鍛冶師と調教師 ときどき勇者と 【改稿中】
坂門
第1話 出会い
その黒い霧は、まるで悪意を持って人々の住む世界へと南下していた。
勇者とその
吹きすさぶ悪意を持った黒い霧は、視界を塞ぐほど激しく、
勇者達は折れない心を武器に抗い続ける。
人々の安寧のために【
だが、街の人間達は、そんな勇者達の困難など知りもしない。
いつもと同じ一日を謳歌する———。
■□■□
街道を塞ぐ十匹ほどのゴブリンの群れが行く手を塞ぐ。
対峙する壮年のいかつい冒険者と、首からゴーグルを下げるやんちゃそうな青年。
壮年の冒険者は、顎を撫でながら後ろの青年に、いかにもな口調で言い放った。
「こいつは厄介だ。兄ちゃんは下がっていろ。オレがコイツらを引き受けてやる」
「そうかい。そいつは悪いな。んじゃ、まぁ、遠慮なく」
群れの最後方に陣取る、装飾品を纏う上位種のレッドキャップ。冒険者から剥ぎ取った戦利品を纏い、力を誇示する習性がある。
そして今、まさにそのレッドキャップが、首からぶら下げている白い鋭角な欠片がいくつもついた首飾りを見つめ、冒険者は目を細めていた。
(サーベルタイガーの牙⋯⋯)
冒険者は口端を上げ、頭の中で
(サーベルタイガーの牙)
とでも思ったのかね。青年は冒険者の後ろ姿に、ニヤリと口端を上げると、サッサと踵を返し、街道を駆けだした。
ありゃあ、サーベルタイガーの爪だ。
青い瞳の小さなエルフが小袋一杯の爪を差し出し、『いらないから、あんたにやるわ』と言っていたのを思い出し、また口元に笑みを浮かべた。
さてと、言われた通りお任せするかねぇ。
元々、街道のゴブリン退治のクエストなんて興味はなかった。助っ人付きで、楽に街道を進みたかっただけで、ちょうどいい感じでさよなら出来た。
冒険者さん、今頃必死にゴブリンを叩いているんだろうな。爪でもそれなりに価値はある、まぁ頑張ってと一応エールは送っておくか。清算の時に気が付いて、えらい落ち込むだろうけど、欲をかいた結果だ、いい勉強になるだろう。
街道に並ぶ高い木々の隙間を逸れ、剝き出しの岩肌にぶつかる。一日中木々の葉が陽光を遮っているためか、空気はひんやりとして心地いい。
高くそびえる岩肌を眺め、そっとその岩肌を撫でて行く。指先が岩肌に触れると、パラパラと少しばかり崩れ落ち、削りやすそうな場所にあたりをつけた。
「ここに決めた」
ゴーグルを装着し、腰に携えたピッケルに手を掛ける。自慢のアダマンタイト製の刃先が優しく、そして大胆に岩肌を削っていった。
コン。
刃先が埋まる程削、指先にると、刃先から伝わる感触に青年はほくそ笑む。
ゆっくりと繊細な手つきで、岩を削ると土くれの間から覗く輝きを放つ銀色の何か。
指先で銀を愛でる。素早い手つきでその銀塊を掘り出して行く。見えてくるその全容に青年は破顔する。
「キター! ハイミスリル!! フヘヘヘヘ」
銀塊を抱き締めながら、頭の中では高級素材に皮算用。
剣もいいな、いや、鎧にしちまった方が需要あるかな? いやなんにせよウマウマだぜ。
「フヘヘヘヘ」
森の外れにある岩肌に向かい、ひとりでだらしのない笑いを浮かべてしまうほど上機嫌で、その銀塊を背中のバックパックに丁寧にしまっていった。
今日は何ていい日だ~。
鼻歌まじりに森を進む。背中に感じる銀塊の重さが青年のテンションを更に上げていった。
少し湿った森の土を踏みしめ、森の空気を肺にいっぱい吸い込む。
ひと仕事を終えたあとの空気は美味い!
そう思った矢先、空気の微細な変化に辺りを見渡した。森で仕事をする人間は、その微細な変化が命取りになる事がある。
青年の目に映る、30Mi程先でこちらを睨む体長2Miはありそうな巨大な猪。
鼻息荒く、自慢の牙を青年に向けていた。今にも飛びかからんばかりの鼻息が離れていても届いて来そうな勢いに額にじわりとイヤな汗が滲む。
まぁ、落ち着こう。たかが一頭、落ち着いて対処すれば⋯⋯。
「本気か!?」
ひと呼吸あけて見つめ直すとそこには、都合10頭程の立派な群れが現れた。額どころか体中の穴という穴から汗が噴き出す。
あれはダメだ!
一瞬硬直し掛けた体に自身で鞭を打つ。方向などどうでもいい、あの鼻息から逃げろと、もつれそうな足を必死に動かし、木々の間を抜けて行く。
飛び出した木の根や、岩が行く手の邪魔をした。その度にもつれる足を前へと蹴り出す。
後ろに感じる圧はじわじわと大きくなってくる。地面を力強く蹴る音が大きくなっていった。
ヤバイ! ヤバイ!
突っ込まれたら、一瞬で終わる。あの鋭く大きな牙で、一発であの世行き決定だ。
心臓が激しくポンプし血液を体中に巡らす。肺がもう無理だと呼吸を拒絶し、苦しい。
自身の呼吸音と後ろからの足音が焦燥感を煽る。
何かないか? 何かないのか?!
後ろへと流れる景色に中、視線を激しく動かした。
前方に見える太い枝が伸びる大木。
青年は迷う事な大木を目指す。
大きくなって行く地面を踏むいくつもの足音に、見ないようにしていた後ろを一瞬覗いてしまった。
30Miあった距離は、すでに10Miを切っていた。
間近に迫る、いくつも巨躯に心臓はさらに激しくポンプする。
行け! 行け! 行け!
もっと速くと、大木の枝だけを見つめ足を動かした。
飛べ!
青年は枝へと手を伸ばす。
足元を駆け抜けて行く猪の群れ……。
手の平はしっかりと枝を掴み、体を枝へとせり上げた。
た、助かった⋯⋯。
太い幹を伝い、ひとまず上へとのぼり、ほどよい枝ぶりの根元に腰を下ろした。
「かはっ、はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
悲鳴を上げた心臓と肺を落ち着かせていく。額から流れ落ちる汗を拭い、全身の力を抜いた。あとは、ヤツラが過ぎ去ってくれれば、ハイミスリルと共に帰還するだけだ。
肩の力を抜いて、空を見上げる。晴れやかな心を嘲笑うかのような激しい擦過音が下から届く。
ガリガリ! と獲物を求めるレギスボアス達が我先にと、大木の幹を削っていた。その勢いは今にも太い幹を駆け上がらんばかりで、青年は顔をしかめ、辺りを見渡していく。
重なり合う木々の枝。
これを伝って行けば⋯⋯。
イヤ、辿り着けたとしても下の群れもついてきたら街の人間からひんしゅくを盛大に買ってしまう。
まいったな。
うん?
シュルルと白く長い影が木々の枝をスルスルと縫ってこちらに向かって来た。
ううんん???
まさか⋯⋯あれは⋯⋯蛇?!!
青年にとってこの世で最も苦手とする生物。
嘘だと言ってくれ。今日はいい日だったはずだ。
青年はぎゅっと目を、きつく閉じた。見た物が無かった事になるのでは、ただ勘違いで終わるのでは、そんな淡い期待を胸にそっと目を開けていく。
目の前に赤い舌をチロチロと見せる、金眼の白蛇が近づいて来た。
150Mcはある大きな白蛇を目の前に、思考も体も固まり、シュルシュルと枝を縫う白蛇を見つめる事しか出来ない。
あれ? 何でこうなった?
何でこうなっているの?
本気か?
サラサラ葉を揺らす爽やかな風も感じず、途方に暮れる。
上も下もまさかの逃げ道無し、今日はラッキーデイだったのでは?
誰か嘘だと言ってくれ。
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