ノンアイデンティティな僕と彼ら

人新

第1話 始まりはいつだってあっけなく

まず、この世界にはアイデンティティに関して三つのタイプの人間がいる。

一つ目は、アイデンティティを持っている人間。

二つ目は、アイデンティティを持たずして、それを模索している人間。

三つ目は、そんなことすらも考えないで生きている人間だ。

ところで、世界の多くの人間は、アイデンティティを持っているだろうか? いや、それはわからない。でも、辺りを見渡せば僕には大半の人間が持っているように見える。どこに行ったって、みんな自分を持っている気がする。

 そんなことを考えては、僕はよくよく靄のかかった直線の道路を自転車で走っているr感覚になる。あるのは疲労だけ。

これは誰にも話したことがないから、憶測だろうけど、多くの人はこのことを思春期の一環だと言って、片付けるかもしれない。なるほど、確かに、これは思春期特有の思考の一種かもしれない、万人の通る道なのかもしれない。

だが、僕はどうしてもこのことを思春期の一環だという言葉で、片付けたくはなかった。それは逃げであると考えているからではない。いつか、その放っておいた課題が、その事実が僕の目前にして現れそうだからだ。

どちらにせよ、僕は真っ向にして戦わず、けど戦う。そういった、信条を持っているから、そのモットーに従いて、この高校生活が終わるまでには、自分とは何なのか? と言った、壮大な哲学的命題ではなく、自分自身を表すものは何なのかという、すなわちアイデンティティを見つけ出したい。これが、今の僕の目標。

長々、執筆失礼。これにて、筆を下す…。


 みたいなことを、始業式早々、今後の高校生活の目標と書かれた箱枠に書いた。



 失態だった。何が失態かって?

そりゃあ、先週僕の書いた高校生活の目標、他人的に言い換えれば、痛い痛い宣言文が教室に張り出されてしまったからだ。

4Bの濃さに、さらに筆圧の強いその文章はまるでマーカーペンで書いたように目立ち、例えるなら、小学生の書道展覧会に川端康成の作品が混じっているような感じ。おかげさまで、あだ名は厨二テロリストだの、ポエマー(笑)だの、散々言われた放題となってしまった。くっそ、後ろに掲載するなら最初からそう言っとけよ! これだと、同意書なしの契約じゃねぇか! 口に出して、そう言いたかったが、そうするわけにはさすがにいかないので、一人心の中で恥を100回くらい唱えて、悶々とすることにした。

 二十回ぐらいその言葉を復唱し、ピュアなハートがが少し汚れてきたあたり、僕は心と共に影色に染まった。

「新学年早々、やらかしたな」

 そう言ったのは、僕の数少ない友人の一人、マスだった。無論、マスというのはあだ名で、数学が最も得意なのと、賢く、身長が182㎝もあって、さらには筋トレ好きという理由から、マッスル・インテリジェンスで、頭文字と尾文字を取り出したのだ。

「これは僕が悪いんじゃない、この学校方針が悪いんだ」

 そう、これは全く僕が悪くない。なんなら、弁護士つけて裁判で戦えるレベルだ。

 だが、僕の主張はマスに通らなかったのか、「まったく、いつもながら大げさやな」なんて笑い言いながら、僕の前席に座り込んだ。

 基本的に、僕らの日常というのはこのような形から入り、ほぼほぼこいつとあともう一人の友人と駄弁っていることが多い。

 生憎だが、一般的に僕はよくよく捻くれた人間だと言われることが多いけれども、それはある一種の観念の話であって、青春的なことに関しては全く持って正常である。とにかく、僕は友達なんかいらないとか、孤高な狼主義なんかないので、こういう時間が全く嫌いではない。きっと、こんな日常は振り返って、最もな青春的な日々であったと僕は言うだろう。

「そういえば、見てみろよ」

 僕が少しだけ、あのような文章を公開されてしまったことを悔やんでいると、マスは耳打ちしながら、指をある方向に向けた。その方向をたどると、どうやら本を読む少女と、緊張気味の男子生徒がいた。

ここからは、彼らの会話を僕の地獄耳が聞き取ったものである。

「あの、香取さんは本好きなの? じ、実は僕もよくよく、読んでて。その、珍しいよね僕達、今の時代で本好きなんか、周りいないからさ。だからさ、数少ない本好きどうしで仲良くしない?」

 男子生徒、緊張ながらの長々文。

「やだ」

 即答。

「えっ、あっいや。さすがに、いきなり仲良くは無理だよね。まずは、お互いをよく知ってからじゃないといけないかな?」

「…」

 無言。

「あっ、ははは。じゃあ、そのよろしくね…」

 意気消沈。今の彼を表すにはその言葉がぴったりだった。しばらくして、寂しさには勝てなかったのか、彷徨うように教室を出て行った。泣きに行くのかもしれない、可哀そうに。

「相変わらずよな、あいつ」

 先ほどまでは、耳うちするように話していたマスだが、今ではオープンに話している。ちなみにだが、マスが言っているのは当然彼のことではなく、彼女のことだ。

「まぁ、確かにな。あれじゃあ、友好関係を作るのは無理だ。ほんと、父さん心配だよ」

 など言って、僕らが笑い合っていると、いつのまにか背後には話のネタとなっている張本人がいた。

「何の話してる」

 抑制のない冷たい声に僕は焦る。

「あっ、いや。近所のお子さんが毎朝、毎朝学校行くのが嫌だぁって泣き声が聞こえるって話だ」

 とりあえず、動揺していたので、つい頭に抱えているどうでもいい事実を語ってしまった。だが、マスは僕の材料少ない嘘を補足するように語ってくれた。

「そうそう、それで神津が毎朝目覚めてまう言うてたから、その解決方法考えてたんや」

 マスがそう言い終えると、彼女は何度か瞬きしてから、僕に冷たく微笑んだ。

「そう。…で、私のことが何って?」

「人付き合い悪いから、絶対友達出来ないって … あっ、誘導尋問か! やられた、誘導尋問だ!」

「いや、全然誘導されてなかったやんけ」

 マスは、大きな手でツッコミのような仕草をしたが、僕自身それに対して返しが思いつかないので、何も言わないことにした。

 少しすると、彼女は小さなため息をつきながら、人差し指で僕の背中を優しくついた。これは、その席をどけというサインだ。無論、反抗はする気はないので、すんなり立ち上がり、床に尻を着けぬよう屈みこんで座った。

 彼女は右手に持った本を机に置いてから、また僕のほうを向いた。

「あのね、あなたは間違っている。私は確かに人付き合いは悪いけど、友達はいる」

 えっ、うそでしょ。多くの人は夫の年収並みに驚いたかもしれない。だが、僕は驚かない。そう、実際僕らは友人関係なのだ。

 ちなみにいうと、彼女は岩波という。ぱっと聞いたところ、これは名字に聞こえるかもしれないが、これはあだ名だ。彼女は岩波文庫ばっかり読んでいるからという理由で僕が付けた。最初から、嫌々な顔をすると思っていたが、案外そんなことはなく、だからと言って、気に入った様子もなく、今も続いている。本名は平方という。

「まぁ、確かに友達はそうだけどさ。態度がね、態度がね?」

 一応、マスにも同意を求める。

「まぁ、確かに悪いっちゃ悪いけど、いつも通りのことやしな、今更直すのはなんとちゃうか?」

「っぽいな」

 僕らがそう同意し合うと、彼女はムーと言いながら、置いていた本を手に取り、それほど強くない力で僕の頭を何度か叩いた。

「わ、私だって、もっとフランクな態度とれる。あれは仲良くしたくなかっただけで」

「はいはい」

 軽く流す。

 けど、彼女の言って言うことはわからないことはない。実際のところ、誰だって人によって大きく態度を変えるだろう。でも、未だに僕は人からの態度が悪いんですけど。何かしまた? 顔にゴキブリでもついてるの?

 そんな風に自己嫌悪に陥っていると、チャイムが鳴り響いた。と同時に、担当女教諭が入ってきた。

「ほら、お前ら席につけ」

 その言葉は何かの呪文のように響き、多くの生徒が私語をすることなく席に着いた。岩波も、僕を睨みながら、しぶしぶと自分の持ち場に戻り、マスも前を向いた。

 基本、僕の席は前から見れば、マスの背に隠れきっているので、朝方のこのような時間は大抵は睡眠を貪っている。だが、今日は今までとは違い、いつも以上に睡眠時間をとったので、まったく睡眠欲というものはない。なので、注意を窓にそらすことにした。

 窓の向こう側には、グランドが見えた。そこには何人かの生徒がいて、何のとりえもないグランドは何か特殊なものに形容されている。そして、それを映し出す空も痛いほどに蒼く、桜の花は水たまりのように、少しばかり地に残っていた。どうしてか、そのことが僕に妙なほど青春的欲求を求めさせた。


 騒がしさに気付いては、いつのまにかホームルームは終わっていた。あたりは、がやがやとし始め、個としていたものが、塊となっていた。

「おーい、ソザキ。また寝とってたんか。先生が来いって呼んどったぞ」

 そう言っては、マスは僕の意識を確認するためか、目前に手を振りかざした。

「聞いてるよ。じゃあ、ちょっと行ってくる」

 僕は立ち上がり前を見た。味気のない黒板の前にはいつものように教鞭をとる先生の姿はなかった。多分、いつものように廊下で待っているのだろう。仕方がない、そう思いながら、しぶしぶと廊下へ向かった。

 先生はいた。女教師でありながら、手を組み、わざと聞こえるように革靴をカッカッカッと鳴らして、急かしている。多くの人なら、この光景を見て、財布につい手を出してしまいがちだが、僕はこれには慣れているのでどうってことはない。

「なんか用ですか、井ノ瀬先生?」

 先生は僕を見るや否や、わかりやすくため息をついた。その期待はずれの奴が来たみたいな態度ほんと傷つくからやめて。

「私は、お前にホームルームを終えるとすぐ前に来いと言っていたんだがな」

 そう言えば、僕が先生の呼び出しに気付いたのはマスのおかげだった。という事は、ぼーっと景色を見ていたがために聞こえてなかったのだろう。

「いやー、すいません。考え事をしていたもので」

 名簿で軽く頭を叩かれる。

「話を聞いてなかったと言え、まったく」

「すいません。それで用というのは何です? いつものような、雑用係ですか?」

 そう、僕が先生に呼び出されるという事は、たいていの場合は雑用係をやらされるという事だ。ここ一年ほどで、雑用やりすぎて、職員室では先生の若旦那なんか言われたぐらいだ。いやー、冗談は寝てから言ってほしい。

「そうそう。そうだったな、用事というのはだな、いつものような雑用ではなくてだな」

 先生はその言葉を言い終えると、少し間をとった。

「と本題に入る前にだな、お前今悩みであるか?」

 いきなりどんな質問かと思った。あまりにも急すぎて、避けきれないわ。てか、教師に悩みあるかって聞かれても、中々ハイとか言い出せない。なんなら、ハイと言い出してしまえば、手厚い同情を受け、週2ペースのカウンセリングコースになりかねない。だから、ここはカッコをつけるために嘘をつくことにした。

「いえ、ないですよ。むしろ、悩みの空き容量が多くて、まだ商品化しても新品と同様に売れるレベルですね」

「ほう」

 先生は感心するかのように、何度か頷き、僕の肩に手を乗せた。その手の質量はどうしてか非常に重く感じられた。

「それはよかった。悩みのない君にお願いがあってだな、承諾してくれるか?」

 内容も聞いてないのに最後の文章がおかしい…。後、なんか先生の目が純粋じゃない。どちらかと言えば、脅迫の目というか、ノーとは絶対に言わせない目というか。

「よ、要件によります」

「要件がいるのか」

「やっ、当然ですよ」

 はっきり言って、その目には負けそうになってしまぅたが、どうにか耐えた。

 すると、先生もあきらめたのか先ほどの厳しい目をやめて、朗らかさを取り戻した。

「まぁ、さすがに用件はいるよな」

 先生はこめかみ抑えながらも話し出す。

「私が多くの部の顧問をやっているのは知っているよな」

「えぇ、知ってます」

 そう。僕の雑用役のほぼ全般は先生が受け持つ部活への手助けだったため、大体先生が掛け持っている部はの量はわかる。

「その中でだな、今年も部員が入らなくて廃部危機の部があるんだ」

「はぁ、別に廃部してもいいんじゃないんですか?」

「それがだな、ほかの部なら百歩譲っていいんだが、その部はだめなんだ」

「どうしてです?」

「市認定の部だからだ」

「あの、よくわかんないんですけど。市認定の部は廃部にしてはだめなんですかね?」

「うむ。特に市認定の部はだね、本校と市のコネクションのつながりを調強したものだから、その関係性を崩すわけにはいかないんだよ」

 なるほど。うちのような公立校は確かに市とのつながりによって、得られるものは多いのだろう。

「ある程度のことはわかりました。でも、なんで僕に頼むんです?」

 まぁ、多分僕がノーと言わないことを、いいことに頼んだろうけど。

 僕がそんな風に考えていると、先生は真面目な目つきをして、腕組を崩した。

「まず一つ、君に生産的な日常を送ってもらいたいからだ」

「な、何言ってるんですか、僕の日常が生産的じゃないというんですか。毎日、放課後は適当にぶらぶら過ごして時間を費やしてますよ!」

「それを非生産的というんだよ」

 まぁ、知ってますけどね。

「でも、僕の日常が生産的であれども、非生産的であれども、どちらでもいいんじゃないんですか? 個人の自由と言いますか、思想の自由と言いますか」

「まぁ、確かにそうだな。けど、君の書いたあの痛い文章の答えを欲するなら、能動的にはならなくてはいけないかもな」

 痛い文章とはおそらく僕が先週書いた『今後の高校生活の目標』の奴だろう。

 今思えば、どうして僕はあのような文章を書いたのだろうか。基本的に僕はああいったテーマを与えられた文章を書く時自分の思っていることをそのまま投射したように書く。だから、あの文章は紛れもなく僕の本心。けど、本当に僕はアイデンティティのことについて深く考えていたのだろうか?

 そんなことを考えていると、僕の頭の片隅にはぼんやりとマスと岩波の像が見えた。そうか、もしかすると、僕はあいつらを見続けていたからなのかもしれない。

 マスは自身の肉体、いわば外面に対しての個別性を持っており、岩波は誰しもにも屈しない精神の、いわば内面に対しての個別性があって。そして、僕には何があるだろうかと。きっと、僕はそんなことを無意識に考えていたのかもしれない。

 そんなことを考えていると突如として、自身の求めているものが明白となった。

「…アイデンティティって見つかるもんですかね?」

弱弱しく僕は声を発する。

「断定はできないが、見つかると私は思っているな。というのも、アイデンティティというのは本来コミュニティの場数で生まれるものだからな。けど、お前を貶すわけではないが、今の現状だけを愛しているのなら、今の形を保っていたいのなら、難しいかもな」

「そうですか」

 既存の関係性。泥の底のような関係性。

 今一度、考えを改めると脳の神経は潤滑油を指したように、スムーズに働きだす。そこに見えた像はマスと岩波で、今度ははっきりと見えた。

 そう、きっと僕は彼らにあこがれていたんだろうと思う。身体と精神の狭間にいる僕自身がどちらかに寄ろうとして、心底がブランコのように揺れていたのだ。

 僕はこの時点で答えというものは決まっていたのかもしれない。だが、これはあくまでまだ一つ目。

「それで、一つ目があるんですから、二つ目もあるんですよね?」

「うむ、あるな。その前に私はだな、この一年間近くお前のことを担任としてみてきた。その中で私はずっとあることに疑念を持っていたんだ。ただ単純なことなんだけれどな、けど私のような教師側からしたら少し変わったことなんだ。それはだな」

 言葉を紡ぐ。

「君があの片野と仲良くしているという事だ」

「片野と仲良くですか?」

「そうだ、あれは異常だ。天外だ」

 確かに、岩波はさっきの会話にもあったように他人とは関係性を深めようとはしない。それにはあいつなりのポリシーがあるのか、ただ単純に人を毛嫌いしているかは知らないが。けど、僕に対してあれだけのコミュケーションをとれるのなら、他人に対しても全く問題ないのだろう。

「君以外にはまともにとっていないんだよ」

「はぁ、仮にそうだとしても、頼むことの理由にはなってないと思いますが」

「いいや、それだけで十分な理由さ。お前は何か人を手名付ける能力でもあるかもしれない。とにかく、これがお前を勧誘したい二つ目の理由だ」

お前は人を手名付ける能力があるとか、そんなこと人生で初めて聞いたわ。なんか妙な新鮮さのせいで、逆に皮肉に聞こえちゃう。

「人を手名付けるじゃなくて、人から離れられる能力の間違いじゃないですかね?」

「だったら、こうしよう。変わった人を手名付けるのがうまいと」

「全くうれしくない言葉だ…」

 なんか日に日に自尊心というのが削れて言ってるような気がする。

「ははは、これは誉め言葉だから、気にするな。まぁ、とにかく私や他の教員にとっては非常にありがたいことなんだよ」

「そうですか、じゃあ喜んどきます」

 うひゃぁー!

「以上だが、どうだ?」

 

「一方的な感じが強くて、干渉成立のような気がしますけど、まぁいいですよ」

「ふむ本当に助かるよ。なにかその分にお礼をしてやる、何がいい? デートか、成績アップか?」

「どれも犯罪じゃねぇか… 自分の首しめてどうするんです」

 ふむ、そうだな。お礼か、ないな。と思っていたけど、一つだけあった。

「じゃあ、後ろに貼ってある『今後の高校生活の目標』ってやつを、はがしてください」

 先生は打算的な笑顔を作った。

「まかせろ!」

 長いようで短い会話は井ノ瀬先生が腕時計を確認したことで終えた。先生は最後に、『では、放課後116教室に来てくれ』とだけ言い残し、長い廊下の彼方へと消えていった。


教室に戻るや否や、早速マスは笑顔でどのような事情があったんだと聞いてきた。はっきり言って、どのように話すかは迷ったが、僕はひとまずこいつらにあこがれているという事は死んでも恥ずかしくて言えないので、そのことは言わないことにするか。

「あぁ、部に入るって話だよ」

 僕がそう言い終えると、マスは心外の顔をした。おい、どうしたんだ。

 その表情を見ていると、連鎖するように次は何かが落ちる物音が聞こえた。その音源を振り返ると、そこには岩波がいた。

岩波の顔は、マスと比べ物にならないほど神妙な顔をしていた。多分、驚いているのだろう。

「私、片野がいなくなったら、放課後どうすればいいの?」

「そこまで、深刻な顔して言うことじゃないだろ…」

 なんでそこまで失望してるんだよ。

「そや、俺との放課後プロテイン巡りはどうするんや!」

「そんな特殊な巡りはしてねぇぞ」

 てか、なんだよ、プロテイン巡りって。どうやって、巡るんだよ。

「とりあえず落ち着け」

 僕はとやかく、こいつらを宥めさせるために、手を使って落ち着かせる。

 しばらくして、両者は冷静を取り戻し、いつものような口調で話し始めた。

「片野どないしたんや、急に部に入るなんて。先生に脅されたんか?」

 脅されたという表現は近くも遠くもないが、答えとしては否なので、首を横に振る。

「自分探しと生産的な日常のためだよ」

 マスは何言ってんだこいつみたいな顔をしているが、まぁわかる。自分もこんなこと言っといて、急に恥ずかしくなってきたからな。

 一方で岩波はマスと同じような表情はしておらず、逆に心配的な顔をしていた。

「片野、なにか悩んでるの?」

「どうしてそうなるんだよ。普通だろ、高校生がそういう志を持つことって」

 そう。中学生や高校生活というのは暇があればあるほどに、こういう思考に至ることはしばしばにあるのだ。だから、僕の持つ考えは間違いではない。ないはず…。

「とにかく、僕はもう入ると決めたんだよ」

 もう先生に言ってしまった以上、撤回する気はない。やだ、男らしい! と思ったが、よくよく考えてみれば全く男らしくない。

「…そうか」

 マスは諦めて、納得するように腕を組み何度か頷いた。岩波もまだ少し、戸惑っていたが、目を瞑って『わかった』と言った。

 僕自身もこれでよかったと、心軽くする。別にこいつらに許可を得るもんじゃないんだけどな。まぁ、丸く収まったならいいか。

「そうか、そうか」

 何度かマスはその言葉を復唱する。エーミールかお前は、何だよ、その言い草だと納得してないみたいだろ。

「しょうがないか」

「うん、仕方がない」

 二人して奇妙に言い合い、肩を落とす。さっきから、ほんとなんだよ、怖いよ。

「なに、どしたの?」

 さすがに心配になってきたので、聞くことにした。

「いや、しょうがないなって」

「何が?」

「俺たちも部に入るしかないってことに」

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