第89話 同じ場所に向かって

 役割を受けると返事をしに行って帰ってくると、家の近くでミーアが待ち伏せしていた。


「あれ? リルさんと一緒じゃないの?」

「フランクくん来てるからね。あたし達がいたら邪魔でしょ? 散歩って言って出てきちゃった」


 そう言って茶目っ気たっぷりに可愛らしく笑う。

 それは妹への気遣いなのだろうが、あの愚痴を聞いた後だと、小さな仕返しにしか思えない。


「それに、あたしもクレオパスさんに話があったし」


 だが、すぐに真剣な顔になる。それで、ミーアの目的はこちらの方だと分かった。


「うん。分かった」


 そう答えるより他はない。

 とりあえず庭にある椅子に一緒に座る。


「あのね、クレオパスさん」


 ミーアが口を開いた。


「クレオパスさんはあたしの事、嫌いなわけじゃないわよね?」


 嫌いなわけがない。むしろ好きである。それは昨日、父と話している時に自覚した。


 でも、それを言っていいのだろうか。クレオパスはここを離れるのだ。往復するとはいえ、ミュコスに滞在する事も多くなるだろう。

 今、まだ人間が苦手なミーアに『迎えに行く』なんて言えるわけない。それは彼女に負担になってしまう。


 気まずそうに目をそらすクレオパスに、ミーアは呆れたように笑った。


「あたしの人間恐怖症の事が引っかかるの?」


 そして、あっさりと考えている事を見抜かれた。


「う、うん……」


 気まずそうに、でも正直に答える。どちらが年上なのか分からない。


「あたしだって考えてないわけじゃないの。クレオパスさんが帰るって言った時、迎えに来る可能性があるんだなーって思ったし」


 ミーアはそこまで考えていたらしい。


「それに、そうじゃなくてもここら辺にもきっと人間さんはたくさん来ると思う。話をする機会も増えると思うの。そうしたら『人間が苦手』とか言ってられないでしょ。だから、人間を理解するために人間について学ぶべきだと思ってて……」


 そう言って一旦言葉を切る。


「だから種族学を勉強出来る学校に進学しようと思うの」


 思わぬ話に口をぽかんと開けてしまう。


「来年受験して入学して、卒業するまでは三年くらいになるけど」

「そういえば志望校を変えるって言ってたっけ」

「そう。最初は別の猫獣人の高等学校に進学する予定だったんだけど、変えちゃった。お父さん達とも先生達とも話し合って、その学校を受験するのは本決まりになりそう。でもレベルの高い学校だから自習時間増やしてたのよね。朝とか」

「だからって危ないと言った時には言いつけを守ってくれるかな!」

「……はい。ごめんなさい」


 この間の事件を思い出して一応注意する。ミーアは『叱られちゃった』というように苦笑いをした。その表情になんだか可愛らしさを発見して恥ずかしくなる。

 そのクレオパスの顔を見てミーアはなんだか嬉しそうに笑った。気持ちがみえみえなのだろう。


 ミーアがじっとクレオパスの顔を見つめてくる。


「だから、これからも時々会って、それでも二人の気持ちが変わらなかったら、あたしも一緒に連れて行って」

「え?」

「だって往復するんでしょ。人間と獣人を繋ぐために。仕事という点では獣人の奥さん連れて行った方が印象いいかもしれないし。……まあ、あたしが一緒にいたいんだけど」

「み、ミーア?」


 嬉しそうな顔で将来設計をするミーアに困ったような笑いが出てくる。別に嫌なわけではないが、照れくさい。


「クレオパスさん、呼び捨てにしてくれるの嬉しい! もっと呼んで!」


 なのに、ミーアはそっちを拾った。うっかりさん付けを忘れただけなのだが、ものすごく喜んでいる。


 試しにもう一度『ミーア』と呼び捨てをすると、ミーアの顔が輝く。


「かわいい……」


 思わずそう呟いてしまった。ミーアの頬が赤くなった。自分の顔も熱くなる。これは告白しているようなものではないだろうか。

 ひとしきりお互いに恥ずかしがってから向き合う。


「クレオパスさん、あたしはクレオパスさんとずっと一緒に歩みたいの」


 十四歳にしては妙に大人っぽい表情でそう言い切る。そうしてクレオパスの返答をじっと待っている。さっきから心臓がうるさい。


「おれもミーアが一緒だったら嬉しい」


 正直に言う。


「じゃあお互いに頑張ろう。クレオパスさんは修行を、あたしは勉強を」

「そうだね」


 二人で頷きあう。


「そろそろ家に入ろうか」

「うん!」


 きっとフランクの告白もすんでいるだろう。

 同じタイミングで立ち上がり、それに気づいて笑いあう。


「ミーアが進学したらこっちに来る時に学校のある街にも行くよ」

「本当? だったらあたし案内するから」


 少し近い未来の話をする。ミーアは嬉しそうに軽くクレオパスの手にふれた。

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