西暦2017年(平成29年)夏 鎌倉花火大会

 ヒューン、パーン、パパパ、パァ、ドーン、ドドドーンと花火があがる。

 今日は、由比ヶ浜の花火大会だ。

 夜空を彩る華花はなばなは、ゴージャスに咲き、瞬時に消える。パラパラパラと名残の花びらがゆっくりと落下する。間髪入れず、先を競って花火は上がる。赤に青にシャンパンゴールド。

 浜辺の歓声が重なり波打って花火を夜空に押し上げる。


 今年の花火大会は資金不足のため取り止めと決まり、「なんだとうー」と叫んでやけ酒を飲んだ市民が多く鎌倉にアル中が蔓延した。

 それなのに、花火は上がった。


 ここは、稲村ケ崎の山中にある精進料理屋。怪しげな和尚が営む小さな店だ。

 忠吉は、この家の飼いネズミ。

 三食では、太りすぎで身体に悪いからと朝晩二食をご主人さまから頂いている。有難いことに忠吉という名前も付けてもらった。

 朝は、軽くご飯と味噌汁だ。

 夕飯は、その日の料理によって様々だ。

 ご主人さまの精進料理屋は、予約が必要な高級店と言うことになっている。急に来られても材料や準備が間に合わないからだ。

 元は鎌倉の名刹の典座てんぞだったが、つまらない喧嘩が元でしくじって以来、酒に明け暮れる生臭坊主だ。典座は、寺の賄方だ。昔取った杵柄で、精進料理を供しているが、そこはそれ生臭だから、肉も魚も紛れ込む。肉の化けの皮を暴いてみれば、押したり引いたり、干したりした蒟蒻だったりするが忠吉の知るところではない。

 何はともあれ、忠吉の食生活は贅沢三昧だ。

 たまに、餌皿の中に極上の日本酒が紛れ込んでいる。そんな日は、忠吉も有難く酔っ払いネズミとなり、かたく戒められている柱齧りを楽しむ。腹は空いていないので、ほんのお遊び、趣味である。

 花火の音が、ヒューウゥゥ、ドンドンドドーンと続く。「止めるよ」と言った西暦2017年の第69回鎌倉花火大会だ。

 何とかせねばと立ち上がった市民がいたのだ。市内各所に募金箱が設置され、十円玉でも百円玉でも誰でもが「花火よ上がれ」と寄付することが出来た。

 そして去年より更に身近になったイベントが、胸を張って華やかに始まった。四千発の大盤振る舞いだ。


 すったものだの挙句、何でもクラウドファンディングとかで、資金を集め開催となったのだ。庶民の力だ。歴史ある花火大会を簡単に止めると言った責任は、誰も取らずに済んだ。

「金がない」だとぉ、考えろよ。どうにかならないか、悩め、悶えろ、のたうち回れと叫んだ和尚も、今夜は大人しく材木座へ出かけている。


 クラウドファンディングのひな形は、17世紀の寄付ビジネスモデルだ。書籍の印刷代を募ったと言う。1884年には、アメリカ自由の女神像制作委員会が像の台座用の資金の寄付を募った。

 と、インターネットは何でも教えてくれる。本当か嘘かを見極めるのは、あなた次第。

 2017年、一度中止と決まった第69回鎌倉花火大会が、クラウドファンディングで瞬く間に資金を集め開催された。それは、市民の意向を無視して中止を決めたお上に対する、ささやかな反乱だ。


 忘れられてしまった餌皿を探して、母屋を覗いた忠吉が見つけたものは、酒の中を酔っぱらって泳いでいる花火の夜特選料理だった。和尚は毎年、下ごしらえをした食材を持って材木座のレストランに手伝いに出かける。丸太屋という材木屋みたいな変な名前の店だ。材木座海岸に面した今時湘南レストランだ。盛況の店の台所を手伝いながら目の前で花火を楽しむ。祝い酒を飲みつつ手伝う。今夜も何時もの年よりグダグダのはずだ。

 実は、忠吉がいくら上を見上げても花火を見ることは出来ない。稲村の山の中で音だけを楽しむのだ。

「難しいことはいいじゃないの。おいらも今夜は酔っぱらっちゃうよ。幸せだねぇ」

 酔っ払いネズミが、寝息を立て始めると、青虫が一匹、のそりと動いた。

 謎を秘めた裏の竹やぶが、花火に染まって心地よげに揺れた。

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