第13話 バルディゴの休日 その1

 魔獣討伐の祝宴の翌日から、しばらくは穏やかな日々が流れていた。というのも、


「国を救った英雄なんだ。拠点くらいは欲しいだろう」


 ということで、王が何と家を一軒プレゼントしてくれたからだ。確かにサーニャもいるからいつまでもギルドの寄宿舎にいてはまずいだろうとは思っていたけど、こんなに簡単に家をくれるなんてさすが王族といったところだろうか。


 しかし幸か不幸かオレは大魔導士マリクの後継者となってしまったのだから、いつまでもこんな安寧の日々が続くとは限らない。世界はいま魔王という見えない恐怖におびえながらも偽りの平和を謳歌しているに過ぎないのだ。


「はぁ……」


「どうしましたか、フリッツさん? ため息なんかついて」


「いや、いつまでこの平和が続くのかなーと思って」


 サーニャに答えつつも、彼女が用意してくれた朝食を頂く。


 ペスタの村にいる時も作ってもらっていたのだが、サーニャの料理はとても素朴で、何というか母親が作ってくれた料理のような安心感がある。あぁ、今日もおいしい。


「そうですね……あ、そうだ。さきほどミケルさんが来られましてギルドの件のお礼とお野菜をたくさん頂いてしまいました。そのお野菜を使って今日のサラダ作ってみたんですが、どうでしょう?」


「うん、サーニャの料理はいつもおいしい。毎日作ってもらいたいくらいだよ」


「ままま、毎日、ですか!? それは……その、わたしがもうちょっと大人になってからというか、ええと……」


「ん? 慌ててどうしたの?」


「いえいえいえ! 何でもありません……うぅ、わたしの勘違いかぁ……」


「?」


 どこか恥ずかしそうにうなだれるサーニャを不思議に思いつつも時間を確認する。あともう少しでエレノアが稽古をつけに来てくれる時間だった。


 急いで残りの朝食を平らげていると、ちょうど玄関の呼び鈴が鳴った。


「あ、エレノアさん来られましたね」


 そう言ってぱたぱたと玄関に向かうサーニャ。さて、オレも準備をしないとと立ち上がったところで、


「アンタ、サーニャを泣かせたら承知しないわよ」


 と後ろから声がかかった。見れば珍しく大人な感じの姿になっているティルがいた。


「え、どういう意味?」


「はぁ……自分の言ったことの意味を本当に考えてないのね。あのね、毎日料理が食べたいって結婚してくれって言ってるようなもんでしょ?」


「うぇ!? い、いや、オレは別にそんなつもりで言った訳じゃ……」


 だいたいオレとサーニャじゃ釣り合わないし、きっと相手にしてもらえないだろう。いや、そもそもちょっと年齢差あるし、将来のパートナーというよりは妹のような……いや、でも決して惹かれる部分がないという訳でもなく……。


「アンタ将来刺されるわよ」


「マジで!?」


 そんなバカみたいなやり取りをしつつもエレノアを迎えに玄関へと向かうのであった。




「おはようフリッツ。ティル殿もおはようございます」


 玄関を開けると、そこには稽古着に身を包んだエレノアがいた。地味な色の服ではあるが、彼女が着ると絵になるから不思議なものだ。


「おはようエレノア。毎日悪いな」


「エレノア、毎日こんな冴えないアタシの持ち主の相手をさせて悪いわね」


「いえ、私の命を救ってくれたフリッツの為です。この程度のことは恩返しにもなりません」


「……アンタ、エレノアを泣かせたら承知しないわよ」


「えぇっ!?」


 今度はエレノアか。彼女の方こそ単に魔獣退治の時のお礼以外考えられないんだけども。


「ははっ、フリッツとティル殿は今日も仲が良いな。うらやましい」


 オレ達のやり取りを見ながらエレノアが笑う。これは仲が良いっていうのだろうか? ただ単にからかわれているだけのような気がするが。


「そう言えばペスタにやっていた遣いが今朝がた戻ってきたぞ。タイガたちはやはり村に残るそうだ。それで、村長から手紙を預かってきたからサーニャ殿に渡しておいた」


「そっか」


 タイガたちはきちんと村を守っているか不安だったけど、よけいな心配だったようだ。バルディゴ王の言うとおり、結構義理人情を大切にする男のようだ。機会を見て、一度ぺスタに戻っても良いかもしれない。


「で、どうする? さっそく稽古を始めるか?」


「あぁ、そうしよう」


 そのままオレとエレノアは庭の一角に移動し、お互い向かい合う。さすがに稽古でティルは使えないので、戦士団から借りた演舞用の剣で打ち合う。


 はじめはかなり手加減したエレノア相手でも10秒ともたなかったが、最近では3分くらいなら打ち合えるようになってきた。それもこれも毎日熱心に教えてくれる彼女のおかげだろう。


「だいぶ良くなってきたぞ。飲み込みも悪くない。案外剣士もいけるんじゃないか?」


「良くなってきたのは先生が良いからだし、飲み込みが悪くないのはクレストの戦い方を見たことがあったからじゃないか?」


「そうか、フリッツは色んな冒険者ギルドに帯同している経験があるのだな。なら、これは見たことがあるか?」


 そう言うとエレノアは魔獣との戦いで見せたような構えをとり、剣を立てて鋭い突きを放ってきた。


「おわっ!?」


 そして一瞬のうちにオレの持っていた剣が弾かれ、明後日の方向に吹っ飛んでいった。今までももちろん鋭い攻撃だったのだが、今の一撃はさらに強烈なものだった。


「ま、参った」


「ふふ、さすがにこれは防げなかったか」


「これって今まで教えてもらったバルディゴ流じゃないよな? 魔獣戦の時もその攻撃を使ってたけど、どこの流派なんだ?」


「これは私の母国、マリアガーデンに伝わる剣技だ。突きと薙ぎをメインにした流派で、力で相手を押していくバルディゴ流と戦い方は異なってくるな」


「エレノアってマリアガーデン出身だったのか!」


 マリアガーデンは女性国家で、国王をはじめ国の人口のほとんどが女性である。兵士なども女性で構成されており、その強さは普通の国の騎士団と比べてもまったく遜色ない強さを誇るという。別に男性が入ってはいけないというルールはないが、少し肩身は狭そうではある。


「マリアガーデンには行ったことがないか」


「うん、多分ノサリア大陸で唯一行ったことのない国だ。ギルドにもマリアガーデンからの依頼は優先的に女性冒険者に回されるし。まあ、行ってみたい冒険者は多いみたいだけど」


 なんせ女性が大多数を占める国家だ。男性冒険者は興味津々といった感じだった。


「そこまで期待されると、夢を打ち砕かれるかもしれんな。まあ良いところではあるのは変わりない。フリッツも機会があれば招待するぞ。女王にそなたの武勇伝を語って聞かせよう」


「うえっ!? それは勘弁……」


「ははっ、冗談だ」


 言いながらエレノアは舌をペロッと出した。普段は凛としていて近寄りづらさすら感じる彼女だが、こうしていると年相応の女の子に見える。


「そうだ、エレノア。この後もし暇だったら食事にでもいかない?」


 それは何気ない提案だった。こうして毎朝剣の稽古に付き合ってもらってるし、貴重な時間を割いてもらっているお礼がしたいと思ったのだが、


「しょ、食事!? い、今からか?」


「ん? うん、そうだけど」


「ちょっ、ちょっと待ってくれ」


 何故だかとても慌てた様子のエレノア。あれ、オレなんか変なこと言っただろうか?


「待て待て待て、落ち着け私。これは単なる食事だ。そう食事。それ以外の何物でもない」


「おーい、エレノア? 大丈夫?」


「ひゃわいっ! あ、あぁ、大丈夫だ。食事だな、食事。でも稽古が終わったばかりでちょっと汗臭いな……」


「あっ、それならうちでシャワー浴びていけばいいよ」


「シャ、シャワーを浴びていく!? そ、それは体を綺麗にしておけってそういうことか!?」


「……えっと、うん。汗を流したいんだよね?」


「い、いやしかし、モノには順序というものがあってな! シャワーを浴びた後に食事に行くというか、食事に行った後にシャワーを浴びるのが私の知っている順番であってだな! いや、そもそも初めてでシャワーというか、そういうことはまだ早いと思うんだ!?」


 ん、なんだろう? 話がとてもかみ合ってない気がする。でもこんなに慌ててるエレノアは初めて見るのでなんだか面白いからこのままでもいいような気はする。


「とりあえずサーニャとティルも呼んでくるから」


「しかも四人!? 四人でするのか!?」


「する……というか、食べる?」


「そんな直接的な! 肉食系か? 肉食系なのかフリッツ!?」


「うん、まあ肉は大好きだけど」


「ああぁぁぁぁ……何ということだ」


 何故か悶えまくっているエレノアをとりあえず放置して、サーニャとティルを呼びに行く。


 その後、ティルに何やら小声で相談していたエレノアだったが、「それ、勘違いよ」と言われてさらに顔を真っ赤にしていた。一体何を勘違いしていたんだろう?


「エレノアって面白い子ね。大事にするのよ」


「ん? それはもちろん」


 ティルに何やら意味深なことを言われたが、とりあえず稽古で消費した体力を回復させるべくオレたちは食事できるところがあるマーケットへと向かうのであった。

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