第10話 今後の方針
クレオパスの着替えはミーアが頼むまでもなく、きちんとこの家の主人であるカーロがサイズアウトした服を用意してくれていた。服には尻尾を出す穴が開いているらしいのだが、それは昨日ミメットが縫ってくれたそうだ。
今はその服を着てカーロの家族と一緒に朝食をとっている。メニューは昨日のスープとパンだ。
「チーキン! チキン! チキンスープ!」
リルは間違いなく自作なのであろうチキンスープの歌を歌いながらご機嫌でスープを口に運んでいる。昨日の夜からずっとお預けされていたので嬉しいのは当然だろう。
ミーアの方は無言だ。家族に話しかけられれば返事をするが、それ以外は静かにパンやスープを口に運んでいる。
でも、これはパンとスープに不満があるわけではない。スープを飲んでは顔をほころばせる事でそれはよくわかる。
それに両親や妹の方は見てもクレオパスには一瞥もよこさないので、自分を警戒しているのだという事はみえみえなのだ。
カーロとミメットはクレオパスの体調を気遣ってくれていた。回復薬を飲んで一晩休んだおかげだろうか。クレオパスの気分の悪さはすっかりなくなっていた。
「ママのスープ美味しいでしょ、クレオパスさん」
リルが話しかけてきた。
昨日も思ったが確かにスープは美味しい。この地特有の薬草でも入っているのだろうか。絶妙なアクセントがいい感じなのだ。
そういう感想を素直に話す。
「そうでしょう! ママの料理は最高なんだよ!」
「まあ、リル。そんなに言うならその『ママの料理』を受け継いで頂戴」
「え? それは……その……。リ、リルは犬だから分かりませんワン。ワンワン、ワン!」
「何そっぽを向いて吠えているの。リル、いつからあなたはただの犬になっちゃったの? まったく、仕方がないわねぇ。ではこれからリルにはペットのための特製料理を出しましょう」
「ママ!」
何故かミメットとリルが面白い会話を始めた。
「リルもお姉ちゃんを見習ってたまにはお手伝いをしないとな」
「そんな! パパまでそんな事言う!」
カーロまで加わっている。きっとこれがこの家族の日常なのだろう。
それを微笑ましく見ていると、クレオパスの方に視線が突き刺さっているのを感じた。そちらを見ると、ミーアが何故か何かを考えながらクレオパスを見ていた。
「どうしたんですか? ミーアさん」
「えっ!」
声をかけると、ミーアは驚いたようにびくんと震えた。
「な、何でもありませんよ。じっと見てごめんなさい許してください怒らないで下さい!」
「ミーアさん?」
まくしたてられたのに困惑して名前を呼ぶが、もうミーアは彼の返答をシャットアウトしていた。さっさと食事に戻っている。
そうなるとクレオパスも何も言えない。パンを手に取る事しか出来ない。
それにしても怖がるのはいいが、返答くらいはさせて欲しい。
「怒ってないよ、ミーアさん」
むしろ今の態度には怒りたいという気持ちをぐっと押さえ込む。ここで怒っては『やっぱりクレオパスさんは怖い』という印象をミーアに植え付けかねない。
「ほ、本当ですか?」
ミーアは尻尾を揺らしながら不安そうに尋ねる。クレオパスはうなずいた。
「ミーア、そんなに疑ってはメランさんに失礼でしょう?」
「あ、はい。ごめんなさい」
さすがに思う所があったのかミメットが娘を叱っている。
「そ、それでママ、クレオパスさんの家族探しはどうするの? 近いうちに探そうねって言ってたでしょ?」
リルが何故かこのタイミングでそんな事を言っている。厄介払いをしたいという気持ちはないのだろう。だが、その言葉は邪魔者にされているようで少し複雑だった。
自分だって本来なら今頃は師匠に夜更かしをした事を叱られながら一緒に朝食をとってるはずだったのだ。
「言ってたよ。でも人間が来るのはもう何ヶ月か後なんだ。畑にカラフルな実のなる木があるだろう。その実を貰いに来るんだよ。……もちろん正当なやり方で」
カーロは丁寧にリルに説明している。つまり貿易みたいな事をしているという事だろう。
「だから申し訳ありませんが、メランさんにはそれまで滞在していただく事になります」
「はい」
これから居候としてご厄介になるのだから申し訳ないのはこちらの方だとクレオパスは思った。
人間が苦手らしいミーアは間違いなく『冗談じゃない!』と思っているだろう。
「それで、その間ですが、わたしたちの畑の世話を手伝っていただけませんか?」
それは思いがけない『提案』だった。クレオパスは目を丸くする。
「ご厄介になるんですし、喜んで手伝いますが、いいんですか?」
「だ、駄目に決まってるじゃない!」
ミーアが怒ったように言う。みんなはすぐにそちらの方を見た。彼女の両親は困ったように、そしてリルとクレオパスは何故ミーアが反対しているのか分からず困惑していた。
「何か問題でもあるのか? ミーア」
カーロが尋ねるが、ミーアは答えない。ただ、どこか不機嫌になっている。
「な、何でもないわ。クレオパスさんをいきなりお手伝いさせるのはちょっと大変かもしれないって思っただけ」
そしてクレオパスの顔を見ないで言い訳をしている。それが嘘だという事はミーアの表情を見れば分かった。畑を荒らされるとでも思っているのだろうか。
「でもな、ミーア。そうしなければクレオパスさんは一日中この家で留守番になるんだよ。それもミーアには怖いんだろ」
カーロが小声で——丸聞こえだが——説得を始めた。ミーアは難しそうな顔で考え込んでいる。本当にミーアは何を考えているのだろう。
大体留守番が怖いとはどういう事だろうか。クレオパスは恩人の家に悪さをするほど性格は腐っていない。
ミーアは初対面の人間をそこまで疑うほど酷い目に遭ったのだろうか。
「ちゃんと見てる?」
「うん。ちゃんと見てるよ」
何度も何度もカーロに確認し、ついにミーアは『分かった』と言った。
ミーアには何とか誤解を解いてもらいたい。でなければお互いに苦しむだけだ。
帰るきっかけが掴めるかもしれない数ヶ月後までクレオパスは窮屈な思いをする気はないのだ。
この家族とは仲良くならなければならない。
満足そうに口のまわりをナプキンで拭いているミーアを見ながら、クレオパスはそっと決意した。
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