第25話 合流

 セントシュタット城下町は異様な空気に包まれていた。

 というのも、至る所にバリケードが築かれ、建物の屋上に大砲などが設置され街というよりは……


「前線基地だな」


「おっしゃる通り、今はここが前線基地となっております。住民の多くは城や同盟国に避難しています。今ここに残っているのはほとんどが我が軍の兵士です」


「なるほど……」


「こちらへ。教会の地下が作戦本部となっております」


 ヘインズさんに連れられて街の教会地下に作られた作戦本部へと移動する。

 その途中でも破壊された建物や負傷した兵士などが多く目につき、本当に限界が近かったことをうかがわせた。


「フリッツ様、ご無事で!」


 作戦本部に入ると、馬車で先に街へ向かったクロエの姿があった。

 しかし、エレノアとサーニャ、御者の人の姿が見えない。


「クロエ、他のみんなは?」


「エレノア様は援軍到着の報告を兼ねて御者の方と城へ向かいました。サーニャ様は今負傷兵の手当てを行う為、奥に。わたくしはフリッツ様への連絡のためここに残っておりました」


「そっか、ありがとう」


 それからヘインズさんが外での戦いがいったん終了したことを告げると、作戦本部内は安堵の声に包まれた。緊張の糸が切れたのか、その場で眠りにつく兵士も多く見られた。


「ふぅ……しかしまだ安心できる状況とは言い難い」


「そうですね。ちょっと奥を見せてもらっていいですか? 仲間が負傷兵の治療を手伝っているみたいなので」


「おぉ、そうでしたな。ご案内いたしましょう。わたしも負傷兵の数を把握しておかねばいけませんし」


「助かります」


 ヘインズさんと一緒に奥の部屋へと向かうと、そこはもう野戦病院といった様相だった。

 ベッドの数が足りず、床に寝ている者も多い。

 その一番奥に長い行列が出来ていて、何かと思えばサーニャの治療待ちの待機列だった。


「サーニャ!」


「あ、フリッツさん! 大丈夫でしたか?」


「戦いはとりあえずいったん収まったよ。それよりサーニャも大丈夫か? この数大変だろう?」


「確かに大変ですけど、こんなにも怪我している人たちがいるんです。放っておくわけにはいきません。わたしはこれしか出来ないから、自分にできることをしたいんです!」


 そのサーニャの宣言に室内にいた兵士たちから拍手が巻き起こる。中には「聖女様だ……」という呟きさえも聞こえ、この短時間の間にセントシュタット兵たちの心をガッチリと掴んでいるのはさすがとしかいえない。


「フリッツ殿、彼女は……」


「あぁ、彼女はサーニャ。癒しの魔法が使えるので今回の援軍に同伴してもらったんです。危険だと思ったんですけど、本人の強い意志もありまして」


「なんと、癒しの魔法を! かの聖地セフィラの聖女が使えると聞いたことがありますが、まさか使い手が他にもいたとは」


 こっちとしてはそれが初耳だ。セフィラの聖女が同じように癒しの魔法を使えたとは。

 もしかしたらサーニャの本当の母親は聖地の出身なのかもしれない。


「初めまして、サーニャ・ハウメルです。あの、勝手に治療させてもらってますが大丈夫でしょうか?」


「これはご丁寧に。第二師団長ヘインズです。部下たちのこと、よろしくお願い致します」


「はい、出来る限りやらせて頂きます!」


 馬車の中で眠ったとはいえ、決して良い睡眠ではなかっただろう。

 それなのに疲れた顔を一切見せず献身的に治療を行うサーニャはやっぱり強い。


「しかしサーニャ殿が治療してくれると言っても、やはり怪我人は多いですな。これは城の第一師団から応援を頼まねばなりますまい」


「城の守りは第一師団が?」


「えぇ、しかしここが落ちれば城も長くは持ちますまい。多少無理を言ってでも通さねば。これから城に向かいますが、フリッツ殿も来られますか?」


「そうですね。仲間が王に報告に行っているはずなので合流しようと思います」


「では参りましょうか」


「あ、ちょっと待ってください」


 クロエにも伝えていこうと思い再び作戦本部に顔を出すと、何やら手持ちぶさたな感じで佇んでいた。


「クロエ、今から城に行くけどクロエはどうする?」


「わ、わたくしは……そうですね、さ、サーニャ様の手伝いをしております! 一人では大変でしょうから」


「わかった、クロエも疲れてるだろうから無理はしなくていいよ」


「はい……」


 何だろう、なんとなくだけどクロエに元気がないような気がする。

 さっきもどこかぼんやりとしていたし、やっぱり旅の疲れが出ているんだろうか?


「クロエ、無理してない?」


「だ、大丈夫です! それより、ヘインズ様がお待ちですよ」


「あ、うん……じゃあ行ってくる」


「はい、お気をつけて」


 結局、詳しい話は聞けなかったけど、時間がある時にでもフォローしてあげないとな。

 いくら勇者の卵だとは言っても、たった14歳の少女なのだから。




 セントシュタット城は世界最大と言われる国力に相応しい荘厳華麗な建物で、観光パンフレットにも載っている。だが、今はそれすらも霞むほど重たい空気が城内には流れていた。


 城の一階には避難してきた人々が生活していたが、それもかなり制限されたものであり一部からは不満の声も上がっていた。だが魔物に囲まれてしまった今となっては他国に逃げ出すことも敵わず、仕方なく日々を過ごしているといった感じだ。


「王も出来る限りの手は打たれていますが、やはりこの状況では限界があります。幸い物資にはまだ余裕がありますが、それが尽きる前にこの戦いに決着をつけなければ取り返しのつかないことになりましょう」


 確かにこの状況で物資が完全に尽きてしまえば、国民も生活を維持できなくなり、また兵士たちもろくに戦うことが出来ず、魔物に攻められずとも内部から崩壊していくだろう。


「また明日にも攻められる可能性はありますし、至急軍議を開く必要があります」


「ですね……っと」


 ヘインズさんと話しながら階段をのぼっていると、ちょうど三階から見知った顔が下りてきた。


「エレノア!」


「ん……フリッツ! 無事だったか!」


 オレに気付くと一目散にエレノアは駆け寄ってきて、


「バカ者! お主は何と言うムチャをする奴だ! 心配したではないか!」


 めっちゃ怒られた。

 うん、まあろくに説明もせずに馬車から飛び降りたことは反省しているけれど。


「本当にお主はいつもそうだ! こっちの心配など気にも留めず何回も何回も……」


「え、エレノア……人もいるから、その、あんまり騒ぐのは……」


「……え」


 そこでエレノアはようやくヘインズさんがいるのに気付いたのか言葉を止めた。そしてみるみるうちに顔を真っ赤にすると、「おほん」とわざとらしく咳払いをして、


「し、失礼致した。私はバルディゴ王国第一師団、エレノア・クレセントと申す」


 と、いつものキリっとした感じで自己紹介をした(まあ若干動揺を隠せてないけど)。

 若干呆気に取られていたヘインズさんだが、そこはさすがに大人として対応した。


「私はセントシュタット第二師団長のヘインズ・グラッドと申す。真鍮の剣姫、会えて光栄だ」


「ほう……私のことをご存知か」


「まさかこんなに可愛らしい性格の人とは思いませなんだがな……はっはっは」


「うぅ……」


 と思ったら、思わぬ反撃を受けていた。エレノアのからかい易さは万国共通なのかもしれない……本人に言ったらまた怒られそうだけども。


「そ、そんなことよりちょうど良かったフリッツ。王がお主に会いたいといっておってな。マリク様の後継者であることを気にしていたから、多分そのことについてだろう」


 なるほど、さすがエレノア。援軍がたった四人だけだったら士気にも影響するだろうと思って、ちゃんとマリクのことも話しておいてくれたのか。身の丈には合ってない肩書だけど、こういう時に役に立つのは助かる。


「フリッツ殿、今の話は真ですか? 大魔導士マリク様の後継者というのは……」


「あー……」


 しかし、こうやって面と向かって聞かれると「はい、そうです」とも答えづらい。なので、


「とりあえず玉座の間に行きましょう。詳しくはそこで」


 今はそう言って躱すことしかできなかった。

 いつか自信をもって答えられるようになるといいんだけれど……。

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