第11話 魔獣

 横穴の先は複雑に道が入り組んでいたが、先に来た冒険者たちが残した足跡を頼りに探索を続けていった。そして、その先に待ち受けていたものにオレ達は息を飲むことになった。


「これは……卵、か?」


 エレノアの言う通り、それは卵だった。何の卵かは分からないが横穴の至る所にそれは散らばっており、中には割れて孵化したと思われるものも多数存在した。


「悪い予感がするな」


 思えば何度も討伐隊が派遣された割には、魔物の数が減っている感じがしない。先日クレストが派遣されたときも多数の魔物に襲われたということだった。考えたくはないが、この卵が魔物の卵である可能性は捨てきれない。


「どうする、割ってみるか?」


 エレノアの問いにしばし考えたのちにオレは頷いた。これが魔物の卵にせよそうでないにせよ、少しでも危険性があるなら確認しなければならない。そうして卵にヒビを入れて中を確認すると――。


「これは……」


 悪い予感は的中するものだ。そこにはまだ小さな魔獣がうごめいていた。


「この卵全てがそうだっていうのか」


 魔獣が繁殖するというのはそう珍しいことではないらしいが、ここまでの繁殖力は異常だ。この洞窟が繁殖に適しているのか、それとも奥にいる魔獣の繁殖力が単に高いのか。


 あるいは、その両方か。


「これは早急に手を打たねばならないようだな」


 どこか焦りを含んだエレノアの言葉に頷く。と同時に、この洞窟を以前のダンジョンみたいに斬り飛ばすことば出来ないだろうかと思い至りティルに人間の姿に戻ってもらいに相談してみる。


「どうかな、ティル?」


「ムリ、魔力が足りない」


「そうか……って、いやいや。魔力ならいくらでも生成できるって」


「そういうことじゃなくて……ま、ちょうどいいわ。この際だからアンタの弱点を教えとく」


「弱点? ……初耳なんだけど」


「ま、聞かれなかったからね」


 おいおい、そんな子供じみた言い訳を……って思ったけど、ティルの気まぐれな性格を考えると本当に聞かれなかったから教えてくれなかっただけのような気もする。


「それでティルさん、フリッツさんの弱点って?」


「それはね……」


 サーニャの質問にティルは親切に地面に図を書いて教えてくれた。やっぱりティルってサーニャ……というか女子全般に甘い気がする。いや、オレが嫌われているだけか。


「フリッツが最初にダンジョンを斬り飛ばした時……つまり、アタシがマリクの残っていた魔力を開放した時の威力を100とする。だけどフリッツがアタシを振る場合、全力でも20の威力しか出せない」


「それは何故ですか?」


「それはね、エレノア。単にフリッツの魔法使いとしてのレベルが低いからよ」


「うぐっ!」


 痛いところを……でも無限に生成できるのに20しか出せないって一体どういうことだ?


「フリッツは無限に魔力を生成できるとのことですが、それでも20しか出せないのですか?」


「えぇ、別にフリッツだけじゃないわ。並みの魔法使いは20が限界。ニンゲンっていうのはどこかで力をセーブしてるのよ。己を破壊してしまわないように。普通のニンゲンなら例え20の威力でもコンスタントに出せば衰弱してしまう。フリッツは素質はあるけど体が勝手にセーブをかけてるだけ」


 なるほど。エレノアが質問を続けてくれたおかげで理屈は分かった。オレは並みの魔法使いと違い20の威力を連続で放てるが、高位の魔法使い――マリクの100みたいな威力は出せない。でも、ということは……


「威力が20で頭打ちって、それ魔獣に通用するのか?」


 ここがかなり重要になってくる。もし通用しなかったらここまで来たのが無駄足となってしまう。今さらそれは勘弁してほしいところだけど。


「大丈夫よ。その為に直接吸ったんだから」


「……あっ!」


 言われて気付く。ここに来るときの魔力が足りないって言ってキスしたのはその為だったのか!


「あの方法をとれば、威力が増すのか!?」


「40くらいは出せるんじゃないかしら。アタシの経験から言えば、40もあれば魔獣でもどうにかなる」


「ほっ……」


「ま、当てられるかはアンタ次第だけどね」


「了解……」


 最後にしっかり釘を刺され、黙って頷くしかなかった。そんなオレを見てサーニャとエレノアが笑いを漏らす。ま、魔獣戦を前に少しでも緊張がほぐせたならそれでよかったかな?




 魔獣の卵を破壊しながら奥へ奥へと進み、ついにオレ達は魔獣の姿を捕捉した。体長は人間の大人7~8人分くらいの大きさがあり、見るからに強靭な肉体と鋭い爪と牙。まさに魔獣というのに十分な姿をしていた。


「どうする? 向こうはまだ気づいていないようだし、入り口のやつらと同じように不意打ちをかけるか?」


 エレノアの提案にオレは考える。今まで少ないながらもクレストに帯同して魔獣と呼ばれるクラスの敵と戦ってきた。そいつらはそろって動きが素早く、不意打ちが成功したことは少なかった。それに今回は距離もある。斬撃が届く前に回避されてしまう可能性は高いように思う。


「いや、不意打ちをするにしても出来るだけ距離を縮めたい。その、エレノアはかなり大変かもしれないんだけど、できればここの岩陰まであいつを引っ張ってきてほしい。ここまで距離が近づけば避けれないと思うし、オレも仕留めきれると思う」


 正直、かなり危険を伴う作戦だった。いくらエレノアが進んで参戦してくれたとはいえ、あまりに無茶なことだと理解していた。それでも、


「分かった。それでいこう」


 顔色一つ変えず二つ返事で引き受けてくれた戦友に対して、オレは敬意を抱かずにはいられなかった。




「いくぞ!」


 短い合図とともにエレノアが飛び出す。瞬間、魔獣もこちらに気付いた。やはりこれ以上距離を縮めることは難しかったようだ。


 エレノアは腰に下げていた細身の長剣――パラッシュを構えるとすさまじい速さで一気に距離を詰めていった。いくら軽装とはいえ、この速度を出せるのはさすがバルディゴの第一師団に属する強者だと改めて確認できた。


 しかしエレノアは厳密にいえば戦士ではなく騎士の戦闘スタイルだ。重量は戦士に比べて大きく劣ってしまう。あの巨体を有する魔獣をどこまで引き付けられるか不安が大きかったのだが、


「はぁっ!」


 一閃。エレノアの斬撃は分厚い魔獣の皮膚を切り裂いた。だがさすがに深くは斬り込めなかったようで、すかさず魔獣はその鋭い爪で反撃に出た。


「ふっ!」


 その攻撃にもエレノアは真っ向から受けることなく、時には避け、時には剣でいなして凌いでいった。そして魔獣の行動に隙が出来ると、今度は鋭い突きを繰り出して剣の先を皮膚に突き立てた。


「すごい……まるで踊ってるみたいです」


 岩陰からオレと一緒に戦況を見守っていたサーニャはそんな風に呟いた。それを聞いて、エレノアはバルディゴで『真鍮の剣姫』と呼ばれていることを思い出した。


 ひょっとしたらこのままエレノア一人でも勝ててしまうんじゃないだろうか? 途中まではそう思っていた。しかし、徐々に魔獣の方が押し始めていた。やはり体力は魔獣の方があるし、何より皮膚の表面にはダメージを与えられているが、致命的と呼ばれる一撃は無かった。


 まだオレ達が岩陰まではもう少しある。エレノアは玉のような汗を浮かべながらも必死に魔獣の攻撃をさばき、徐々に距離が詰まってくる。あと少し……3、2、1、……ここだ!


「はああぁぁぁーーーっ!!」


 オレは手に持ったティルに一気に魔力を込め、ちょうど岩陰に顔を出した魔獣の首元に斬りかかった。


 そして――。


「グアアアァァァァァーーーーーッッ!!」


 確かな手応えがあった。分厚く、まるで鋼のようだった魔獣の肉体が斬れていくのが分かった。


「おぉっ!」


 エレノアからも歓声があがる。やった、本当に魔獣を倒せたのだ。このオレが。魔獣の首が胴体から離れる。斬り飛ばされた頭部は一瞬にして灰となり、この世から消滅した。


「すごい、すごいですフリッツさん!」


 背後からサーニャの声を受けて、正面にいるエレノアもこちらに喜びの視線を向けてきた。が、その時ピクリと魔獣の胴体が動いた気がした。待て、どうして首は灰になったのに体は残っている?


『フリッツ、まだ生きてる!』


 ティルの声が聞こえたのとオレの体が動いたのはほぼ同時だった。見れば魔獣の胴体はその鋭い爪を今にもエレノアに突き立てようと振りかぶっている。ダメだ、今からエレノアに呼びかけても間に合わない。


「くっ!」


 オレは全力で走りエレノアに手を伸ばす。頼む、間に合ってくれ!


 その願いが届いたのか、指先はエレノアの思ったより華奢な体を掴むことに成功した。そして一気に抱きしめる。オレの体が魔獣の攻撃の進路に入るように。


「フリッツ!? 何を……」


「エレノ……かはっ!」


 目の前には驚いたようなエレノアの顔。だがそれがみるみるうちに青ざめていく。さらにオレが口から吐き出した血によってその綺麗に整った顔が汚れてしまった。


 背中には激しい痛みが走る。自分で見ることは出来ないが、魔獣の爪が深々と突き刺さっているのだろう。体の中に異物が入っているのがはっきりと分かった。やがてそれがずるりと体内から抜けていった。そして今まで抑えられていた血液が背中から噴き出る。


「フリッツ……いや、いやあぁぁぁーーっ!」


 エレノアが状況に気付き叫び声をあげたが、それすらどこか遠くから聞こえてくる。いけない、このままだと意識を失ってしまう。ここで、ここで倒れるわけにはいかない。ここにはサーニャが、そしてエレノアがいる。


 全身から力が抜けていくのをなんとかこらえ、手と足だけに意識を集中する。おかげで何とか倒れずにすんだ。息を吐くも体に穴があいているのでこひゅーこひゅーと掠れたものしか出てこない。


 いま爪が抜けたということは、魔獣はまだ後ろにいる。その邪悪な気配をひしひしと感じる。なら、後は残りの全精力を使って後ろに斬りかかる。これで死んでもいい。ここにいるみんなを守れるなら。


(だからオレに今出せる全力の力を貸してくれ、ティル)


 声なき声で握る魔剣に意志を伝え、振り向きざまに全力で斬撃を放った。


「っ、らあああああぁぁぁぁーーーー!!」


 倒したかどうかは確認する必要もなかった。その瞬間、間違いなく一匹の魔獣がこの世から完全に消滅したのだ。


 そして、そこでオレの意識は完全に途絶えた。

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