第3話 転道3

 アルティと名乗った女性は、生前に夏蓮の定位置であったPCデスクの前に置かれた椅子に座って居る。


 腰くらいまで伸びた金髪に金色の瞳、肌は透き通る程に白く、とても神秘的な雰囲気を纏っていた。

 そして服は白いビキニの様な露出の高いもので、その上には金色の糸で刺繍ししゅうが施されたローブを肩に掛けている。


「あ、はじめまして」


 混乱した夏蓮は思わず間抜けな挨拶を返してしまう。


「大丈夫ですよ。最初は皆さんが貴方と同じ様な反応をしますから」


 反応を楽しむ様にクスクス笑いながら話しかけるアルティ。


 本来、これ程綺麗な女性がクスクス笑っている姿というのは素晴らしいものなのだろうが、この異常な状況ではそんな風に思えるはずも無い。

 正直、頭の回転が追い付かない夏蓮は苛立った顔をしてしまっていた。


「ごめんなさいね。順を追って説明しますね」


 一応謝罪はしているが、彼の苛立ちなど気にも留めない感じでアルティは言葉を続ける。


「まず自己紹介をしますね。

 先程も申しましたが、私の名前はアルティ。

 魂の選別を任された高次元の生命体です」


「魂の選別? 高次元生命体? 言っている事が良くわからないんですが……」


 頭の中に一気に沸き上がる疑問がそのまま口から出ていく。


「貴方達の世界では、私たちの様な存在を『神』と呼んでいるみたいですね。

 私は死を迎えた魂の中から、特定の原因で死んだ者の魂を呼び寄せ、選択肢を与えています。

 但し、条件に当て嵌まる全ての魂と言うわけではなく、あくまでもその中から私の目に留まった魂を……ですが。

 ちなみにこの部屋は本当の貴方の部屋ではなく、私の部屋が貴方にとって馴染みのある景色を投影しているに過ぎません」


 アルティが一つずつ説明してくれるが、やはり理解が追い付かない。

 ただ、死んだ自分に何かを選択させてくれると言う事だけは理解出来た。


「選択って、何を選択させてくれるんですか!?

 もしかして、生き返らせてくれる……とか?」


 唯一理解できた点について、淡い期待を抱きながら問う。


「残念ですが、私の能力では貴方をそのまま生き返らせて差し上げる事は出来ません」


(やっぱりそうか。まぁそうだよな……)


 多分彼の顔に浮かぶ落胆の色が見えたのだろう。すかさず続きの説明をするアルティ。


「私が与える選択肢と言うのは、転移転生についてです。

 貴方が住んでいた世界の総称を人間界とでも呼びますね。

 総称と言ったのは、人間界も実は複数存在しているからです。

 例えば貴方の居た世界では、異世界、パラレルワールドというのが、最も近い表現でしょうか。そして人間界に属するそれぞれの各平行世界を私達は『道』と呼んでいます」


 なんかとてつもなくスケールの大きな話しになってきたな、と思う夏蓮。

 まるでファンタジー物のラノベとかアニメに出てきそうな話である。


「本来、『ある道』にて死した魂は、『同じ道』で新たな生命として転生します。つまり、魂は特定の『道』の中で死と生を繰り返しており、その中の魂の総量は一定に保たれます」


 そして、ここでアルティの顔からそれまでの優しい笑顔が消え、真剣な眼差しを夏蓮に向ける。


「そして選択の具体的な内容についてですが……。私が此処へ導いた魂は、転生を繰り返してきた自分の『道』から外れ、『新たな道』で転移・転生することが出来る権利を得ます。但し元の『道』には二度と戻れないのですが……。

 あくまでも選択する権利であり、強制ではありません」


(これって……異世界転生と言うやつなのでは?! まさかラノベやアニメの様な展開になるなんて)


 死と転生を語るには、余りにも軽い考えが夏蓮の頭の中に浮かぶ。


「その通り。異世界転移・転生ですね」


「な?!なんで心のなかで思った事が分かったんだ?」


 心を詠まれて驚く夏蓮に、既に最初の優しい笑顔を浮かべながら、彼女は疑問に答えてくれた。


「魂というのは情報の塊みたいな物なのです。だから私にとっては、貴方の発言と思考の間に区別はありません。

 ちなみに凄惨な死を迎えたにも関わらず、怒り、悲しみ、恐怖を殆ど感じていないのは、それらの感情を司る情報を、私が一時的に隔離しているからなのですよ」


 普通であれば自分と家族全員が殺されて冷静でいられるはずは無い。また、この異様な状況やアルティの説明もすんなりと受け入れる事は困難だろう。

 夏蓮が比較的冷静にいられたのはアルティの精神操作によるものだったのだ。


「話が逸れましたので戻しますね。『他の道』……異世界へ渡ることを選んだ場合、一度目の人生は基本的に死を迎える直前の状態、記憶も肉体も保持したままとなります。」


「と言うことは、一度目の異世界の人生では誰かから産まれて育つ訳ではなく、両親も兄弟も自分の歴史も何も無い今の状態でスタートと言う事なんですか?」


「えぇ。その通りです。

 一度目の人生は異世界転生と言うよりは異世界転移ですね。

 ややこしいので私達は一度目の転移とそれ以降の転生を含めて、『転道』と呼んでます」


 転道、それは一度死ぬまでは異世界に家無し、知り合い無し、無一文で放り出された状態から生きて行けという事だった。


 夏蓮は思った。良くある異世界物と言えば転生者はチート能力とかを持って、イージーモード全開なのに、これではベリーハード状態だ、と。


「そのご心配は最もですし、転道者の多くは一度目の人生をやはり長く生きられません。但し、何も持たずに、と言う訳では無いのです。 転道者にはギフトと言う特殊ステータスが与えられます。どんな内容かは転道してからしかお教え出来ないのですが……」


 殆どの転道者は長く生きられない……。夏蓮の思った通りやはりベリーハードなのだろう。

 特殊ステータスについては気になってはいたが、彼はアルティの言葉で言う所の、自分のいた『道』がそれほど嫌いではなかった。

 虐められたりはしたが、文化的にはとても気に入っているというのが正直な所だ。


 なので、ここは従来自分の魂が転生する筈の今まで通りの『道』を選択して、新たな人生をやり直す事が無難だと思えていた。


「さぁ、一条夏蓮さん。そろそろ選択して頂かなくてはなりません。答えをお聞かせ下さい」


 思考が詠める筈なのになぜ聞くのか分からないと思いながらも、口に出して選択の結果を宣言しろということだろうと理解する。そしてアルティの望み通り、先程考えた選択を宣言しようと夏蓮は彼女の目を見つめた。


 そして口を開く。


「僕の選択はーー」


 そこで突然、選択を伝えようとした言葉を遮り、アルティはそれまでの柔らかな優しい雰囲気から一転し、とても妖艶で、鋭い笑みをその美しい顔に浮かべ、こう言った。


「ちなみに貴方の家族も、貴方達一家を殺した者も、貴方以外は全員が転道したわよ」


 自分を神と言った女は、突然悪魔のような禍々しい雰囲気をまとい夏蓮にプレッシャーを与える。


 そして彼女はパチンと指を鳴らした。


 ーードクンッ


 その瞬間、夏蓮の中にアルティによって隔離されていた筈の感情が沸き上がる。


 怒り、悲しみ、絶望、混乱。

 負の感情が奔流となり、それが身体を引き裂くような痛みを伴いながら全身を走り抜ける。


 悲しい。怖い。憎い。憎い。憎い。憎い。


「%#¥#@%○※&¥#%ッ! 」

 

 苦しさの余り、夏蓮は頭を抱えて床をのたうち回りながら意味不明な言葉を叫んでいる。しかしそんな状態でも彼は理解した。何故、このタイミングでアルティがこのような仕打ちをするのか……。


 それは、目の前の女は最初から自由に選択させるつもりなど無いからだ。理由はわからない。なにか都合があるのだろう。

 そもそも自分を神だというのだ。それが事実なら、選択の結果ですら自分の思い通りになって当たり前なのだ。

 そして絶えず湧き出す憎しみの感情の中から、一つの黒い欲望が生まれる。


(こんなことになった元凶を、笑いながら僕を殺したアイツを……殺したい!! 復讐したい!!)


 この欲望が生まれる事はアルティにとっては予想済みだった。いや、全てはそうなるように仕組んでいたのだ。

 

 アルティは冷たく見つめる。瞳から血の涙を流し、憎悪を含んだ目で自分を睨み付ける夏蓮を。


 そしてカレンは肩で息をしながら赤く霞んだ視界の中に彼女を捉え、こう宣言した。


「おい悪魔め……。転道だ。犯人を絶対に見つけて殺してやる……」


「ウフフ。そう来なくちゃ」


 そう言うとアルティは満足そうな笑みを浮かべ、右手の人差し指を夏蓮の方に向けた。その手の形は、よく拳銃のシルエットとして認識されるものだ。


「いってらっしゃい♪ 」


 言い終わると同時に人差し指の先が赤く光り、夏蓮はそこから放たれた閃光によって心臓辺りを貫かれ、その直後に意識が途切れたのだった。

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