第12話 夢と褒美

 不思議な夢を見ていた。


 なぜそれが夢だと分かったかと言うと、自分が宙に浮いていたからっていうのと、見下ろす先に今はいるはずのない人物がいたからだ。


 ――大魔導師マリク。救国の英雄であり、先の魔王との大戦で唯一戦死した人物である。


 彼が何故亡くなったのかというと、魔王との決戦において勇者が攻撃する隙を生み出す為に、敵の全ての攻撃を一身に受け止めたからである。この隙があったからこそ勝利できたのだと戦後勇者は語り、親友であったというマリクの死を悼んだという。


 そして、今がおそらくその死に際の夢なのだろう。


「マリク、よせ! お前の身がもたない!」


「へへ、気持ちはありがてぇけどよ。オレじゃ魔王は倒せない。魔王を倒せるのは勇者であるお前だけなんだ。だからオレが全て受け止めて、絶対に隙を作ってみせる」


「ティル、マリクを止めてくれ! もうあいつを止められるのはキミしかいない!」


「残念だけど、コイツったらとことんバカなのよね。だから一度決めたらきっと変えない。そんで、不幸にもアタシはそんなバカに拾われた。だから付き合うわ、最期まで」


「さすが相棒。オレのこと良く分かってる」


「……ほんと、バカ」


「愛してるぜ、ティル」


 そう言ってマリクは魔王に向かって斬り込んでいった。そこで靄がかかったように夢は薄れていった。目覚めの時が近いのか。そして徐々に覚醒する意識のなかでようやく思い至る。


 あぁ、これはオレの夢じゃなくてティルの夢かーー。




「……ん」


 深い深い眠りの底から、意識がゆっくりと浮上してくるのが分かる。やがてそれは脳にまで到達し、目蓋を開くという指令をだしてようやく視界がはっきりしてくる。


「……ここは」


 天井を見るに、おそらく先日通された貴賓室だろう。つまり、オレは奇跡的に生き残ってここに通されたことになる。


「ん?」


 とそこで、ようやく体に乗っている微かな重さに気付く。見ればティルがオレのお腹の辺りに頭をのせて眠っていた。ひょっとしてマリクの夢を見たのはこれが理由かもしれない。


「んん……」


 ティルがわずかに身じろいだ。同時に美しい銀髪がさらりと揺れた。少し戸惑ったが、オレはそんな彼女の頭をそっと撫でた。きっと何だかんだ言いつつ心配してくれたのかもしれない。それに、あの夢が実際に起こったことだとしたら、ティルは最も大切に想っていた人を失ったことになるのだ。


「次の使い手がこんな奴でごめんな……」


「だったら死なないように努力なさい」


「ティルっ!? 起きてたのか……」


「ついさっきね。まったく、イヤな夢を見たわ」


 そう言いながらティルは「うぅーん」と伸びをした。


「ま、でも今回は完全にアタシの責任ね。ごめんなさい」


「ど、どうしてティルが謝るんだよ?」


 だってこれは一撃でトドメをさせなかった自分の責任だ。ティルに非はないはずだ。


「アタシが魔獣なら40の力でも大丈夫だって言ったから。でも実際は足りなかった。そのせいで、アンタに大怪我を負わせてしまった」


「でもそれは40以上出せなかったオレが悪い。ティルは出せる力を全て出しきってくれたんだろう?」


「それは、そうだけど……」


「ならそれはオレの責任だ。マリクのように100の力を出せなかったオレの」


 マリクならきっと一撃で仕留められたはずだ。ティルだって、もっと本来の力を発揮できたはず。そう考えると、やっぱりオレはまだ足手まといのフリッツなんだと実感してしまう。


「アイツだって最初から100の力が出せた訳じゃない。だからアンタが気にする必要もない」


 ティルはそう言ってくれたが、やはり自分の中では割りきれないものがある。だから、


「いつかきっと、ティルに恥じない魔剣士になってみせる」


 自分に言い聞かせるように、そう宣言する。


「……そ。ただ、これだけはお願い」


「ん、なに?」


「……もう二度とあんなムチャしないで」


「分かった、約束する」


 それはオレに言った言葉なのか、それとも言えなくなってしまったマリクへの言葉なのか、少し判断が難しかった。




「フリッツ! 良かった……目が覚めて……本当に……」


「フリッツさん……もう、本当にいつも無茶ばっかり……」


 ティルとの会話の後まもなくして、エレノアとサーニャが部屋にやってきた。二人ともオレの顔を見るなり泣き出してしまい、本当に心配をかけてしまったとかなり罪悪感にかられた。


 特にエレノアは責任を感じていたようで、抱きつかれながら大号泣された。いつも冷静な彼女の珍しい一面と、服越しに伝わってくる豊かな体の感触を堪能していたと本人に知れたらかなり怒られそうだったが。


「本来なら国を救ってくれた英雄をもてなしたいと王も仰せだが、やはり今は治療に専念した方が良いだろう。なに、傷が癒えるまでは私が全面サポートする。何でも言ってくれ!」


 エレノアからそんな申し出があった為、オレは素直に甘えることにした。と言っても大人しく寝てるばかりも何なので、動ける範囲で剣術を教わることにした。


 最初にリハビリがてら剣術を教えて欲しいと言ったら「安静にしてろ!」とえらく怒られたが、何でもしてくれるって言ったよね?(正確には何でも言ってくれだけど)と迫ると、エレノアはしぶしぶ頷いてくれた。


 で、訓練を始めてみたはいいけど、オレには剣術の才能はこれっぽっちもなかった。いやまあ分かってはいたけど、それでも泣けるくらいなかった。それでもエレノアは根気強く付き合ってくれた。おかげで怪我が癒える頃にはバルディゴ流の基本の型は習得することができた。


 そして痕は残ったが、遂に傷も癒えーー。


「よくぞ参った、救国の英雄よ! 此度のそなたの働き、まさに大魔導師マリク様の後継者にふさわしいものであった」


 玉座の間にて行われた祝賀会にて、王から最大限の賛辞を受けていた。いや、多分そこまで大層なことはやっていないと思うんだけど。しかし隣に控えたエレノアを始め、参列していたおそらく偉い人たちからも拍手が巻き起こる。


「この功績から、国としてそなたに何か褒美をと考えているが、何か望むものはあるか?」


「えーっと……」


 どうしよう、全然考えてなかった。でもそうか、褒美か……。いちおう国を救ったと思われてるなら多少無茶な要望でも通るかもしれない。なら、


「いま民間ギルドと王国ギルドで格差があるんですが、それを是正して頂けませんか?」


 こういうお願いはどうだろうか? ミケルもずいぶんと王国付きギルドとの力関係に不満を持っていたみたいなので、それが解消出来れば万々歳なのだけれど。


「おぉ、その件についてか。実は前から何とかしようと考えていてな。元々王国付きだ民間だのは単に昔からそうであったというだけで、時代に合ったものにせねばと余も考えておった」


 なんと、王も何かしら考えていてくれたとは。これは思ったよりも話が上手く進みそうだ。


「それに先の辺境ダンジョンの探索でクレストが虚偽の結果を報告していたとも聞いた。これはクレストの面々も自分たちが王国付きだからという安心感から生まれた慢心だろう」


「それで、王はそんな現状をどのように改革しようとお考えですか?」


 オレの問いに王は「うむ」と一つ頷くと、


「これを機に民間ギルドを買い取り、全て国営として運用していこうと思う。元々の立場は関係なく完全実力主義で評価し、優れた冒険者がそれに見合った報酬を受け取れるシステムにしようと考えている」


 なるほど。それなら確かに格差は無くなり、冒険者が活動しやすくなるだろう。


「有り難うございます、王。寛大な措置に感謝致します」


「しかしこれは余が昔からやろうとしていたことだ。他にもっと個人的な望みはないのか?」


 個人的……うぅむ、何かあったろうか? 昔はよく冒険者としてこんな場面に置かれたらどういう風に答えるかーなんてよく妄想してたけど、いざその場面になると全くといって良いほど何も浮かんでこない。結局、


「ぺスタの村にタイガというこの国を追い出された盗賊がいるのですが、どうやら冤罪のようなので許してやってくれませんか?」


 そんなことしか出てこなかった。


「む、何とタイガはぺスタの村にいたか! それにしても盗賊とは穏やかではないな」


「あぁ、食うに困ってやむ無くやってたみたいなんですが、今はちゃんと更正してますよ。それより王はタイガを知っているんですか?」


「ああ、優秀な傭兵であったからな。ただ私が不在の時にタイガを良く思っていなかった前の大臣が冤罪をきせ部下と共に国外追放にしていた。まあその大臣も国外追放にしてやったんだが、タイガは探しても見つからなくてな。そうか、ペスタの村にいたか」


 あ、でも罪が許されたらタイガたちはバルディゴに戻ってくるんだろうか? そうするとペスタの村の警備はどうしよう。しまった、ちょっと早まったかもしれない。


「あの、すいません。許してやっては欲しいんですけど、今タイガたちはペスタの村の警備をやってまして……」


「何? シエラ王国の辺境警備隊はいないのか?」


「サーニャの話によると何年か前から来なくなってしまったようです」


「なるほど……ならこうしよう。一度ペスタに遣いをやってタイガたちにどうするか聞いてみる。タイガたちがバルディゴに戻ってくるようなら私が直接シエラ王に辺境警備隊をペスタに送るよう打診しようではないか」


「そうして頂けると助かります」


「だが、恐らくタイガたちは帰ってこぬと思うがな」


「? ……どうしてでしょう?」


「あいつはああ見えて義理人情に篤い男だ。自ら警備隊をやっているということは、それ相応の恩をペスタの村の者から受けたのだろう。ならば、それを途中で放り出すことはせんだろう。そういう男だよ、あいつは」


 思ったよりもバルディゴ王はタイガのことを良く知っている風だった。まあ、王がいうならオレとしても安心だし、いざとなったらシエラ王国の正規の警備隊が入ってくれる。どちらに転んでもペスタに悪いことはなかった。


「しかしそなた、人のことばかりで自分の欲を全く言わんな」


「あっ……えーっと、すいません」


「謙虚なのは美徳だが、もう少し欲に正直になっても良いのだぞ? まあこの国はいつでもそなたの味方になる。そのことだけは忘れないでくれ」


「はい!」


「よし、ではそろそろ宴を始めようぞ! みな、杯を持て! 英雄の帰還を共に祝おうぞ!」


 こうして宴は始まり、集まった人たちはあるいは歌い、あるいは踊り、みな久しぶりに魔獣の影におびえることなく心ゆくまで飲み明かした。そして、それは明け方近くまで続くことになった。

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