第15話 勇者を探して
朝。最近はだんだんと気温も上がってきて、むし暑さを感じるような気候になってきた。もうバルディゴについてからはや一月。そろそろ季節も移り替わろうとしているのを肌で感じでいた。
そんな中、オレはいつものようにエレノアから剣の指導を受けていた。汗をかきながらも与えられたメニューを一通りこなし終え、一息ついて腰を下ろしたところで、エレノアが待っていたかのように口を開いた。
「フリッツ、今日の午後は暇か?」
「ん? あぁ、今日はギルドの仕事も特に入れてないけど」
「それならちょうど良かった。実はな、王が折り入ってお主に頼みたいことがあるらしい」
「頼み……」
何となくだけど、ついに来たかという思いがあった。
というのも、まがりなりにも大魔導士マリクの後継者として選ばれてしまったわけだ。ティルも言っていたけれど本来は勇者パーティーに入っていなければならないのだが、今こうして平穏に日々を過ごしているのはひとえに勇者が見つかっていないからである。
「勇者が見つかったのか?」
「そういう訳ではないらしいが、私も詳しいところまでは聞かされてなくてな」
「なるほど……とりあえず、行くっきゃないな」
なにせ王様直々のお呼び出しである。こうしてオレはエレノアをともなって王城に向かうこととなった。
「おぉフリッツ、よくぞまいった。すまんな、急に呼び出して」
城にある玉座の間に向かうと、そこにはすでに王の姿があった。
「いえ、王直々のご指名とあれば」
「はっはっは、指名料が高くつきそうだな……とまあ挨拶はこれくらいにして、そなたに頼みたいことがある」
「そのように伺っております」
「なら話は早い。その頼みというのはだな、勇者の捜索をそなたに任せたいと思っておる」
「自分が、でありますか?」
「うむ」
まあ見つかってない以上、この世界の為には探さなくてはいけない人物であることに変わりはない。しかし、すでに世界中の国々で捜索が行われ、それでも見つかっていないのが現状だ。
「お言葉ではありますが、もうかなりの範囲で捜索が行われているのではないでしょうか? 引き受けるのは結構なのですが、見つけられるかは……」
「そなたの言いたいことは分かる。確かに世界中の国が捜索を行ったが、国として動けば探しにくい箇所も多い。例えば他国との国境にまたがる箇所などだ」
なるほど、国という規模だからこそ色々と問題があるのだろう。その点、冒険者という立場ならもっと自由に捜索の幅が広げられる。
「それに、勇者探しにあまり積極的ではない国もある。魔物の数も少なく、表向きは平和に感じる地域などはそうなってしまうのかもしれんが……」
そう言いつつもバルディゴ王は疲れたようにため息をついた。納得はしていないが、他国のことだからあまり干渉は出来ない……といった感じだろうか?
「王、一つ確認したいことがございます」
「ん、何だ?」
「『魔界門』はまだ閉じているのですよね?」
「あぁ、それは先日も聖地に遣いをやって確認しておる。魔界門は未だ閉じられたままだ」
魔界門――その名の通り地上と魔界とをつなぐ門だ。先代の勇者が魔王を倒した後、神から授かった力でその門を封じたと伝わっている。
ただこれは永続的に封じられる訳ではなく、魔界に新たな魔王が生まれ力をつけると徐々に開いていくのだ。それをまた次代の勇者が魔王を倒して封じる。世界はその繰り返しで成り立っていた。
こうして考えるとかなり不毛な戦いを続けているように感じられるが、神の力を以てしても魔界を完全に封じることが出来ないのだから仕方ないような気もする。まあ何にせよ、魔界門が開く前に勇者を見つけなければ世界は大変なことになるってことだけは確かなことだ。
「分かりました。お引き受けいたします」
最初はバルディゴで修行をつんで、ある程度戦えるようになったらぺスタに帰るつもりだった。だけどそうも言ってられない状況になってしまった。まあ世界を平和にする勇者を探すことがぺスタの平穏につながるなら、それは望むところではあるが。
「おぉ、引き受けてくれるか!」
「王の頼みなんて断ったらどうなるかわかりませんからね」
「はっはっは、救国の英雄に無理強いはせんよ。ただ、正直に言うと受けてくれてほっとしている。マリク様の後継者ということもあるが、そなたには何か人を引き付ける力を感じるのだよ」
「そんな大層な力はないですよ。むしろ魔力タンクと言われて蔑まれてましたから」
「だがサーニャ殿やエレノアも、そなたを高く買っておるようじゃがな」
「あの二人は……」
サーニャはあの通り天使のような性格だから、きっと誰が相手でもほめてくれるような気がする。エレノアはこの前の魔獣戦で庇ったことに恩義を感じてくれているんだろうが、あれはオレが仕留めそこなったのを自分で尻拭いしただけだしなぁ。って、そういえば……
「すいません。勇者捜索の件なんですが、サーニャやティルの意見も聞いておきたいので返事はやっぱり明日で大丈夫でしょうか?」
「ふむ、そういえばサーニャ殿も一緒にこの国まで旅をしてきたのだったな。それにティルヴィング殿にも伺いを立てねばなるまい。あいわかった、明日また返事を聞くことにしよう」
「有難うございます。それでは、今日は失礼致します」
あの二人はさて何と言うだろうか?
サーニャはついてくるって言いそうだけど、ティルは勇者についてどう考えているんだろうか……とそこまで考えて、オレは普段ティルが何を考えているのかあまり知らないことに今さらながら気付いたのだった。
「って話なんだけど、どうだろう二人とも?」
夕食後、話があるからと食卓に残ってもらったサーニャとティルに王から頼まれたことについて相談を持ち掛けてみた。すると、
「わたしはフリッツさんが行くならお供します! そのためについてきたんですから!」
サーニャは予想通りというか、オレが勇者探しに行くことに賛同してくれた。なんだろう、魔力タンクと蔑まれてきた自分にこんなにも肯定的な意見をくれる人がついてきてくれるっていうのはすごく嬉しく感じてしまう。
そしてティルの方はというと――
「……」
何やら考え事をしているように黙り込んでいた。
「ティル?」
「聞こえているわ」
「そっか。で、どうかな?」
「……それはアンタが決めることよ、フリッツ。アタシはただの魔剣。持ち手の意志に従うわ。それじゃ、もう部屋に戻るわね」
それだけ言って早々に部屋へと引き上げていった。何だろう、虫の居所でも悪かったのだろうか? でも、それにしては去っていくときの表情が……
「どうしたんでしょう、ティルさん。少し寂しそうでしたね?」
そう、どこか寂しそうだったのである。これはもう一度しっかり話をした方が良さそうだなと思いつつ、オレはティルの後を追った。
「ティル、入るよ?」
って言っても自分の部屋だけど、ティルは最近人間の姿をしていることが多いので一応呼びかける。が、反応がなかったのでそのまま入ると、彼女はすでに剣の姿に戻った後だった。
この姿だと剣を握っていないとティルの声は聞こえない。だから、オレはベッドに腰かけると剣を握り再び声をかけた。
「どうしたティル? 何かあったか?」
『……別に』
「ならもっと楽しそうに話してくれよ。……オレ、何か気に障るようなこと言っちゃったかな?」
『アンタが悪い訳じゃわないわ』
「それはちょっと安心した。でも、なら何でそんな感じなんだ? 良かったら聞かせてくれないか?」
『それは……』
そこでティルの言葉が途切れる。きっと何か言いづらいことがあるんだろうと思って、オレも我慢強く待つ。そして沈黙が数分間続いた後、ようやく彼女は口を開いた。
『……マリクの前にアタシを使っていたのも、勇者パーティーの魔法使いだった』
それは初めて聞く情報だった。つまり、ティルは二代に渡って勇者パーティーの魔法使いを助ける武器として戦ってきたことになる。そう思っていたんだが、
『そのもう一つ前も、さらに一つ前も、全員勇者パーティーの魔法使い。そして、戦いの果てにみんな死んでいったわ』
なんとティルは勇者パーティーの魔法使いの間で脈々と受け継がれてきた武器だったのだ。そして、その使い手たちはみんな死んでいった。彼女の言い方を信じるならば、全員が戦死である可能性が高い。
『どいつもこいつもみんなバカでね。口をそろえて勇者を守るっていう正義の為に死んでいったわ』
「ひょっとして、オレが勇者を探しに行くって言った時、心配してくれたのか?」
『……今までのヤツらには遠く及ばないけど、一応アンタもアタシの使い手だしね』
「そうか」
それでオレが勇者を探しに行くと言った時、あんな態度だったのか。
「ティルはそれを、勇者のせいだって考えているわけ?」
「……」
また沈黙が生まれた。てっきり答えは直ぐに返ってくるものだとばかり思っていたので、この反応は少し意外だった。ややあって、
『いいえ、勇者に個人的な恨みはないし、本当の原因はわかってる』
「本当の原因?」
『アイツらが死んだ原因はアタシのせい。アタシを抜いてしまったせい』
「っ!?」
それは悲痛な答えだった。確かにティルを抜いて力を得なければ、勇者パーティーには入らなかったかもしれない。そして、その結果死に至ることもなかったかもしれない。それでも、それが全ての原因だとはオレは思えなかった。
「ティル、それは違う!」
『何が違うの! どう違うの!? 実際にアイツらは死んでしまった。前にアンタに説明した時に、アタシは魔力がないニンゲンが握った時に死に至らしめるから魔剣と言われてる。そう言ったわね。でも、あれはウソ。本当にアタシが死に追いやったのは、魔力がありアタシを扱えるニンゲン』
それは歴代の勇者パーティーを支えてきた偉大なる魔法使いたちなのだろう。
『きっとアタシを恨んでいるわ。あんな魔剣、抜かなきゃよかったって!』
「じゃあ、ティル! 死ぬ間際にキミを責めた人は一人でもいたか!?」
『っ!? それは……』
オレがこの前夢で見た大魔導士マリクの最期。あれが現実にあったものかは定かではないが、その時彼はティルにこう言った。「愛してるぜ、ティル」と。
「その反応だといないよな? みんなキミに感謝していたんじゃないか?」
『……えぇ、そうよ。揃いもそろってこんな魔剣に。本当に、バカばっかりだったわ』
「だったら分かるだろう? みんなキミに会えて幸せだったんだ」
『……』
でもティルの気持ちも分かる。自分を大切にしてくれた人が揃って戦死していたとあらば、不安にもなるだろう。だったら、
「ティル、キミに約束しよう」
『……え?』
オレは彼女を真横に傾けると、その刃を両手でグッと握り込む。瞬間、血が指の関節から吹き出し激しい痛みが体を襲う。これは後でサーニャに怒られそうだなぁと思いつつも、今はそれより大事なことがある。
「このバルディゴで誓う。フリッツ・クーベルは絶対に戦死しない」
バルディゴの誓いを以って、約束に強制力をもたせる。神様のご加護がどれほどのものかは分からないが、頼むからティルを泣かせない結末を用意してくれると助かる。それがオレを助けてくれた彼女に対する恩返しだ。
「前に教えてくれたよな、ティル。これは儀式魔法だって。だったらこれで大丈夫だ! 後は平和な世界でティルが暮らせるように勇者を探しにいこう!」
『ほんと……アンタもアイツらに負けないくらい大バカよ』
そう言うティルの声は呆れた感じだったけど、言葉とは裏腹にどこか嬉しそうでもあった。
こうしてオレは何とかティルを説得することに成功し、ついにしばらく滞在したバルディゴから旅立つことが決定したのだった。
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