」

「そうか。お前が思うなら間違いない。違っていた所で、また探せばいいだけだ」


 ジッと父親が外出する機会を伺っていた。

 今日一日が勝負だ。


「出た! アイツ。予定通り頼むわね」

 

 小声でキルロに声をかけると、キルロはハルヲの肩に手をやり父親の元へと真っ直ぐに向かった。

 二人の姿が小さくなるのを見届けると、エレナの部屋へと静かに急ぐ。

 ドアノブを握るとあっけなく扉が開いた。不用心で助かるわ。

 ベッドルームへと急ぐ。人の気配にごそごそと動く、やはり布団の中に誰かいる。

 意を決し布団は外す。縛られて身動きの取れないエレナの姿があった。

 やはり!

 布団を剥がされた瞬間ビクッと怯えた様子を見せたが、ハルヲの姿を見やると緊張の糸がほぐれ安堵の表情を浮かべた。ハルヲは急いでエレナの拘束を解いていく。疲れた顔を見せるエレナに、微笑みを返す。


「ハルさん……」

「もう大丈夫よ、頑張ったわね」

「すぐにお父さん帰ってきちゃう」

「アイツがうまくやっているわ。さぁ、今の内に行くわよ」

  

 エレナのふらつく体を支えてやりながら、二度と戻らないであろう絶望の象徴をエレナは一瞥しハルヲと共に部屋をあとにした。




「おお、アンタ出来そうだな。いいクエストあるんだが手伝ってくんねえか? 半日でこれだけ稼げるぜ」


 ニヤリとするキルロが、父親へ声を掛け二本の指を差し向ける。


「バカか。そんな、うさんくせえ話に乗るわけねえだろう」

「何言っているんだよ、ギルド経由のクエだぜ。怪しいわけがない。パーティー持ちじゃねえから、受けられなくてさ。どうよ、一度ギルドに行って、確認して納得したら受けるって。ささ、急ごうぜ。あんな、美味しいのすぐ取られちまうよ。依頼書見るだけならいいだろ、手練れが必要なんだよ」

「チッ! 見るだけだぞ」


 釣れた。

 後はギルドで、すっとぼけておけばいいだろう。

 ハルヲ頼むぞ。


「あれ? おかしいなあったんだけどな~、ちょっと姉ちゃんに聞いてくるわ」

「付き合ってられるか!」


 ギルドの中を散々連れ回し、受付の長い列にキルロが並んだ所で父親は帰って行った。

 これだけ引っ張れば十分だろう。

 




「エレナひとつだけ確認させて。この先私達と行動をするって事はあの父親と縁を切るってことよ。紛いなりにも父親、アナタが父親を捨てられないというなら無理強いはしないわ」


 ハルヲはエレナの肩を抱きながら、優しい声色を響かせる。


「もう二度とあそこには戻りたくありません。ハルさんご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします。皆と笑って過ごしたいのです」


 エレナはふらふらな体ながら、しっかりとハルヲを見つめ力強く言い放った。

 ハルヲは嬉しそうにエレナの頬をムギュっと手で挟むと、自分の額をエレナの額に重ね合わせた。

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