空の果てに私の居場所はあるのか
egochann
第1話
関東でも大手のスーパーマーケットを経営する会社に勤務する鎌田理恵は、次の会議に間に合わせる資料をかき集める作業に追われていた。
午前8時30分。
9時からの関東東部地区の管理部門会議が始まるまでに出席者全員分の資料を昨夜深夜まで作成していたのだが、今朝出社すると、管理部長から資料の手直しを命じられて、理恵と同僚の草野とふたりで大急ぎで訂正と追加の資料をプリントアウトして、冊子にまとめなければならなかった。
追加の資料の作成は、会議が始まる前に急に指示されることは日常のことであったが、文章の訂正まで加わっているので、理恵が訂正部分を担当し、草野が追加の資料のプリントと理恵が直した文章のプリント、冊子作りを担当していた。
草野は理恵の一年先輩の女性社員であったが、販売現場から管理部門に配置換えされてからまだ半月で、実質理恵の下についている状態だった。
「今日は突然だもんね、まいっちゃうわよね」
「昨日家に帰ったのって終電間際よ。お風呂にはなんとか入ったけど、ろくに寝てないもの」
おたがいに愚痴を言い合うくらいしかストレスの発散はなかった。
会議も無事に終わり、遅めの昼食休憩で会社近くのカフェでランチを食べているときだった。
スマホが鳴ってラインが来た。
「明日の夜にいつもの場所でどう?」
婚約者の森内好太郎からだった。
好太郎は理恵より4歳歳上の男で、都内で複数の商業ビルや公共施設の管理を専門としている会社に勤めていた。
「大丈夫、何時にする?」
「午後8時なら遅れずにいける」
「そうしましょう」
理恵と好太郎は、次の年の春に結婚する約束をしていた。
お互いの両親もその日程で賛成しており、後は結婚後の新居をどうするかといったことで話し合いをしなければならなかった。
「結婚式の会場は決まったんですか」
草野がランチのバニーニを頬張りながら聞いてきた。
「いくつか候補はあるんだけど、まだ見にいってないから」
「親のこととか大変でしょ」
「そうね、うちの場合はおまかせだけど、彼の両親は希望があるみたいだから、どうなるかだわ」
理恵にとって、やはり好太郎の両親との関係は何より気を使うところなので、気が重たいものであったが、それよりも好太郎との結婚のほうが楽しみだったので、重たい心をすこし軽くしていたのだ。
好太郎の会社は虎ノ門にあった。
本社ビルは14階建ての新築だった。再開発が進む新橋一帯に複数の管理物件や自社物件を持ち、管理部門だけでも100人を超える社員がいて、好太郎はビル管理部門の主任補佐という役職だったが、同期の大半がまだ平社員のなかにあって、出世は早い方だったのが、好太郎のやる気を高めていた。
「主任、新橋第一ビルの清掃会社の転換に関する決済をそろそろしないとまずいと思うのですが」
好太郎が担当するビルの清掃会社の転換は一年前からの案件で、主任と課長の間で、ややトラブルが起きそうな案件なので、好太郎も気を使っていたのだった。
それまで20年にわたって同じ清掃会社と契約していたのだが、昨今の人手不足から外国人の割合が多くなりすぎており、テナントから多くの苦情が寄せられていることもあり、清掃会社に改善を要望していたものの、なかなか改善されずに、とうとう契約更改をせずに新しい清掃会社との契約に踏み切ることを社内的には決済しなければならず、課長は長年付き合いのある会社にしたいとの意向があるものの、主任は他のビルも頼んでいる新進の会社にしたらどうかと課長と話し合いを続けたがなかなか結論が出ないのであった。
「まあ、今回は課長に折れるしかないだろうな。頑固だからな、課長は」
「今の清掃会社には内々で伝えておりますから、ごたごたすることはないと思います」
「決まったら、頼むよ」
主任の川村とは息が合っていた。課長は50歳代後半の男で、管理部門ひとすじの男で、ベテランだが、融通は聞かない。それに比べ、主任は40歳代で発想も柔軟で、部下思いでもあり好太郎も信頼していたのである。
そのとき、課長が青い顔をして好太郎と川村の前にやって来た。
「部長が行方不明だ」
好太郎と川村は顔を見合わせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます