亜種(エリート)

第7話 鍛冶師のクエストときどき狼

 青く高い空の下、街の中心に構えるギルド本部へ向かい、キルロとキノは歩いている。目的はもちろん、寂しくなった懐を、潤す為の美味しいクエストを求めての事だった。

 街の中心に向かうほど、行き交う人は増えていき、喧騒は濃くなり賑わいと活気を見せ始めていた。


「兄ちゃん、その蛇どうしたんだい?」


 珍しい白蛇に、冒険者然とした男が唐突に話しかけてくる。

 また来たよと、キルロはあからさまに顔に出し、鬱陶しいながら相手をした。



「たまたま仲良くなったんだよ」

 

 適当に話しを切り上げて、ギルドへ急ぐ。人が増えると絡んでくるやつも増えるから面倒くさい。その都度かまっていたらキリがないので、男が納得してようがしてまいが、この際どうでも良かった。


■□


 ギルドに着くと採取や討伐のクエストを扱う1番の入口をくぐる。

 ソシエタス向けの大型クエストの掲示板を横目に、個人向けのクエストが張り出されている一角を目指す。


「ごめんよ」


 ごった返す人の波を掻き分けたどり着いた先、掲示板に貼られている発注書を食い入るように見始めた。

 掲示板の見つめる冒険者の目は必死だ。少しでも条件の良い、美味しいクエストをゲットしようと、我先に手を出して行くいつもの光景が繰り広げられている。

 本来ならば|鍛冶仕事《ほんぎょう】を受注したい所なのだが、如何せん手持ちのめぼしい素材は使いきってしまい、まともな鍛冶仕事はうけられそうにない。

 

 素材が欲しいな⋯⋯。


 採取系の掲示板も、人で溢れかえっていて、同じ状況だった。これといったものは、すでに取られており、碌なものが残っていなかった。


 討伐系を見てみるか⋯⋯。


 キルロは、仕方なく隣に張り出されている討伐系クエストの掲示板に視線を移す。

 

 正直、強いのはパスしたいんだよな⋯⋯。


 だが、報酬はそこそこ欲しい。相反する願いと合致するクエストがあるとは思えない。どこで妥協するか、キルロ自身、悩ましい所だった。

 そこに職員が現れ、掲示板に一枚の発注書を貼りだす。


 オークか。


 その発注書に、キルロの目はすぐにいった。

 

 そこまででもないのに、悪くない報酬だ。

 

 何枚か重ねてある一番上を剥がし、再度確認する。


 オークが数体、村の近辺を荒らしているという。良くある討伐系クエストだ。

 

 枚数があるってことは、複数人の単独ソロ受注か。

 難易度はそこまで、高くないが、オークの数が気になるな。


 複数人であたるクエストの場合、パーティーでの推奨がほとんどで、複数人であたる単独ソロ受注は、あまり見受けられない。

 メリットは、パーティーを集めるという煩わしさがない。

 デメリットは、単独ソロの集まりなので、連携が取れないことが多い。

 オークは確か多数で群れを作る習性はないはずだ、ということはバラバラに現れているオークを各個、討伐すれば良いという事だろう。パーティー持ちではない身にとってはありがたい案件だ。

 早速、手にした受注証を手に受付へ、制服の似合う凛とした美しいお姉さんに渡した。


「宜しく頼むよ」

「承ります。キルロ・ヴィトーロイン様、こちろらの調教動物テイムモンスターは、テイムナンバーはHa-553でお間違いありませんか?」


 美人のお姉さんはあくまでもクールだ。


「ああ、間違いないよ」

「クエスト終了予定日から、1ヶ月以上の申告がない場合は、自動的にクエスト失敗となります。また、現段階で複数クエストを受注されていない場合、今回のクエストが終了するまで討伐、採取クエストの受注は不可となります。何かクエストの追加はございますか?」


 めぼしい採取クエストでもあれば同時受注したい所だが今回はパス。


「いや、これだけでいい」

「了承致しました。これにて受付は終了です。無事のお帰りを心よりお待ちしております。ハヴァ ナイス ハンティング」


 感情をどこかに置いてきたんじゃないか? と思うほど見事な棒読みにキルロの感情も一瞬死んだ。


 あ、でも、そうでもしていないとここはやってられないのか。

 ある意味ここは人の死にもっとも近い場所だもんな。


■□■□


 気のいい行商人の馬車に便乗させて貰い、目的の村を目指す。

 なかなか良いスピードで進み、二日ほどで村の側に到着した。

 キルロは、お礼を言って行商人に謝礼を渡し、別れを告げた。


 村に着くとチラホラと討伐目的の冒険者の姿が目についた。単独ソロではなく、二、三人で簡易パーティーを組んでいる姿もあった。

 ヒューマン、獣人、ドワーフなど人種は様々で、クエスト前だというのにリラックスした空気が、今回のクエストの難易度の低さを物語っていた。

 村の住人も、集まる冒険者の数に安心したのか、笑顔も見える。村人たちは、歓談している冒険者に食べ物などを振る舞い、冒険者たちも笑顔で応える。牧歌的な空気の流れる良い村だ。


 さて、まずは情報収集しないとだな。


 冒険者からは碌な話は聞けなさそうもないので、村の住人に話しを聞き、目撃情報を地図で照らし合わせていく。

 

 西の方に目撃情報が固まっている。

 群れないオークだから、もう少しバラけてると思ったんだけどな。

 

 キルロは、“見間違えじゃないのか?”と思わず二度聞きしてしまった。その村人は、三匹程の群れを見た事があるという。

 

 群れないはずのオークの群れ⋯⋯。

 まずは明日、西を探索してみよう。


 翌日、キルロとキノは、地図に印をつけた西へ向かう。

 高い木々に覆われている一般的な森で、道らしい道は無く迷わないようにナイフで印を刻みながら進んでいった。


「いないな」


 キルロは、キノの頭に手をやり辺りを見回した。

 しばらく当てもつけずに森をさまよっていると、空気が変わった。

 キノが鎌首をもたげ、一点を見つめる。


(ゴァ⋯⋯)


 北東から風にのって微かな咆哮が聞こえてきた。

 キルロは躊躇なく、音の方へと駆けて行く。


(ゴゴァ…)

 

 バキッ! メキッ⋯⋯。

 地響きと共に枝を折れる音が鳴り響く。

 確実に近づいている。

 キルロは、緊張をほぐそうと立ち止まり、大きく息を吐き出し、心音の高鳴りを抑えようと試みた。

 真っ直ぐに音の方へ進む。すると、遠方に動く物体を発見した。

 いた。

 間違いないオーク達だ。

 

 体長は200Mcほど、緑色かかった固い皮膚に、下アゴからは長い牙が左右に一本づつ頬に突き刺さんばかりに生えていた。

 筋肉の塊と化したずんぐりとした体を揺らし、邪魔になる枝を固い皮膚が何事もないように、掻き分けて歩いていた。


 うん? オーク達?!!


 三体のオークが、首を左右に振り何かを探しながら突き進んでいる。

 

 言っていた通りだ。だが、三体同時はマズい。


「こっちだ!」


 人の声が聞こえてきた。似たタイミングで発見した冒険者がいた事に、キルロはほっと胸をなでおろす。

 人数次第ではなんとかなるかもしれない。そんな期待が、キルロの足を急かせた。

 キルロは、現場へ急いで向かう。現場に近づくと5、6人の冒険者が目に入った。

 

 これならなんとかなるかもしれない。

 

 心が少し落ち着きをみせる。二人で一体くらいなら余裕だと、

 キルロの中で余裕が生まれていた。


『『『ゴアアアァァアアアアーーー!!』』』


 そんな思いを吹き飛ばす咆哮が、三体の後から地響きとなり轟く。それは耳の奥まで震えるほどの咆哮。キルロは、その先に目を凝らした。

 キルロの淡い期待を無残にも消し飛ばす、圧倒的な存在感を視界に捉えた。


「なんだあれ⋯⋯?」


 誰に言うでもなく、キルロの口からこぼれ落ちる。姿はオークなのだが、通常のオークの1・5倍はある体躯。緑というには余りにも黒みかかった皮膚。それを持つ異質感に、キルロは困惑してしまう。

 キルロは困惑共に、本能的に立ちすくんでいた。

 心の警鐘が、体を硬直させたていた。

 その黒く太い腕が放つ一振りで、太い木が根っ子からいとも簡単に抜き取られ、地面へと投げ出された。その圧倒的な力は、キルロから、抗う力を奪い去る。


 あれはヤバい。ヤバ過ぎる。


 キルロはその光景に目を見開く。心臓の拍動だけが跳ね上がる。

 

 間違いないあれは亜種エリートだ。

 

 圧倒的な力を見せつけている、亜種エリートとの遭遇に、テンション上げて突っ込んで行く冒険者が目に入った。

 気勢を上げて飛び込んで行く、冒険者達から危うさしか感じない。


「止まれー!!」


 キルロは反射的に叫んでいた。


「なんだビビったのか、だったら大人しくしてな」


 突っ込んで行く冒険者が、キルロの制止など意に介さず、血走った目で言い放ち、突っ込んで行ってしまう。

 それ機にして、他の面子も突っ込んで行ってしまう。

 

 勇気と無謀を明らかにはき違えている。


「退けって!! 亜種エリートだ! 手に負えねー! 一回引き返せー!! おいっ!!」


 キルロは、有らん限りの声で制止を試みるが、冒険者達は全く取り合わない。まるで、恐怖をどこかに置いて来たかのように、突っ込んで行った。


「おい! ⋯⋯?」


 再度呼びかけようとするキルロの腕を有らん限りの力で引いてくる、眼鏡を掛けた狼人ウエアウルフが横に立っていた。


退くぞ」


 狼人ウエアウルフは、そのままキルロを現場から離していく。


「ちょっと待て、まだヤツらが⋯⋯」

「無駄だ。アイツらはカコの実を齧ってやがる」

「カコの実を!? 本気か?!」


 カコの実。その実を齧ることで、恐怖心はなくなり、多幸感に包まれるという。

 だがその反面、冷静な判断が出来なくなり、ただひたすらに突っ込む事しか出来なくなる。狂戦士バーサク化と違い、能力が上がる訳ではないので、こんな所で使い所はあまりないはずだ。自分達より上のレベルを相手にするときに使うなんて自殺行為に他ならない。ましてや、圧倒的なレベル差を前にして、冷静さを失うなんてありえない行為だ。


「おまえさん、蛇と一緒にここで死ぬか?」


 狼人ウエアウルフの眼光鋭い睨みに、反論など出来る訳がなかった。


「ちきしょう!」


 キルロは、キノをチラっと見つめ、声を上げた。悔しさを噛み殺し、狼人ウエアウルフの言う通りオークの群れに背を向けた。


 『『ゴギュッ! ゴギュッ! ゴギュッ!』』


 と、背中越しに肉と骨が潰れるイヤな音。そして、助けを求める悲鳴が鳴り響き続ける。

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