第15話 鍛冶師と調教師ときどき幼女

 早朝から廊下をバタバタと走りまわる。

 走り回れる程回復していた。

 いや、だがしかし、今はそれどころではない。

 起きぬけに起こった未知との遭遇にパニック寸前だ。


「ハルヲー! ハルヲ! ハルヲ!」


 従業員と共に動物達を世話しているハルヲの元へと信じられない速さで疾走する。

 “チッチッチッ”と顔をそむき、あからさまに嫌な顔した。


「キルロさん、随分回復しましたね」


 アウロが朝から爽やかな笑顔で挨拶してくれた。


「いやあ、おかげ様で…………って今そこじゃない! ハルヲ! 部屋に裸の女の子が……」


 と言いかけるやいなや。


「グアッ!」


 脳天にハルヲの手刀が飛んで来た。

 人ってここまでクールになれるのかと、震えがきそうな程冷たい眼差しをキルロに向けた。


「話しを聞け、いや聞いて下さいませ」

 

 視線に耐えられずへりくだる。


「はぁ!? 怪我人で世話して貰っている身でお前…………」

「待て! 待て! 待って! 朝オレ起きた、知らないオンナの子いた、びっくりした、ハルヲ知らない? 女の子?」


 経緯の説明が、極度の混乱と手刀の恐怖で片言になった。


「お前の子じゃないのか?!」

「なんでいつもそうなる! オレは子供いないって! 清い体だ!」


 胸を張ってカミングアウト。

 従業員の女の子達はクスクス笑いあい。

 アウロは腹を抱えて隅っこで爆笑。

 顔を真っ赤にしたハルヲの渾身の一撃が脳天を貫いた。


「グアッ、本気か?! この馬鹿力!」


 涙目で不条理を訴える。

 せっかく怪我が治ってきたというのにまた傷が悪化してしまうではないか。


「ああー、お前の子が迷い込んだじゃねえの?」


 割れそうな痛みを抱える頭をさすり、ハルヲに反撃をする。


「バ、バカ言ってんじゃないわよ! こ、こ、子供なんていないわよ! き、き、清い体なんだから!!」


 ハルヲは耳まで真っ赤にして自ら地雷を踏む。

 従業員の女の子達はキャッキヤッとざわめく。

 アウロはわざとらしく鳴らない口笛を吹いて聞こえないフリ。

 現れたエレナは小首を傾げた。


「ともかく、アンタの部屋に行ってみましょう。話しはそれからよ」



 部屋の扉をソッと開け扉の隙間から中を伺う、ベッドの足元でスヤスヤと熟睡している女の子の姿が確かにあった。

 肌の色は透き通るように白く、輝くような白髪、目は閉じているのでわからない。


 “誰? あれ?”

 “知らないわよ”

 “なんでいるの?”

 “知らないわよ”

 “服はどこいったんだろ?”

 “知るかっ!”


 肘鉄をくらいながら小声でやりとりしていた。

 パチクリと少女が目を開けて起きあがると、大きな欠伸と伸びをして辺りを見回した。

 美しい金眼は切れ長だがキツい印象はなく、10歳くらい? 成人にはまだちょっと早そうな、かわいいというよりは美しいという形容詞がピッタリと合う少女がそこにいた。


「キルロー」


 少女が少女らしい声色で辺りを見回しながら呼び掛けた。

 “ほら、呼ばれているぞ”とハルヲに押されて扉の中へ飛び込んだ。


「や、やあ、おはよう、今日はいい天気ですね」


 会話の取っ掛かりの定番といえば天気の話しだ。


「曇っているよ」


 少女が窓の外を眺めながら小首を傾げる。

 扉の外でハルヲは頭を垂れた。


「あぁー、ホントだ。曇っているね。ハハハ」

「変なのー」


 横目でハルヲを見ると“行けって”と小声で手を振る。


「お嬢ちゃん……………………誰?」

「? ………………………キノだよ」


「え?」

「え?!」

「えぇ?!」

「えぇえ?!」


 ハルヲと二人して交互に見合う。



『『『ぇええええええーー!』』』


 扉の外に居たハルヲとハモってしまう。

 ハルヲも驚愕のあまり中に飛び込んで来た。


「キノ?? はこう白くてニョロニョロしていて細長くて、なぁハルヲ」

「そ、そうよ。白くてニョロニョロしていて細長いの……」


 同じ言葉を繰り返す。

 女の子はケタケタと二人のワタワタしている様を笑った。


 ホントに?

 こんな事あんのか?

 蛇人スネークピープル

 そんな亜人いるのか?


蛇人スネークピープルっている?」

「知らない……聞いた事ないだけかしら……」

「でも、亜人も生まれた時から亜人だよな。猫として生まれて猫人キャットピープルになるわけじゃないもんな」

「そうね」

「そもそも爬虫類系の亜人って? リザードマン?」

「あれはモンスターでしょう」

「そうか」

「そもそもこの子がキノって言い張っているだけかもよ?」


 二人であぁでもないこうでもないと討論繰り広げている様をニコニコしながら少女は眺めていた。


「いつも仲いいね」


 笑顔で少女が二人に声を掛けると、二人揃って真っ赤になって口ごもる。少女はその姿を見てまたケタケタと笑った。


 キルロが少女の鼻についているピアスに気づいた。

 “これって…”とハルヲに指差す。

 ハルヲはそれをジッと観察して。


「キノがしていたやつね⋯⋯間違いない。………ねぇ、ちょっとこれって」


 今度はハルヲが首筋を指差す。


 “Ha-553”


 キノのテイムナンバーが首元に刻印されている。


 裸でいつまでも居さす訳には行かないので毛布で包むとキルロがお姫様抱っこした。


「この子がキノじゃないとするとキノはどこいったんだろ?」


『う~ん』


 二人で頭を抱える。

 とりあえずみんなで朝食をとることにした。


「エレナー!」


 少女はエレナに飛びついた。

 エレナは一瞬困惑した顔を見せたが、すぐに笑顔で迎え入れる。


「キルロさんが言っていた女の子? お人形さんみたい、綺麗ね」

「キノだよー」


 ちょっとふてくされて主張する。

 周りの従業員も何言っているのだか、と笑顔で顔を見合わせていく。

 女の子は目を向けてキルロに助け舟を求めるも、キルロは唸るだけで何も言えない。


「もうー、ハルヲと大変だったのに。なんで、なんでー、キラキラしたとこでキルロ見つけてあげたのにー」


 と少女はふてくされる。

 ハルヲの顔色が一瞬変わった。


「ちょっと来て」


 少女を隅へと手招きした。

 何やら二人で話しをしている、ハルヲはびっくりして目を見張ったり、少女は小首を傾げたり、何の話しをしているのかはこちらにはさっぱりだ。


「あ、そういえばアウロ生き物全般に詳しかったよな。蛇人スネークピープルっていたりするの?」

「う~ん、いるかもしれないし、いないかもしれない」

「あぁ、要するにわかんねぇって事か」


 ハルヲが少女の肩に手をやり戻ってきた。


「キノね。この子。そうと考えないと辻褄が合わないのよ」 

『え!?』

 

 その場にいた皆がハルヲの一言に固まる。

 ハルヲもまだ半信半疑なのか言い切るとまではいかない。

 悩ましそうに言葉を続けた。


「この間の吹き溜まりでの事この子ほとんど知っているのよ。というか覚えている。それこそ私達しか知らない事をね」


 ハルヲの一言は芯を捉えている。

 ハルヲとテイムモンスしかいなかった。

 尾行したとかも現実的に考えられない。

 その場にいなければ決して知りえない情報を持っていたとしたら、それが一番納得する解となるだろう。

 でも、なんで.....。


「キノ? なの……」


 口元から心許ない言葉が漏れる。

 蛇が人になるなんてありえるのか?!


「さっきからそう言っているでしょう!」


 “もう”と少女はむくれた。

 

 パン!

 

 ハルヲが手を叩いた。


「この子に起こった事はくれぐれも口外しないように。どう考えても知れ渡れば、面倒事にしかならないわ。門外不出よ、いい?」


 皆を見回して静かに語った。

 皆黙って頷く、事の重要性は伝わった。


 この子はキノなのか。

 何で人になったんだろう………。

 わかんないけどまぁキノはキノかと、キノの頭をポンポンと撫でた。


 いつか帰した方がいいんだよな。

 それも追々考えるか。


「とりあえずそのピアスと首元のナンバー消しましょう」

「これはダメ」


 ピアスを手で隠した。


「それはでもテイムモンスの証だから人がつけていたら大分問題なのよ」

「似合っているって、言って貰ったからダメ」


 頑なに拒否をする。

 ハルヲが困ったと嘆息する。

 キルロはポケットの中の石を思い出す。


「そうだなキノ、似合っている鼻ピアスは取らない方がいいよな」


 キルロが提案をする。


「うん」


 キノは力強く頷く。


「でも、家帰ったらもっと似合う石に変えてやるから、その石はハルヲに返そうか」


 キルロの提案に腕を組んでしばらく悩み“わかった”と言って鼻先を差し出した。

 ハルヲがピアスを外し、《トストィ》と首元を撫で、ナンバリングのインクを吸い出せる布で擦って消していく。


「キノはどこから来たんだ?」


 キルロが問いかける。

 いずれは、帰さなきゃいけないもんな。

 キノはキョロキョロとして指差した。 


「あっちのほう」


 北? か。


「そっか」


 とだけ答えて置いた。


「あ、そうだキルロ!」


 ハルヲが急に声掛けてきた。

 “うん?”と振り向くと。


「3万ミルドね」

「へ? ち、治療代??」

「そこはいいわよ、テイムモンスターの解除料、実費だけなんだから、ありがたいと思いなさい。そして崇めなさい!」

「崇めるか! つうか払うしかない?」

「ない!」


 そうですか。 

 今日イチのダメージ喰らいました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る