第33話 レストポイント

 大きな口を開け、その奥へと広がる闇はパーティーを手招きしていた。

 皆で中をゆっくりと覗き込んでいく。

 入口から奥は光が届かず、闇が深部を包み隠す。


「では!」


 勢い良く飛び込もうとするフェインの肩をキルロが急いで掴む。


「待て! 待て! オレが見てくる。とその前に……」


 パーティーを見回すと一同が傷をおっていた。

 腕から頬から足から、出血し乾いた血が服やアーマーにこびりついている。

 深い傷を追っている者がいなかったのは幸いとしか言いようがない。


《レフェクト》


 今の内だ。スピラとアントンも含むパーティーへ順番にヒールを唱えていく。

 柔らかな緑光に傷が塞がっていき安堵の表情をみせて行く、フェインだけは目を剥いて驚いていたが、まあいいだろう。


「大丈夫?」

「これくらいなら問題ない」


 魔力量を心配したハルヲにキルロは軽い調子で答えてみせる。


《マガアクヴァン》


 キルロに向けてハルヲが囁くように唱えると、キルロの魔力量が少し復活した。


「お、これなんだ?凄いな」

「全然凄くないわよ、自分の魔力を他人に分け与えられるの。私の魔法はこんな中途半端なやつばっかりなのよね」

「イヤイヤ、これすげぇよ。こんなの初めて見た」


 ハルヲは自信なさげに言葉にキルロは素直に感心して見せた。


「団長の言う通りだ。なかなかレアな魔法を使えるじゃないか」


 マッシュが周りを警戒しながらもキルロに同意して見せると、ハルヲは少しばかりはにかんで俯いた。


「よし、じゃあちょっと覗いてくるよ《ルーメン》」


 キルロは拾った木の枝に唱えると、ポワッと先の方に光りが灯った。

 その光球を便りに奥へと進む。

 結構深いな。

 ゴツゴツとした岩肌が光球の淡い光に照らされた。

 マップに記載しているという事は、過去にここで休息を取ったのは間違いない。

 ただ、どれくらい前の情報か定かでないのが一番の不安要素だ。

 奥から風もないのにイヤな臭いが漂ってきた。

 心持ちもイヤな感じになり心臓が少し高鳴る。

 歩みの速度を落とし、仄かな灯りだけを頼りに慎重に歩を進めて行く。

 何かの吐息?

 ゆったりとした微かな呼吸音がキルロの耳朶に触れる。

 何かがいる。

 心臓の高鳴りが一段上がる。

 全体像を把握しようと光球を頭の上へとあげ、その姿を確認した。


 バグベアー!


 心臓が握り潰されるようにギュッと収縮する感覚に瞬間思考が停止する。

 閉じていたはずの赤く濁った瞳が見開くと、その瞳は光球の光を写し鈍い光を放つ。

 身体が硬直し、思考がゆっくりと動き出す。あの【吹き溜まり】での映像が頭の中で映し出された。


『『ゴァアアアアアアアアアアアアア』』


 洞窟内に反響して耳をつんざく咆哮で我に帰る。

 固まった身体に指示を出す。

 

 動け!”





 入口で待つハルヲ達にも奥から漏れ聞こえる咆哮が耳に届いた。

 ハルヲの肌がイヤな感じに粟立つ。


「チッ!」

「なんですかね!アレ?!」


 ハルヲは舌を打ち、フェインは困惑の色を見せる。

 

「迎え討とう」

「だな」


 ハルヲの迷いのない提案にマッシュは即答する。

 皆の表情に緊張感を漂わせた。


「フェイン正面から、マッシュ左、キノ入口の上に上れる?」

「上れるよ」

「よし、じゃあ上から頭狙って。みんな! 一発で決めるよ!」


 力のこもった瞳で皆が頷くとハルヲは入口の横から中の状況を覗く。

 イヤな圧ね。

 ハルヲはキルロに向かって叫んだ。


「戻れー!」





 入口からハルヲの叫びが届く。

 脚が地面に粘りついたかのように重く動かない。

 “動け、動け”と頭の中で何度も唱える。

 この場を一瞬でも早く離れなくては。頭では分かっているのだが、体が強張り思うように動かない。

 焦燥感だけが積み上がっていく“早く、早く”と。

 自分の心臓の音がうるさい。バグベアーの咆哮でかき消されるはずなのに。

 脈動の激しい波打ちが止まらない。

 動かない身体に苦心しながらバグベアーに背を向け前のめりに地面を蹴る。

 倒れそうになりながら一歩を踏み出した。

 バグベアーの激しい咆哮と共に背中に激しい衝撃が襲う。

 アーマーを擦る爪の金属音が響く。

 剝き出しの腰に爪が立てられ肉を削がれる熱さを感じ岩ると壁へ飛ばされた。

 飛ばされた分、傷は浅いはず。自身に言い聞かせる。

 衝撃がスイッチとなり、頭が一瞬でクリアーになった。

 脚に力を込め、地を蹴る。

 前のめりで走る。

 咆哮が背中越しに響き渡る。

 背中越しに足音が、振動が、伝わってくる。

 距離が縮まっているのか、遠のいているのか、全くわからない。

 わからないという不安。

 不安が覆い被さろうと全身を襲う。前へ前へと言い聞かせては、その不安をはねのける。

 重い足音がずっと響いていた。

 前へ。

 前へ。

 バグベアーがキルロの背中を捉えんとする圧を背中に感じる。

 鋭い爪の餌食にならぬよう、足を止めるなと言い聞かせ、愚直に足を動かした。

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ⋯⋯」


 額から、首すじから、汗が滴る。

 呼吸で肺が爆発しそうだが、足を止めるわけにはいかない。

 視界の先にわずかばかりの光が見えた。

 

 届け!

 

 一直線に進め。光が大きくなる。爆発しそうな肺と心臓。

 背中に感じる圧。


「来い!」


 洞窟の脇から横顔を見せるハルヲが声を荒げた。


 

 キルロが入口から飛び出して来た。

 もれなくヤツもついて来る。剣を握る手に力を込める。 

 激しい咆哮と共にその姿を現す。

 獲物をただひたすらに追うだけのそれ。

 赤い目を見開き、口からよだれを垂れ流しながら、ただ前だけを追い飛び出した。


「ハァアアー!」


 フェインが口火を切る。

 腹への回し蹴りがバグベアーの体を折る。“グボっ”と鈍い唸りを上げ動きが一瞬止まった。

 その瞬間を見逃さずハルヲとマッシュが脇腹へと渾身の刃を突き刺す。

 奥まで突き刺すと切っ先から血が溢れ出し、耳をつんざく咆哮を上げた。

 刹那、キノが頭上から勢い良く脳天目掛け、両手にもったナイフを深々と突き立てる。

 突き立てた刃を抜き取るとバグベアーは頭の先から血を吹き出し、急速に生気を失っていった。





「がはっ」


 最後の力で光へと飛び込むと脚がもつれ倒れこんだ。


 背中越しにバグベアーの短い断末魔が聞こえた。

 キルロは四つん這いになりながら、荒れた呼吸を整えていく。

 ゆっくりと深い呼吸を繰り返した。


「大丈夫?」


 ハルヲがそっとキルロの肩に手を置いた。

 呼吸を整えながら黙って頷く。


「今は大丈夫だ。ゆっくり休め」


 マッシュも声を掛ける、当面の危機は去った。


「……大丈夫、中もアイツがいなくなれば大丈夫だ。行こう」


 荒い息のままキルロが皆に伝えた。

 そのまま立ち上がろうとするも膝が笑って思うように立てない。

 

「ほら」


 小さいハルヲがキルロに細い肩を差し出す。


「すまん」


 キルロは素直に肩を借りた、今は早く洞窟の中に入らないと。

 パーティーは洞窟の奥へと歩を進めていった。

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