第26話 作戦会議
玉座の間に入ると、まずはヘインズさんによる報告が行われた。
「第二師団長ヘインズ、ただいま戻りましてございます!」
「おぉ、ヘインズ戻ったか! 街の方はどうであった」
「はっ、いまだ魔物たちの激しい攻撃を受け劣勢にございます。今回はブレーメンからの援軍もあり退けることができましたが、第一師団から人を割かねば厳しい戦いになることが予想されます」
「やはりそうせねばならぬか……ブレーメンからの援軍報告は受けておる。もしや、その隣の青年がそうか?」
「はっ、フリッツ殿でございます」
「フリッツ・クーベルです。お初にお目にかかります、王」
ヘインズさんから紹介され、王の前に進み出る。
セントシュタット王は老齢だが威厳があり、いかにも大国の王という風格だった。
「先ほど報告にきたエレノア殿からそなたは大魔導士マリク様の後継者というように聞いて居るが、それは真か」
「はい、事実でございます」
これさえ言い切ってしまえば王の不安はある程度除くことは出来るだろう。
そして、少しでも士気の向上に繋がればいいと思う。
「そうか。ヘインズ、お主から見てフリッツ殿の戦いぶりはどうだった?」
「私は先ほどまでフリッツ殿の素性を知りませんでしたが、戦場での活躍は見事なものでした。一振りで数十の魔物を葬った力は我が軍の士気を上げ、先ほども申しました通りフリッツ殿がいなければ勝てなかったかもしれません」
「ふむ、ヘインズがそう言うならば間違いないだろう。フリッツ殿、許されよ。そなたのことは風のうわさで聞き及んでいたが、いまいち半信半疑なところがあったのじゃ」
それは仕方のないことだろう。
この百数十年、先代の勇者パーティーに縁のある人物など一人も現れていなかったのだ。
それが急に現れたかと思えば、こんな弱そうな冒険者が後継者ですといっても普通は信用されるはずもない。
「王、ブレーメン王は自国を守りながら援軍を出さねばいけない状況にありました。それゆえ今回は自分たちに援軍に向かうよう要請されました。たった四人ではありますが、何卒ご容赦を」
「うむ。ブレーメンにも無理は承知で使いを送ったのじゃ。むしろ頼もしい援軍を送ってくれたことに感謝している。その辺りはそなたが心配せずともよい」
「はい」
ブレーメンとセントシュタットに余計な軋轢を生みたくないと思って言ってはみたものの、どうやらいらぬ心配だったみたいだ。
「王、つきましてフリッツ殿たちを交え作戦会議を行いたいと思うのですが……」
「そうじゃな。フリッツ殿、来たばかりで悪いが参加して頂けるだろうか?」
「分かりました」
元よりそのつもりで城まできたのだ。
身体は休息を求めているが、今はそんなことを言っている場合ではない。
とにかく今は多くの情報を入れて、明日に備えなければ。
「おぉ、どうだったフリッツ?」
玉座の間を出ると、直ぐに外で待っていたエレノアが話しかけてきた。
「とりあえず今から作戦会議かな。場所は城の中の詰め所でやるらしい」
「そうか。どうする、サーニャ殿とクロエ殿も呼び寄せるか?」
「そうだな……」
街にはまだまだ負傷した兵が多いだろう。
そうなるとサーニャをまだ街に残しておいた方がいいのかもしれない。
ただ彼女の負担を考えると……いや、でも作戦会議に参加してもらうのも……。
「フリッツ?」
「あぁ、ごめん。ちょっと色々考えちゃって」
「……あまり一人で背負い込みすぎるな。お主は昔からそういう傾向がある。もっと仲間を頼れ」
「ありがとうエレノア。とりあえずサーニャとクロエはこのまま街にいてもらってオレ達だけで会議に出よう。内容はオレが後で二人に伝えるよ」
「分かった。では行こうか」
「あ、あとエレノア」
「ん、何だ?」
「クロエなんだけど、ちょっと疲れてるみたいだったから何かあればフォローしてあげて欲しいんだ」
「……まったく、他人のことばかりだな。分かった、注意しておこう」
「助かるよ」
何だかんだ言いつつ、エレノアはいつも助けてくれる。
もっと頼れと言われたけれど、オレとしては十分頼っているつもりでいるのだ。
またこの戦いが終わったら埋め合わせしないとなぁ……と思いながらも、詰め所へと足を向けた。
城内の詰め所には軍の将校達が集められ、さっそく作戦会議が開かれた。オレとエレノアはヘインズさんが指揮する第二師団へ暫定的に組み込まれ、その代表として会議に出席する形になった。
「では、これより作戦会議を始める。はじめにヘインズ、街の様子についての説明を」
「はっ!」
進行役を務める第一師団長に指名され、ヘインズさんが立ち上がる。
「最前線基地となっている城下町ですが、本日も魔物たちによる襲撃を受けました。幸いここにおりますブレーメンからの援軍のより事なきを得ましたが、兵士たちの疲労も限界に達しております。第二師団としましては、第一師団から増援をお願いしたいと考えております」
「うむ。確かに第二師団には大きな負担を強いている。出来れば増援を……とも考えているが、城内に王と多くの国民がいると考えれば慎重にならざるを得ない」
ヘインズさんの提案に第一師団長も一定の理解は示すものの、状況がそれを許さないといったような回答だった。お互いの言い分はもっともだ。しかし、どこかで折り合いをつけなければ状況は打開されないのもまた事実。
「あの……少しいいでしょうか?」
「ん、どうしましたフリッツ殿?」
「例えば第一師団と第二師団の配置を交換するということは出来ないでしょうか?」
とりあえず第三者として案を出してみる。これでどのような反応を得られるか……。
「それも考えたのですが、負傷兵の多い第二師団だけでは城の守りに不安が残ると思いましてな」
なるほど。つまり軍の作戦方針としては王と国民がいる城を何が何でも守り切るという作戦方針なのだろう。なので城の戦力があまり落ちるのでは得策ではないと。
「では、半数ずつ交代させるのはどうでしょう? これなら城の守りもそこまで落ちることはないと思うのですが?」
「ふむぅ、確かにそれなら実現出来そうですな。ヘインズ、どうだ?」
「はっ、それで良いかと思われます」
「では会議終了後順次配置転換を開始する。では次に私から魔物たちの同行について報告がある」
そう言うと第一師団長は机の上に大きな地図を広げた。
そこには拡大されたセントシュタット周辺の地形が細かく記されており、ところどころに×の印がつけられている。
「×印がしてあるところが我々が撤退していく魔物たちを見失った地点である。いずれの場合も忽然と姿を消し、追撃が叶わなかった。またこの付近を調査させたが、姿を隠せそうな場所は見当たらない。このことから、魔物は転移魔法を用いて別の場所から攻めてきていると考えられる」
転移魔法――空間系の魔法の中でも高位に位置づけられる魔法で、人間で使用できるのは世界でも数人らしい。戦いの歴史を紐解けば魔物側も転移魔法を使用したとされる資料が残っており、その使い手は高い知能と魔力をもった上位の悪魔だったという。
それをみんな理解しているからこそ、室内の空気は重い。ただでさえ劣勢なのに、ここに上位の悪魔が加わるとなると戦線を維持できない可能性があるからだ。
もし上位の悪魔が相手だとして、オレはどこまで戦えるんだろうか?
『勝てないことはないわよ。強さなら魔獣と同程度だから。……ま、ただの上位の悪魔だったらね』
(ティル?)
持っている剣からオレにしか聞こえないティルの言葉が伝わってくる。
その意味深な言い回しに、思わず小声で問い返す。
「……それってどういう意味だ?」
『言葉通りの意味よ。転移魔法を使える最低ラインが上位の悪魔ってだけで、それ以上が控えている場合も考えなきゃいけないってこと』
(上位の悪魔以上って……まさかっ!?)
聞いたことがある。かつて勇者と魔王の戦いの際、魔物の群れを率いて多くの国を落としていった特別強力な個体が複数いたという。それが――
(……魔将)
『偶然かもしれないけれど、マリクの時代にも同じことがあったわ。最初に大国が狙われて、そこからニンゲンとマモノの戦いが激化していった。思えばあれが転機だったかもしれない」
つまり、今回も同じことが繰り返される可能性があるってことか。……出来れば聞きたくなかった情報だけど、対策なしに出てこられるよりはマシと考えなければならない。
「どうかしましたか、フリッツ殿?」
「あぁ、いや……」
小声でしゃべっているのを不審に思われたのかヘインズさんから声がかかる。
とにかく、今は不確定な情報で士気を下げるわけにはいかない。
「以前エレノアと魔獣を退治したことがあります。もちろん他に敵がいない状況で、ではありますが強さ的には上位の悪魔と同等かと思われますので勝てない戦いではないはずです」
「おぉ、それは頼もしい!」
「なんと魔獣を仕留めらたとは!」
「これは朗報ですな!」
オレの言葉に師団長たちが口々に安堵の声を漏らす。
重苦しかった室内の空気も、どこか和らいだように感じられた。
今はこれで良い。
だがもし、万が一にも魔将が現れるようなことがあったら。
オレは一体どこまで渡り合えるのだろう――そう考えずにはいられなかった。
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