第4話 転道4

 背中に感じるひんやりとした草の感触と、肌を撫でる心地よい風を感じて夏蓮は目覚めた。

 射し込む太陽の眩しさで目を細めながら、ゆっくりと身体を起こして辺りを見回す。するとそこには自分の住んでいた都会には無い、広大な草原が広がっていた。


「本当に異世界なのか? 」


「そうさ」


 隠れる所も無い草原であるにも関わらず、独り言に反応する声が聞こえ辺りを見回す。


「なーにキョロキョロしてるんだよ。

此処だよー。こーこ。」


 そう言うと声の主は夏蓮の身体の心臓辺りからスルリと透けて姿を表した。


「う、うわぁ! 」


 夏蓮は自分の身体から出現した生物を見て、無意識に後退りする。 


 そこには『元の道』では見たこともない生物学がペロペロと自分の前足を舐めながら立っていた。


 人語を話したそれは手のひら位の大きさで、一見黒猫の様な姿をしていた。ただ猫とは違い、自身の身体と同じくらいの大きさの尖った菱形の耳が頭から延びている。



 痛みも感じなかったことから、なんとも無いことは分かりつつも、夏蓮はそいつが出てきた心臓辺りを撫でて確かめる。


 そんな慌てぶりを気にする事無く、その謎の生物は話出した。


「俺はセロ。

 アルティ様からお前に与えられた守護精霊さ」


 自らをセロと名乗ったそれは、口調は偉そうな感じで話してはいるが、とても可愛らしい声をしていた。


「守護……精霊? 」


「そうそう。まぁ、普通の転道者には守護精霊なんか付かないんだが、お前はアルティ様に気に入られたらしいな。

 それともう一つ俺には役目があってだな、お前の中に封印されている特集ステータスを解放するために今こうして具現化してきたんだよ」


(特殊ステータス……そういえばあの悪魔の様な女が言ってたな)


 アルティが言っていた転道者に与えられると言われているギフト。その時には内容を教えて貰えなかった事を思い出す夏蓮。


(なるほど。コイツから特殊ステータスとやらを受け取って異世界での生活がスタートするんだな)


 きっと俺達を殺した犯人に復讐するのにも役立つ筈だと考え、さっさと受け取ってしまおうと考える夏蓮。


「じゃぁセロ、その封印を解除してくれるかな」


「呼び捨てにしてんじゃねーよ。チッ。仕方ないからやってやるよ」


 予想していなかったセロの悪態に少しイラッとして文句を言いたくなるが、その小動物の様な姿を見てグッとこらえる。


 セロは夏蓮の前に立ち、封印を解くための指示を伝えてきた。


「やることは簡単だ。お前みたいな阿呆でも出来る。さ、俺を手に抱いて額にキスをするんだよ」


 セロの言葉使いが気に食わないが、今は指示に従っておくべきだ。そう思い言われた通りにセロを抱き上げ、短い毛に覆われた額にキスをする。


 その瞬間、夏蓮とセロは青い炎に包まれ、全身が焼けるように熱くなる。


「ひっ! うわああああ!」


 皮膚の焼けるような感覚に思わず叫ぶ。業火に身を焼かれる感覚……首筋を刺された時とはまた違う痛み。


 呻き声をあげながらもがき苦しんでいたが、暫くすると徐々に熱が引き、手の中にいた筈のセロはいつの間にか居なくなっている。

 そしていつの間にか青い炎は完全に消えていた。


「ハァ……ハァ……」


 四つん這いになり、何とか息を整える夏蓮。先程の炎によって着ていたものは全て焼失していたが、地面に着いた腕を見る限り皮膚は無傷であり、既に痛みも無くなっていた事に気付く。


 なんとか呼吸が落ち着いた所でゆっくりと立ち上がり、辺りを見回したがそこには先程と変わらない草原があるだけだった。


 先程の苦しみによって汗ばんだ身体を冷たい風が乾かしていく。


「気持ちいいな……」


(ん? とてつもない違和感。今、私が呟いたんだよね? )


「あー。あー。」


 違和感の正体を確かめる為、再び声帯を震わせて声をだす。


(聞き間違いじゃない! )


 夏蓮の喉から発せられた声は、本来の声変わりした男のものではなく、とても可愛らしい感じの女性のものだった。


「セロ! いないの?!」


 どうなっているのか聞こうと思い、周りを見渡しセロを探すが何処にもいない。そして足元に視線を落とした瞬間、更なる衝撃が夏蓮を襲った。


「えええええ?! なんなのこれぇぇ!! 」


 見ようとした地面は自分の胸にある丸い膨らみに遮られて見えなかった。そう、本来であれば男には無いもの。立派な女性の乳房がそこにはあった。


(まさかっ……!! )


 嫌な予感がして自身の股関に手を伸ばす。


「ない!! アレがない!! 」


 そこに彼、否、今となっては『彼女』が慣れ親しんだ分身は居なかった。


 それがわかると、夏蓮は自分でもバカだと思いながら、思わず周りに落ちていないかキョロキョロと辺りを見回した。

 そしてそれが落ちている筈も無く、混乱のあまりその場にへたりこんでしまう。


「ふぅ。ギフトの封印解除も中々体力を使うな 」


 声が聞こえ、セロが先程と同じ様に夏蓮の左胸から飛び出し、草の上に着地して振り返る。


 ……が、そこでセロは動かなくなってしまった。


「ん?おーい。セロー? セロさーん……? 」


 声を掛けたが反応がない。どうしたのだろう?


 そう思いセロを抱き上げるつもりで近づいた瞬間、フリーズしていたセロが黒い炎を纏い、突然目線程の高さまで浮かび上がる。


 そして、先程迄のセロのものとは違う聞き覚えのある声で話し出した。


「あらあら、とても可愛くなったじゃない♪ 」


「その声は……アルティ! 」


 セロからは先程までの可愛らしい声ではなく、なんとあの悪魔……アルティの声が発せられていた。

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